大田、代打逆転M8弾!「自分の打撃をしてこい」原監督ゲキに応えた
◆広島7―9巨人(17日・マツダスタジアム)
巨人が代打・大田の一振りで広島との激闘に終止符を打ち、優勝マジックを8とした。0―4の2回に小林の2点二塁打などで同点。6、7回と1点差を追いつき、6―7の8回に大田が2年ぶりの本塁打となる逆転2ランを放った。先発の沢村は初回4失点。2回の打席で原監督は代打を送る“鬼采配”を見せ、逆転劇を呼び込んだ。9連戦を7勝2敗で終えたチームの最短Vは23日だ。
体勢を崩された分、余計な力みが抜けたのかもしれない。大田が低めの球を、最後は左手一本ですくい上げた。「泳ぎ気味だったのでまさか入るとは思わなかった。もう無我夢中でした」。自身2年ぶり、プロ通算3号となる逆転2ランが左翼席へ。二塁ベース手前で力強く右拳を握った。
1点を追う8回無死一塁、代打で出場。一塁走者が亀井から鈴木に代わった。バントも考えられたが、原監督に「自分の打撃をしてこい」と強攻策を命じられた。4球目の低めスライダーをとらえた。起死回生の一発は、12年9月25日の広島戦(マツダ)以来、722日ぶりの本塁打。「2年前も広島。2年ぶりも広島でうれしいです」と喜びを爆発させた。
プロ6年目。背番号は「44」に変わった。「今年は野球人生をかけるつもりでやる」と臨んだが、オープン戦で結果を残せず開幕前に2軍落ち。5月に初昇格もわずか9日で降格した。心が折れそうな時、支えになったのが一枚の、手のひらサイズの小さなメモだった。
筆者は昨季までつけた背番号「55」の先輩、松井秀喜氏だった。丁寧な字で「軸足に残して」、「右腰で打て」…。箇条書きで、打撃のポイントが記されていた。松井氏が臨時コーチを務めた2月の宮崎キャンプ。練習中に木の花ドームのベンチ裏で、目の前で書いてもらった。「僕にとって宝物なんです」。毎日、必ずバッグにしのばせて、何度も目を通した。
昨オフ、阿部に「一人で考えろ」と突き放され、グアム自主トレのメンバーから外された。「僕は孤独になれない。そこがいけないと思う。心のどこかで、周りの人にどう見られているか気にしてしまう。打席では誰も助けてくれない。何でも一人でできるようにしないといけない」。精神面から変えることを決意し、細かいことを気にしなくなった。
地元・広島での凱旋試合。15日は両親が観戦に訪れ、試合後には食事をした。この日は観戦に訪れていなかったが、故郷に錦を飾る大仕事で、優勝マジックを「8」に減らした。原監督は「チームにとっても本当に大きいし、彼にとってもホップ、という1本になれば」と拍手を送った。「優勝争いをする中で打てて、本当にうれしいです」。プロ6年目の待望のアーチで、リーグ3連覇へカウントダウンに入った。(片岡 優帆)