もう1つのプロローグ
書籍化に伴い、新しく用意したプロローグとなります。
レムフィリア。
それは神々に祝福された世界。
創世神話に曰く。
最初に、土の神アトラグスが大地を作った。
火の神アグナムは大地に火の力を与えた。
水の神アクリアは大地に水の流れを作った。
風の神ウィルムは空に大いなる風を与えた。
光の神ライドルグと闇の神ダグラスは昼夜を作った。
完成した大地に、命の神フィリアが命の種を蒔いた。
こうして最初の命の形、人間が生まれた。
無垢なる人間に、神々は祝福を与えた。
これにより、人間に感情が生まれた。
そして同時に、人間以外の生命が生まれた。
これが、レムフィリアの大地に生きる人類の始まりである。
「とまあ、これが人類の間に伝わる創世神話なわけだね……といってもまあ、今の君にはまだ聞こえてないんだろうけど」
そんな声が響く此処は、暗い部屋。
黒一色に塗りつぶされた部屋。
いや、部屋であるかどうかすら分からない。
あるいは、無限の闇の中。
……本当にそうだろうか?
無限であるという思考停止で、ほんの一歩先を確かめる努力を怠っているだけではないのだろうか?
いや、そもそも。
そもそもだ。
そんな事を考えて、それを誰に伝えるというのだろうか?
誰もが自己の意味すら見失いそうなこの場所で、一人の少女が笑っている。
闇の中にて唯一存在感を放つ玉座の主である少女は……魔神、と呼ばれる存在だ。
魔神の目の前にあるのは、一人の人間……に見える何かだ。
黒髪の青年らしきソレはしかし、ピクリとも動きはしない。
しかし、それを見て魔神は満足そうに何度も頷く。
「……ふう、完成! 我ながら良い出来だなあ。ふふ、今の君を見て、異世界のジャンク品な魂が原材料だなんて気付く奴はいないだろうさ」
そう、目の前の青年は……今となっては欠片も面影は残ってはいないが、かつては中島涼と呼ばれた人間だった。
不幸にも死んでしまったその彼の魂を拾い上げたのが魔神なのだが……それを粉々に砕き全くの別物に再構成したのもまた、魔神だった。
この時点で中島涼なるものは完全に消え去ってしまったわけだが、それを不幸と呼ぶべきかどうかは分からない。
例えるならば、壊れてしまった鎧を溶かし釘に変えたとして、それが鎧の不幸と言えるだろうか?
人の理屈ではともかく、魔神にとってはそういう理屈だ。
しかもそれが他に代えの効かないものではなく、他の何かと代えても全く不都合の無いものであるならば尚更だ。
そう、魔神から見てみれば中島涼の人生とはそういうものだった。
一言で言えば、無価値。
ただそうとしか評しようの無い彼であるが故に、選ばれた。
魔王が空席となった世界レムフィリアに、新たなる魔王として送り込まれるという、有り得ないほどの幸運に見舞われる事となったのだ。
「さて、と……新しい君の名前だけど」
そう言って、魔神は新たなる魔王に顔を近づける。
「……ヴェルムドール。君は今日から、魔王ヴェルムドールだ」
魔神がその額に口づけをすると同時に、ヴェルムドールの姿が掻き消える。
再び一人きりとなった黒い部屋の中で、魔神はレムフィリアから魔王が居なくなった理由を思い返す。
そう、レムフィリアに元々存在した魔王は滅ぼされている。
異世界より召喚された勇者と、その仲間達によって……だ。
その勇者達が伝説となってより久しいが、新たなる魔王ヴェルムドール次第で、歴史は再び繰り返されるだろう。
新たな魔王は、新たな勇者伝説の礎となるだろう。
例えるならまさに、勇者に滅ぼされるためだけに降臨した魔王ということになる。
「君次第だよヴェルムドール。勇者に滅ぼされるだけの仕事になるか、それ以外の何かになるのかは……ね」
魔神はそう呟くと、その身には少しばかり大きい玉座に腰を下ろす。
「まあ、期待はしているんだよ? 少しだけ、だけどね」
その呟きを、聞く者は此処には居ない。
これは、魔神のみが知る事。
ただ、それだけの話である。
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