ノー残業デー なんだこりゃ?
建設業界では共通語ですが、他業界はどうなんでしょう。
つまり、毎週水曜日は残業しないで早く帰ろうキャンペーンです。
放っておくと何時まででも仕事をしてしまうエンジニアたちが、顧客とコンサルタントに分かれて進めていく仕事なので、歯止めが効かないし、それが常態化すると好きとか嫌いとかとは関係なく、いつでもいつまででも会社にいるという構図が出来上がります。
建設コンサルタント会社の体力が落ちてきてそういった勤務体制に対する十分な報酬を与えられなってきたこと、そもそも無限に仕事をしてしまうという「仕事イメージ」が新入生世代に受け入れられなくなってきていること、労務管理として技術者を好きなだけ会社に置いておく(本人が望んだ場合も含め)ことが許されないことなどから、コンサルタントエンジニアの在社時間を減らしていこうという取り組みを業界をあげて昔から行って来ています。
そもそもエンジニアは労働時間管理されなければならない存在なのか、は取りあえず置いておいて、この取り組みは進んでいます。
メール署名欄に「ノー残業デー」実施中であることを記載する、17時以降は電話出ない、取り次がない、帰ってしまうことを基本とし、私たち管理職は掛け声をかけ、時には追い立て、中には無理くり消灯して実施率を高めようとしています。
そもそもエンジニアにとって無理くりでも帰らされることが幸せなのかは疑問に思うところ大ですが、習慣づいてしまっている人たちには「早く帰るといいことがある(かもしれない)」ということを経験させることも重要というわけです。なんせブラック業界ですから。
そして実施後にアンケートしてみると「やってみれば出来るんだと思った」「早く帰ってみるといろいろ面白い」など意見が出てくる。でもよく考えるとこれはハッピーなのか??
つまりは自分で自分の時間を支配できていないからこうなっているのではないですか?もちろん、諸事情で自分で自分の時間をコントロールできないこともあるでしょう、しかし会社はいって何年も経つのにこのコメントかえ。
自分で自分の時間をコントロールするということは、自分の仕事のクオリティをコントロールするということに私たちの業界ではほぼ置き換えることができると思います。
つまり取りかかる時間を短くすれば工夫なしにはクオリティは下がるのです。それを工夫で凌ぐか、クオリティの低下を受け入れるかはそのエンジニアの裁量であるべきです。
この原則が自分自身のなかで成立していない、経験していないから時間管理できないのはお客様のせい、会社のせいとなるのではないでしょうか。クオリティを下げたことによるマイナスは自分が受け止めれば良いだけのことなんですが、その決断ができない若い世代、少し大きな世代がたくさん育ってしまいました。これは育てた私たちの責任でもあります。
すべて自分の行為の責任は自分が負えばよい、負うものであるというエンジニア公理に近い感覚も「育成すべき感覚」になってしまったのです。だから無理くりでもやってみることに意味がある。もちろんそのお返しも含めて経験し、育てるべき感覚なので時間がかかります。しかし時短は喜んで受け入れ、でもそれによるマイナスは組織が受けてくれないといや、個人に帰結するのはいや、ではいつまでたっても自立していません。
結局、この取り組みはエンジニアの自立をどう意識するか、またどうやってその感覚を育てるかの取り組みになるのだと思います。
というわけで、結構、真剣に取り組んでいるのですよ。
建設業界では共通語ですが、他業界はどうなんでしょう。
つまり、毎週水曜日は残業しないで早く帰ろうキャンペーンです。
放っておくと何時まででも仕事をしてしまうエンジニアたちが、顧客とコンサルタントに分かれて進めていく仕事なので、歯止めが効かないし、それが常態化すると好きとか嫌いとかとは関係なく、いつでもいつまででも会社にいるという構図が出来上がります。
建設コンサルタント会社の体力が落ちてきてそういった勤務体制に対する十分な報酬を与えられなってきたこと、そもそも無限に仕事をしてしまうという「仕事イメージ」が新入生世代に受け入れられなくなってきていること、労務管理として技術者を好きなだけ会社に置いておく(本人が望んだ場合も含め)ことが許されないことなどから、コンサルタントエンジニアの在社時間を減らしていこうという取り組みを業界をあげて昔から行って来ています。
そもそもエンジニアは労働時間管理されなければならない存在なのか、は取りあえず置いておいて、この取り組みは進んでいます。
メール署名欄に「ノー残業デー」実施中であることを記載する、17時以降は電話出ない、取り次がない、帰ってしまうことを基本とし、私たち管理職は掛け声をかけ、時には追い立て、中には無理くり消灯して実施率を高めようとしています。
そもそもエンジニアにとって無理くりでも帰らされることが幸せなのかは疑問に思うところ大ですが、習慣づいてしまっている人たちには「早く帰るといいことがある(かもしれない)」ということを経験させることも重要というわけです。なんせブラック業界ですから。
そして実施後にアンケートしてみると「やってみれば出来るんだと思った」「早く帰ってみるといろいろ面白い」など意見が出てくる。でもよく考えるとこれはハッピーなのか??
つまりは自分で自分の時間を支配できていないからこうなっているのではないですか?もちろん、諸事情で自分で自分の時間をコントロールできないこともあるでしょう、しかし会社はいって何年も経つのにこのコメントかえ。
自分で自分の時間をコントロールするということは、自分の仕事のクオリティをコントロールするということに私たちの業界ではほぼ置き換えることができると思います。
つまり取りかかる時間を短くすれば工夫なしにはクオリティは下がるのです。それを工夫で凌ぐか、クオリティの低下を受け入れるかはそのエンジニアの裁量であるべきです。
この原則が自分自身のなかで成立していない、経験していないから時間管理できないのはお客様のせい、会社のせいとなるのではないでしょうか。クオリティを下げたことによるマイナスは自分が受け止めれば良いだけのことなんですが、その決断ができない若い世代、少し大きな世代がたくさん育ってしまいました。これは育てた私たちの責任でもあります。
すべて自分の行為の責任は自分が負えばよい、負うものであるというエンジニア公理に近い感覚も「育成すべき感覚」になってしまったのです。だから無理くりでもやってみることに意味がある。もちろんそのお返しも含めて経験し、育てるべき感覚なので時間がかかります。しかし時短は喜んで受け入れ、でもそれによるマイナスは組織が受けてくれないといや、個人に帰結するのはいや、ではいつまでたっても自立していません。
結局、この取り組みはエンジニアの自立をどう意識するか、またどうやってその感覚を育てるかの取り組みになるのだと思います。
というわけで、結構、真剣に取り組んでいるのですよ。
ブログを見てもらえるとうれしいです。
http://goo.gl/c7n7g
第二次大戦前にヨーロッパでオーロラが見られたように、
アメリカでオーロラが見られました。
ダニエル書を合算し、
未来に起こることを書き記しました。
エルサレムを基準にしています。
2018年 5月14日(月) 新世界
2018年 3月30日(金) ノアの大洪水
↑
この期間に第三次世界大戦が起きています。
↓
2014年 9月17日(水) 荒らすべき憎むべきものが
聖なる場所に立って神だと宣言する
2014年 9月10日(水) メシア断たれる
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この期間に世界恐慌が起きています。
↓
2013年 7月3日(水)メシヤなるひとりの君(天皇陛下)
御国の福音が宣べ伝えられる
2013年 5月15日(水) エルサレムを建て直せという命令が・・・
天におられるわれらの父とキリスト、
死者復活と永遠のいのちを確信させるものです。
全てあらかじめ記されているものです。
これを、福音を信じる全ての方、
救いを待ち望む全ての方に述べ伝えてください。