旅行、ホテル、航空会社、証券、銀行と次々と事業を生み、開業以来18年間赤字続きだったハウステンボスをわずか1年で黒字化に導いたH.I.S澤田会長。その奇跡的な経営手腕から“澤田マジック”と呼ばれる事も多い同氏の仕事術とはいったい常人とどのような違いがあるのだろう。今回は秘書室室長・赤尾昇平氏に話を伺った。赤尾氏は1万人超のH.I.S従業員から2010年、34歳という年齢で澤田会長に抜擢され、現在は秘書業務に加え東京不在時の会長代理も果たしている。外からでは決して知りえない、澤田氏の一挙手一投足を常に見聞きしている赤尾氏だからこそ見える、同氏ならではの仕事のこだわり、結果を導き出すための仕事のプロセスなどを聞いた。
聞き手/岡崎広樹(松下政経塾)
時計をつけない、メールは使わない
岡崎: 本日はよろしくお願いします。 早速伺いたいのですが、「澤田会長ならでは」の行動や習慣はありますか?
赤尾:ひとつは時計をつけない、メールをまったく使わないことでしょうか。メールは一時期使われていたようですが今は完全にやめました。ですから、必要な際は私がメールを代筆しています。メール社会の現在では1日数十通、多い方なら数百通のメールが飛んできますよね。メールに追われ、メールを返すことが仕事になっている方も多いと思いますが澤田はそれでは本末転倒という考えのようです。メールのやり取りだと、聞き方次第で求める回答を得るまで何通もやり取りが発生しますが、直接顔を合わせミーティングの時間を取れば、5分10分で聞きたい事が全て聞ける。どちらが結果につながるアウトプットを効率的に生みだせるか、と考えた際にメールは効率性の低いコミュニケーション手段と捉えているのでしょうね。
岡崎:時計をつけない理由は?
赤尾:片手のみに重りをつけるとバランスが悪いから――、と言っていましたが、これは冗談でしょう(笑)。時間は秘書が要所で伝えるので不必要だというのが大きいですが、分刻みのスケジュールを過ごしながらもあまり時間に追われず、常に目の前の事に集中しています。何時までにこれをすべきだ、という目標設定の仕方ではなく、今この一瞬一瞬で最大限のパフォーマンスを出すことが重要だと考えているのではないでしょうか。
企画書は、いらない
岡崎:スピード重視・シンプル主義は、他のことにも何か共通しているのでしょうか?
赤尾:そうですね。澤田は凝った企画書をあまり好みません。内容がキチンと分かればそれでいい。例えば事業提案ならばビジネスの肝や収益モデルが示されていればそれでいい。あとは口頭説明で十分だと考えます。パワーポイントで綺麗に図形を作って字を揃えてといった作業よりもスピードを重視しています。同じ時間があるなら、事業モデルや収益シミュレーション、施策のメリット・デメリットなど要点をもっと練り、本質部分を考え抜くべきという意図なのでしょう。
ネットに頼らない。自分の目で現場を見る
岡崎:ネットに頼らなくて良いほどの記憶力とは、すさまじいですね。
赤尾:私も、日々驚かされています(笑)。澤田の記憶力がずば抜けているのは、それが「現場で得た、自分自身の気づき」だからだと思います。そして徹底して現場主義です。例えば、18年間赤字が続き、2003年に経営破たんしたハウステンボス。経営再建に乗り出し1年で黒字化させた手腕を褒めていただくことが多いですが、澤田はとにかく現地に赴き、自分自身の目で状況をチェックしていました。月の半分は現地に滞在し、新しいイベントやショーをチェックし、企画を自ら立て、お客様の反応を見てその場で軌道修正の指示をする。ネットの情報ではなく、自分の目を信じるのが澤田流なのだと思います。
外部の勉強会にも積極参加。あらゆるジャンルにアンテナを立てる
岡崎:自ら現場に赴くフットワークの軽さは澤田会長の特徴なのですね。
赤尾:外部の講演会や勉強会、展示会にもふらっと参加します。エネルギー問題、環境問題、世界経済や金融、日本文化など興味関心はびっくりするほど幅広いです。あまりにも気軽に行くので、勉強会の主催者さんに「澤田会長が来ている!」と驚かれることもあります(笑)。応募フォームからきちんと申込みをして参加するんです。先日は女性向けファッションショーの仕掛け人の講演を「これ、聴きに行く」と言って出かけていました。一見するとH.I.Sのビジネスとは関連しないと思われるかもしれませんが、あらゆるジャンルの情報を仕入れた上で、ハウステンボスのイベント企画に活かすなど柔軟に事業に活かしています。
岡崎:本当に積極的ですね。
赤尾:はい。よい意味で貪欲です。自分に来た手紙はもちろんですが、DMなどにもすべて目を通します。普通経営層の方って秘書がチェックし、営業DMなどは外すと思うのですが、澤田は全部見ます。内容自体はすぐに役に立たなくても「こういう物がある」と引き出しを広げることは損にならないと考えているからです。実際澤田は、DMの広告表現方法やキャッチコピーなども消費者目線でチェックし、自分のビジネスへのヒントにしています。本当に「自分の目で見る」を徹底しています。
移動中は、本を読む
岡崎:長崎と東京を移動される事も多いと思いますが、移動中は何をされているんですか?
赤尾:日々の車移動は報告の時間です。事業の状況やプロジェクトの進捗を確認します。細かいことで言えばH.I.Sの予約状況まで確認します。小さな経営指標も自分で押さえます。新幹線や飛行機などの移動中は読書が多いのではないでしょうか。特に歴史書を好んで読んでいるようです。歴史書は未来に何が起きるか、またその対処の仕方を過去の事例から学べる、例えば孫子の兵法など、現在のビジネスモデルとして活用できることは多々あると言います。出張ごとに本が変わっているので読むペースは速いと思います。
岡崎:若い方への澤田会長お薦め本はありますか?
赤尾:「ランチェスター戦略」は社員の必読本に設定されています。H.I.S.もまさに弱者の戦略を武器に旅行業界で一旗揚げた過去があります。強者が立ち並ぶなかで格安航空券というニッチ戦略を取ったことで今の成功がありますし、これからの時代はどんな企業も多様な分野でベンチャーとして挑戦しないといけない。若い方は一度読まれて損はないと思います。
できない理由は挙げない。できる方法しか考えない
岡崎:ハウステンボスのお話を伺いたいのですが、H.I.S.さんではテーマパークという未踏の領域にチャレンジするのに躊躇はなかったのですか?
赤尾:もちろんありました。きっかけは澤田に経営再建をとオファーをいただいたことですが、「創業以来18年間赤字」という事実や諸条件もあり、2度お断りをしています。役員会でも、なぜ順調なH.I.Sが不良案件を受ける必要があるのかという声が多数でした。しかし3度目の佐世保市長からのオファーで首を縦に振りました。そこからは早かったです。澤田の特徴は「できない理由は挙げない、できる方法を考える」ということ。いつも強気でポジティブです。もちろん不安はあるのでしょうが、不安を払しょくできるまで、とにかく考え続けます。そこまでやった自信が強い澤田を作っているのだと私は思います。
失敗は特別なことじゃない
岡崎:自信を持てるまで綿密に考える。とはいえ、計画には失敗がつきものです。その場合、どのように対処されるのでしょうか?
赤尾:なぜ失敗したのか、振り返り課題を洗い出すことはもちろんしますが、まったく引きずりません。毎日、布団に入ったら1分で眠れるそうです(笑)。「Pressure is my lunch, Problem is my Breakfast.」と澤田は言います。これはプレッシャーや問題は毎日発生して当たり前、むしろ自分の栄養になるということ。失敗は特別なことじゃない。クヨクヨしている暇があるなら前に進め。失敗は挑戦の証だから、失敗しない方が挑戦をできていない証だということです。
諦めなければ道がある
赤尾:澤田は失敗しても簡単にはめげない。諦めない。例えば今では一般的になっているLCC(格安航空会社)。私たちは20年ほど前にスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を立ち上げています。当初は赤字が出ました。辛い毎日です。でも「日本の空がもっと安くなったら、人はもっと気軽に旅に行けるはず。多くの人が旅の楽しみを味わえるはず」という澤田の思いで、諦めずに続けました。時代の先を行きすぎたという「失敗」があっても、どう収益構造を改善すれば安さを維持しながらも黒字にできるか、どう格安航空会社を一般的にするか、考え続ければ道は開けます。実際、スカイマークは黒字化。継続は力なりと言いますが、強い思いを抱き、日々失敗を糧に改善を続ければいい。澤田にはそんなことを教えられた気がします。
岡崎:なるほど。「お客様に提供したい価値」や「業界をこう変えたい」という志を持ちながら、フットワーク軽く自分の目と足で現場をチェックする。スピードを意識し、課題の根幹を自信が持てるまで追求する。さらに「Pressure is my lunch, Problem is my Breakfast.」の精神で「できる理由」しか考えない。澤田マジックとも言われ、数々の事業成功を生んでいる澤田会長ですが、アウトプットを導き出すための仕事術は、1つ1つ深いもののとてもシンプルですね。
・「強い志と挑戦する心」
・実現するために「集中する、考え抜く」
・実行するために「効率性を追求する」
これらは誰にとっても意識すれば今日からでもできること。あとは、その1つ1つの深度、精度を上げることが重要なんですね。本日はどうもありがとうございました。
岡﨑広樹 松下政経塾 第33期塾生
三井物産にて経理・審査部門やイギリス・オランダ・ノルウェーでの業務に従事したのち、松下政経塾に入塾。松下幸之助イズムを学びながら、「自らの志の実現」を目指している。現在では、「日本人の共生力を育む教育方法」を研究テーマに、外国人が2千人以上住む埼玉の団地に入居し、外国人との共生社会のあり方を模索している。