東洋大学教授 井上治代

皆さんはご存知でしたでしょうか? 2010年の国勢調査で、日本の家族の形態のうち、一番多かったのが「単独世帯」であったことを。2005年までは「夫婦と子どもから成る世帯」が一番多かったのですが、それを押さえて、2010年には、なんと「単独世帯」(すなわち、一人世帯)がトップになったのです。これはすごいことです。おそらく日本史上初めての、モデルなき時代に突入した、といえるではないでしょうか。
また現代で主流の核家族は、子どもが巣立てば「夫婦だけ」になり、夫婦の一方が亡くなれば「独居」です。これは何を意味するかというと、もはや家族という集団が担ってきた家族機能が非常に弱まって、個を単位とした社会が到来し、家族機能に代わるサポートシステムが必要になった、ということです。
そのうえ晩婚化、生涯未婚化、子どもを持たないライフコースを歩む人々が増加し、家族の個人化が進んだ現代社会では、家族が担って当然とされてきた「介護」だけではなく、「看取り」や「死後の葬送」においてもその担い手を欠き、「無縁死」や「無縁墓」が問題視されるなど、家族機能の弱体化が露呈してきています。
そこで今日は、家族機能を補完するシステムをもった、認定NPO法人エンディングセンターの「桜葬」という、墓を核とした活動に着目してみたいと思います。

実はこのNPO法人は私が理事長を務めていて、研究成果を実践する場にもなっています。そこで企画してつくった桜葬墓地の特徴は、1つは自然志向であること、2つめは跡継ぎを必要としない墓であること。さらに特筆すべき特徴は、家族機能が衰退した社会に対応したシステムとして、「墓友」などと呼ばれている、墓を核とした仲間づくりをしている点、また「葬儀および死後の事務処理」等を家族に代わって担うエンディングサポート・システムを備えている点です。

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桜葬墓地は、樹木を墓標としたお墓「樹木葬」の一種で、シンボルツリーを「桜」にしたものです。桜の木の下に個別区画があって、それが隣どうしくっついて一つの墓域を形成するという「集合墓」になっています。個別区画には家族・個人を特定するような墓石は立てず、近くに共同の銘板を置きます。
 
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それは、誰が埋葬されているか全くわからない「匿名」ではなく、だいたいあの辺に誰が眠っているということが分かる形式。それを私は半分匿名の意味の「半匿名性」といっています。

「集合墓」にした意味は、継承を前提としない墓に適した形態であることと、「ゆるやかな共同性」が生まれやすい形態であることの、2つがあげられます。

 詳しく説明していくことにしましょう。一般的な墓は、住宅でいう1戸建てと同様に、一区画ごとに墓石が立ち、墓所は外柵という垣根で囲まれています。こういう形式では、その家族に継承者が絶えれば無縁墳墓として片付けられてしまいます。
 
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しかし、「桜葬」は、個別区画としての使用権を持ち、そこには自分たちで決めた人以外は埋葬されませんが、隣同士の部屋がくっついて大きな1つの建物となるマションのように、一つの墓域をつくっているため、継承者がいない区画があっても、皆で守っていくことができるというわけです。
 
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桜の咲くころ皆が集まって「桜葬メモリアル」という合同祭祀を行うので、身内がいなくても墓を同じくする仲間とともに祭祀されていきます。家族も含み込みつつ、しかし家族という単位に縛られない。一本の桜の木の下に皆で眠り、皆が集う。そこに眠る人も、眠る人を偲んで訪れる人も、まさに「血縁」から「結縁」へ。つまり血の縁の「血縁」を含みつつ、それを越えた結ぶ縁の「結縁」でつながっています。
家族だけでは介護や看取り、死後の葬送を担うことが難しい社会で、桜をシンボルとして集まった隣同士が、墓を核として縁を結ぶ。「死んだらみんな、あのお墓に入る仲間たち」という、家族を超えた絆=「墓友」の活動が生まれています。
この特徴を私は「ゆるやかな共同性」と言っています。行事の参加・不参加も自由に選べ、毎月墓参に来ている人同士が出逢い、そこで同じような境遇や考えの人とめぐり会って、そこから人間関係が生まれ「墓友」となるケースも増えています。自主サークルもでき、語り合いの会もある。終活講座から食事会や音楽会、旅行に行く人たちまで出て来ています。晚年を同世代の相互扶助で、明るく乗り切ろうという意気込みさえ感じます。

またエンディングセンターでは、葬儀の担い手を確保できない人々のために、自分の死後のことをエンディングセンターに委任する「生前契約」によって、「喪主の代行」をはじめとするエンディングサポートを行っています。
では実際にどんな人が申し込んでいるのでしょうか。
 
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跡継ぎがいらない桜葬ですが、その申込者をみると、私が2012年に実施した「桜葬に関する会員意識調査」では、子どもが「いない」人はたったの24%、「いる」人の方が76%と多く、そのうち「男子がいる」と答えた人は48%でした。子どもがいても、男子がいても、跡継ぎを必要としない墓を買う人々の存在から、墓の継承制がもう制度疲労を起こし、現代人に適合しなくなっている状態が浮かび上がってきました。男子がいるケースでは、中高年で未婚であったり、子どもがいなかったり、障がいがあったり、海外暮らし、親より先に亡くなる、妻方の墓守りになってしまった、など様々な理由がありました。

そこで桜葬購入の理由をみてみますと、①自然に帰ることができるから74.%、②継承者がいなくてもいいから58%、③跡継ぎのことなど、子どもに負担がかかるので、自分の代で終わりにしたいから40%、④葬儀や死後のことを託すエンディングサポートがあるから26%の順でした。
 
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もちろん子どものいない夫婦や、単身者もいますが、夫の実家の墓に入りたくない妻、ペットと一緒に入る家族、障害を持った子どもを持つ家族、離婚した母親の墓を探す娘たちなどさまざまです。 

多様化した生き方が市民権を得る一方で、自分の最期は自分で考え準備しなければならない社会が訪れて、家族で代々守っていくお墓のシステムは、意味が薄れつつあるようにみえます。樹木葬は決して跡継ぎのいない人々のための墓ではなく、一般的な選択肢の一つであることがおわかりいただけたことでしょう。人々は伝統の良さを踏まえつつも、それに代わる新しいコミュニティ、追悼のあり方を模索しはじめています。戦前の家制度時代のような「家族の永遠性」が見込まれない時代に、家族も含みつつ「自然の永遠性」にかぎりなく回帰していく。  このように樹木葬は、家族の変化や自然破壊が起こった、高度経済成長を成し遂げたあとの社会に出現する傾向があり、先進諸国に共通して見られるお墓の一形態です。この秋、エンディングセンターでは、より互助的なシステムの構築をめざし、会員の拠点としての「もう一つの我が家」という居場所づくりも始めました。多くの地域で、家族機能を補完するような元気な活動が広まることを願っています。