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剣戟rock'n'roll 作者:久保田

四話 結局はそういう事

 炙られた肉から、ぽたぽたと滴る脂が焚き火の炎で、じゅうじゅうと蒸発するだけで私の食欲を刺激する。

「まだか、爺」

「はしたないですよ、お嬢様」

「爺のくせに生意気な」

 いざという時は兎のようにひ弱な爺だが、料理の腕だけは一流だ。
 そうでなければ肉の串焼きを取ろうとした私の手を、虫でも払うようにした無礼を許したりはしない。
 ただ焼いているだけのはずなのに、私が焼くのと爺が焼くのでは何かが違った。
 最初はオークの客人に怯えていた爺だが、今は真剣な目で肉の焼き加減に集中している。

「仕方ない、客人。 もう少し待ってくれないか」

「あ、ああ、かまわない」

 人の身では聞き取りにくい、オークのくぐもった声だが、客人の話し方にはこちらにしっかりと言葉を伝えようとする努力が感じられた。
 ゆっくりと話し、自分の意図を私に伝えようとする、彼の姿には好感を覚える。
 同じ人という種の中でも、話が通じない者が、話を通じさせようと努力しない私のような者に比べると、よほどまともだ。

「客人は、いや、いつまでも客人と呼ぶのは失礼か。 私の名はソフィア。 名を伺っても?」

「おでは、マゾーガだ」

「よき名かはわからないが、よく似合っている気がする」

「正直だな、お前は」

「言いたくない事は言わんよ」

 オークという種族は一般的に人を簡単に引きちぎってしまうだけの力があるが、愚かだと言われている。
 しかし、マゾーガの目、意外とつぶらな緑の瞳には理知的な光が垣間見えた。

「傷は痛むか?」

「いや、おでは、オークだから」

 オークの厚い脂肪と筋肉は、生半可な一撃では破れない上、筋肉の強い収縮で傷口を塞いでしまうらしい。

「どれ、私が診てやろう」

 誰かに聞いたオークの生態を思い出し、興が乗った私は腰を上げた。

「いや、そんな迷惑をかけられねえ」

「問題ない。 これでも傷の手当ては得意だ」

 にじりよる私にマゾーガは抵抗するが、オークの力を振るうわけにはいかないと思っているのだろう。
 そこに本気の抵抗はないが、色々と小技を駆使してくるのが煩わしい。
 私が勝ったが。

「ふむ」

 抵抗をくぐり抜け、私はマゾーガの横に座った。
 諦めの色に染まった横顔にはなかなか愛嬌がある、と思ったが、これこそ言わなくていい事だ。
 細かい傷は多々あるが、全てが皮一枚で済んでいて、ほとんどは血が止まり、手当ての必要はないだろう。
 しかし、一番大きな、左の脇腹から背中までの傷は、肋骨の間を器用にすり抜け、肉のみを斬り裂いていた。

「見事な腕だな」

「兄だ」

 マゾーガの言葉には、隠す気のない尊敬が滲み出ている。

「少し痛いぞ」

 どうして尊敬する兄に斬られたのか、どうしてどこかやけっぱちな空気を纏って私の前に現れたのか。

「……やってくれ」

 疑問を疑問のまま、心の底に沈め、私はナイフを焚き火で炙る。
 荷物に入れていた軟膏を傷口に塗り込むが、マゾーガの表情は変わらない。
 人用だが効くのだろうか。
 そして傷をいじられる痛みは、斬られた痛みとはまた違うというのに我慢強い事だ。

「焼くぞ」

「ああ」

 傷によく熱したナイフを押し当てても、マゾーガは平然とした顔をしている。
 だが、当たり前だが相当、痛い。
 マゾーガの緑色の、案外さわり心地のいい皮膚には、脂汗が一気に浮き上がった。
 一度では焼けず、二度、三度と熱し直したナイフで傷口を焼き潰していく。

「……よし」

「ありがとう、ゾフィア」

 肉を焼いたナイフをもう一度、焚き火で炙る。
 血や肉や脂は刃物には天敵だ。
 じっくりと焼き、地面に一度突き刺し、熱を取る。
 あまり褒められた手入れの仕方ではないが、切れ味よりも頑丈さに重点を置かれた作りのナイフは、これでとりあえず問題はない。
 ナイフを地面から抜き、適当な布で一拭いし、再び羽織に隠す。

「さて、爺。 まだ……おい」

「寝てるのか」

 下半身だけは腰掛けたまま、上半身だけ仰向けに爺が倒れている。

「おい、爺。 肉が焦げているではないか」

 爺から料理を取ったら、何が残るというのだ。
 ただの口うるさいちびっ子ではないか。
 今日の予定では次の村まで辿り着くはずだったが、貧弱な爺のせいで森の中で野宿というのに、肉まで焦がすとは許し難い。
 白目を剥くまで折檻してやる……!

「お、落ち着け、ゾフィア。 同族は食えない」

「……私は冷静だ」

 私が手を下すまでもなく、すでに白目を剥いていたからな。
 仕方ない……勘弁してやろう。
 よく考えてみれば、貧弱なもやしっ子な爺には火で傷を焼く光景は刺激が強かったか。

「申し訳ないが、保存食で我慢してくれ」

「分けてもらえるだけで、ありがたい」

 堅いパンのような何かとしか言いようのない保存食は、ただ塩辛い。
 美味い不味いを超越し、ただ腹を満たすだけの食事。
 不満はあるが、黙っていても食べ物が出ていた今の生、私はこの世界の料理の仕方などわからない。
 塩をかけて食うだけなら、この保存食と大した差はないという現実があった。
 だが爺を起こしてやろうとは思わない。 肉を炭にしたから。

「……そういえばマゾーガは何か目的はあるのか」

 保存食を水で喉に流し込むようにして、腹に押し込む作業を終えると、私はマゾーガに問いかける。
 旅装もなく、ただ戦斧を持っているだけのマゾーガが、どうするつもりなのか、ふと気になった。

「目的……」

 案の定、と言うべきか、マゾーガの視線は上に上がり、少し考え始める。

「何も、ない……いや」

 ゆっくりと十は息を吐いた辺りで、マゾーガは口を開いた。
 揺れる焚き火を見ながら、静かに。

「強く、なりたい」

「そうだな」

「強く、なりたいなあ……」

 その姿は迷子の子供のように頼りなげで、

「強く、なりたいな」

 私もそれだけを、言った。
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