校長室だより
平成26年9月20日更新
7月に更新して 2ヶ月がたってしまいました。またまたお詫びを申し上げなくてはなりません。今回は2学期になっての学園の様子や創立120年記念行事についてお伝えしたいと思います。
本校の2学期の始業式は9月1日でしたが、すでに8月23日から授業を開始していましたので、2学期が始まったとはいえ、夏休みはもうずっと以前のことのような感じでありました。
まず始めに、韓国 春川 ( ちゅんちょん ) 女子高校の 学園 訪問について お伝えします。 9月10日から15日までの5泊6日の日程で、韓国の姉妹校春川女子高校から16名の生徒達と3名の先生方が金光学園を訪れ、本校生徒と様々な交流を持ちました。この春川女子高校とは生徒同士の文通がきっかけで、2009年に姉妹校提携を結び、2010年から交流を始めました。隔年で相互に相手校を訪問して交流を深めてきました。昨年はこちらから訪問をさせていただき、今年の韓国からの訪問は3 回目になります。日韓関係においては、現安倍政権とパククネ政権とは政権発足時からギクシャクしており、決して友好な関係とは言いがたいところがあります。
一昨年春川女子高校が来校した時は、前イミョンバク大統領が竹島に強行上陸した直後でしたので、両国の緊張関係が高まっていました。私自身春川女子高校来日の前に、色々な心配をしたことが記憶に残っています。しかし、それは全くの取り越し苦労に終りました。今回も両校にとっても、両国にとっても、本当にいい交流ができたと思います。 その最も象徴的なことは帰国する前日の送別式や、帰国当日の岡山空港での別れの様子でありました。春川女子高校の生徒達が、受け入れて下さった本校のホストファミリーやホストシスター、ホストブラザーと涙を流して別れを惜しんでいる姿でした。 1 週間足らずの短い期間で、ことばも十分通じない中での交流でしたが、やはり大切なのは人と人との心であると改めて実感した交流でありました。
次に、先日の13(土)・14(日)に開催されたほつま祭(文化祭)について紹介させていただきます。両日ともさわやかな秋晴れの中で開催することができましたが、やつなみ保護者会の中谷会長さんが、保護者の方々への挨拶の中でおっしゃったのですが、自分が学園に関わった3年では、今年が一番盛況であったと言われました。本当にその通りです。私はこれまで、何十年も続いてきたほつま祭の中で、今年が一番来場者が多かったのではないかと思います。土曜も日曜も各展示会場・演技会場も一杯でしたし、初日の高3生徒・2日目の高3保護者による模擬店もごった返すほどの人混みになっていましたし、友愛セールも大変な人で、準備していたものは全て完売したと聞いています。さらに後で述べます記念展覧会も本当に多くの方においでいただきました。2日で数千人の方がおいでいただいたことは誠に嬉しく有難いことでした。
さて、今年創立120年の記念すべき年を迎えていますが、記念行事につきましては、すでに前回の校長室だよりでもお知らせいたしましたが、4月26日(土)に開催されたやつなみ保護者会主催の北野大氏の講演会から始まりました。先日の9月13日(土)からのほつま祭(文化祭)をスタートに、本日20日までの期間で記念展覧会を開催いたしました。本校の卒業生、歴代の校長先生、学園で教鞭をとられた美術や書道の先生方など 30 人の方々の素晴らしい絵画、書、工芸、写真などの作品を展示した記念展覧会を開催いたしました。期間中大変多くの皆様にご来場いただきましたことに心から感謝申し上げます。
さらに来る9月24日(水)14:00から金光教祭場をお借りして太鼓芸能集団「鼓童」による記念演奏会を開会させていただきます。地域の皆様や保護者・同窓生など方々などに、平素の御礼の意味も込めて、どなたでもご自由においでいただきたいと考えております。町内の3つの小学校の4年生以上の児童も来ていただきます。どうぞ遠慮無くお越し下さいませ。
そして、11月13日(木)の創立記念式の記念講演では、昨年の東京オリンピック・パラリンピックのプレゼンテーターを務めたパラリンピアンの佐藤真海さんの記念講演会を開催させていただくことになりました。学園体育館での開催なので、限られた方しか入場できませんが、このように120年の年に素晴らしい記念行事を次々に開催でき、多くの皆様に喜んでいただいていることは誠に嬉しく有り難いことであります。
しかし大事なのはその精神であります。学園の生徒・教職員が心を一つにして、合言葉「人をたいせつに 自分をたいせつに 物をたいせつに」をいよいよ大切にし、世のお役に立つ人材を育てる学校として、発展していくことを心から願っています。学園の古き良き歴史や伝統を大切にしながら、時代や社会の変化に応じて新しい取り組みを柔軟に積極的に取り入れて、これからの150年、200年先へさらに発展させていきたいと決意を新たにしているところであります。