偽物の名武偵 (コジローⅡ)
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一話一話が少々長めなので、一日一話投稿していきたいと思います。一斉投稿も禁止されているようですので。



1.卒業は硝煙と共に

 ――春。
 それは出会いの季節であり、別れの季節でもある。
 俺が通う――いや、通っていた『東京武偵高校中等部』でもそれは変わらない。
 校庭に植えられた桜の木は花開き、ちらちらと舞い始める様は、新たな門出を祝うようにも訪れる別れを惜しむようにも感じられた。
 別れの日。
 そして同時に旅立ちの日。
 そう……卒業式だ。
 常ならば剣戟の音や銃声が響き渡っているはずの体育館も、さすがに今このときばかりは、装飾華美とまではいかないにしても、一応の体裁は整えられている。館内には多少乱雑に並べられた(このあたり武偵校らしい)パイプ椅子が列を成し、しかし俺たち卒業生はそれに腰を下ろすことなく、式の終了を迎えるために全員起立していた。

「――以上を持ちまして、第〇〇回東京武偵高校中等部の卒業式を終了いたします」

 司会を務める教頭先生の声を聞きながら、俺はこの1年間のことを思い返してみる。
 ああ……なんだろうな。一言でいうなら――

 ――ひたっっっっっっっすらに大変だった!

 だってさぁ、聞いてくれよみなさん! 
 この学校の連中と来たら平気で銃ぶっ放すし、教師からはなんかよくわからん信頼を受けてやたら高難度の任務をさせられるし、やっかいな上にとんでもなく個性的な後輩はできるし!
 本気で死ぬかと思ったことが何度あったことか……。まあ、どういう奇跡か、こうして生き残っているわけだが。
 ああ……生きてるってすばらしいなぁ。
 と、そんな風に俺が脳裏を駆け回る受難の日々に感慨に浸っていると、隣に立っているクラスメートの男子が声をかけてきた。

「よお、錬。ま、あれだな。なんとかお互い生き残ることができたな。まー、つっても、中学でそんな結末になるやつなんてほとんどいねーだろうけどな」
「あー……まあな。そりゃそうかもしんねぇが、俺は正直、死にかけたことも多かったけどな」
「お前の場合は特別だろうよ。会長とどっか任務(クエスト)に行くことも多かったんだろ? 他の『10(ディエーチ)』のメンバーともよく一緒にいたみたいだしよ?」
「『裏任務(クエスト・リバース)』のことか? ありゃ、本気でヤバイ。受けねぇ方が身のためだぞ」

 どれほどヤバイかの詳細は言えないが。機密保持というか、守秘義務というか、そういった事情が絡んでくる。まあ、基本的に武偵は自分が受けた任務を話さないものだけどな。

「受けない方がいいもなにも、あれはお前らしか受けられねーだろ。ま、それはともかく、やっぱお前は凄いよ。たったの1年で天辺にまで上り詰めたんだから。ホント、武偵の才能あるよお前。このまま武偵続けていけば、すげえ奴になりそうな気がする」
「武偵の才能、か……」

 男子の言葉に、俺は僅かに目を細める。
 才能。
 武偵としての。
 とてもじゃないが、俺は、俺には、そんなものがあるとは思えない。実際、訓練はきついと思うし、任務は仲間に助けてもらってやっとこさこなせているだけだしな。それにしては、なぜかやたらと仲間は俺に感謝するんだが……まあ、社交辞令だろうけど。
 どうにも、俺はあまり武偵向きの人間じゃない……と思う。
 ただ、なぁ。
 だからといって、じゃあ武偵を辞めればよかったじゃないか、という風にはならない。
 理由はいくつかある。
 1つ目、これは規則的な問題なんだが、そもそも武偵校というものは原則1年の変わり目――つまり4月にならなければ一般校には転校できないようになっている。というのも、武偵は校則により銃器または刀剣を所持していて、それは公安委員会に登録しなければならない、と武偵法で決まっている。が、当然そんなものを持ったまま転校できるわけがない。だから、その登録――銃検の更新期である4月しか学校を辞められない。3年になってこの学校へ入った俺は、どのみち1年間は武偵を続ける他道はなかったんだ。
 が、とはいえ俺に辞めるつもりはなかった。転出届も出してないしな。
 それは、2つ目の理由に関係ある。今度は、んー、なんというか人間関係(というのもまた違う気もするけど)についてだ。
 これは既に前述していることだが、なぜか俺は教師たちから期待を背負っている。これに関しては、俺もなぜなのかはわからん。どうも編入時にあった『レクリエーション』が原因らしいんだが……いやでもあの時俺はやたらとパニクってた記憶しかないんだがなぁ?
 おまけに、うちの両親まで相当な期待を持ってるようだし。ありゃ、5月だったかな? うちの担任が余計なこと言ったせいで、両親は感心しきりだった。今じゃすっかり俺がエリート武偵になるものだと疑わねぇ。一流の武偵企業は収入も相当なものらしいから、親としては喜ぶべきところなのかもしんねぇが……にしたって、お気楽すぎるぜマイ・ペアレンツ。まあ、とはいえ今まで育ててもらった恩は当然ある。できることなら、俺はその期待を裏切りたくねぇんだよな。
 とまあ、そんなこんなで俺は今までやってきたわけだ。
 そして、俺はこれからも武偵を続けていく。
 1つ目の理由はもう関係ないが、2つ目の理由と『もう1つの理由』が、俺を前に進ませる。
 それが俺が決めた、俺の道だ。
 ――しかし、だ。

「まぁ、武偵は確かに続けるけどよ。お前……つーか、どいつもこいつも俺を持て囃しすぎだ。言っとくけどな、俺に才能なんざねぇぞ」
「はあ?」

 男子は「なに言ってんだこいつ」みたいな顔になる。

「おいおい、それをお前が言うかよ。お前に才能がねーっつったら、この学校の生徒はもれなく進路変更するはめになるぞ? 元生徒会長やOBさえ倒したくせによお」
「……ありゃ、ただの誤解だ。運がよかっただけだ」
「いやいや、運だけであの人たちが負けるわけねーだろー?」
「……はぁ」

 そう。そうなんだ。
 俺は、同級生でもある元生徒会長や、抜き打ちで後輩を鍛えにきたOBの先輩を倒したということに『なっている』。
 が、当然ながらせいぜいが平凡止まりの俺に、そんな真似ができるわけがない。みんな、勘違いしているだけなんだ。
 ……いや、まあ、確かに戦ったには戦ったけど。だけど、どういうわけかいつの間にか戦闘は終わって俺が勝ったことになっていた。まったく意味のわかんねぇことにな。どういうことなんだろうな、ホント? 誰か教えてくれるやつがいるなら、俺にさっさと教えてくれ。

「ま、なにはともあれお前の強さは周知の事実なんだ。高校に進学しても、せいぜいその強さを見せ付けてやれ。頼むぜ、最強!」

 バァン! と俺の背中を叩くクラスメート。おい、痛ぇじゃねぇか。
 しかし……進学、ね。
 さっきこいつが言ったように、例年のこととして俺たち卒業生のほとんどはこのままエスカレーター的に高校――東京武偵高校高等部に進学する。
 高等部はレインボーブリッジの南方にある人口浮島(メガフロート)――通称『学園島』と呼ばれる場所に設立されている、武偵の総合教育機関だ。
 で、その中等部生徒にあたる俺たちは、卒業後その高等部に進むということになる。
 もっとも、もちろん全員が全員そうなるわけじゃないけどな。3年間の武偵校生活を通してやはり普通の道へと進路を変える者も、ごく僅かだがいる。が、そういう奴は大抵2年か1年の時点ですぐに変えている。3年までこんな学校にいるやつは、本気で武偵を志そうとしている連中が大半だからだ。
 だが、今年に至っては、少々例外的だ。なんと今期卒業生全員が、このまま武偵関連の進路を目指すってんだからな。噂に聞いた話だと、高等部への進級率も9割を超えていたらしい。これも、あの厄介な元生徒会長のカリスマってことなんかね?
 ちなみにだが、俺もその9割超に入っている。わざわざ他の所へ行くほど他所の武偵高の情報を持ってるわけじゃねぇし、主体性のない話になるが、とりたててどこに行きたいってのもねぇしな。

「進級、ねぇ……。まあ、あんまり期待してねぇけどな」

 ため息をつきながら、俺は若干苦い顔になる。
 中等部でさえ、あれほどぶっ飛んでたんだ。高等部がここよりも穏やかなところだなんてことは、俺には到底思えない。……あ、なんかちょっと進学後悔してきたかもしんねぇ。
 と、俺の台詞のどこがおもしろかったのか、男子が吹き出した。

「あっはは! 言うなよ、錬。ま、お前の実力なら確かにすぐ上位に入れるだろうけどな! つーか、本来ならインターンでもう高等部(あっち)に行っててもおかしくねーもんな。てか、『10』のメンバーも何人かもう向こうに行ってんだろ」
「まあな」

 インターンとは、簡単に言えば成績が優秀な生徒が一足先に高等部で学ぶっていう制度だ。
 この制度を利用すれば、中等部在籍時であっても、飛び級制度のように高等部に所属することが出来る。才能ある連中が、自身のレベルアップのためにこの選択肢を取ることが多いな。
 っと、そういや、2学期に俺にも話が来てたな。もっとも、俺は受けなかったが。
 確か、担任の話じゃ……、

『有明君は、武偵としての技術は十分だわ。だけど、去年まで一般中学にいたから、正直武偵としての知識は乏しい。だから、私は1年間中等部(ここ)で学んだ方がいいと思うのだけれど……。もちろん、あなたがインターン制度を利用したいって言うなら先生は応援するわ』

 だったか。
 応援するわ、と言われてもなぁ。
 さすがに高等部で俺の実力が通用すると思うほど自惚れちゃいねぇし、というかそもそもそんな真似したら下手すりゃ死にそうで怖い。ヘタレで悪かったな。

「インターンなんて、興味ねぇよ。そういうのは、行きたいやつだけいきゃいいだろ」

 なるべくそっけなく言う俺に、男子はニヤリと笑いながら俺は知ってんだぜとか言い出し、

「とかいって、本当は座学がダメダメだったからだろ? 高藤(たかとう)先生に聞いたぜ。お前腕はいいのに知識はからっきしだったからなぁ。一般中学(パンチュー)から転校してきたから、しゃあないっちゃしゃあないけどな」
「っせぇよ」

 座学がダメ?
 当たり前だろそんなの。こんな学校でもねぇかぎり、普通は尾行の基本や爆弾の配線なんて学ばねぇだろ。少なくとも俺がいた中学は教えてくれなかった。
 まあ、とかなんとか言いつつ、今では否応無くそんな知識が身についてしまったが。
 ――っと。

「おい、そろそろ退場だぞ」
「おっ、ホントだ。いやーサンキュな、錬。お前のおかげで退屈な卒業式を乗り越えられた」

 お前、そんなことのために話振りやがったのか。俺も暇つぶしにはなったから別にいいけど。
 うちのクラスの退場に合わせて、俺も体育館後方の出口まで歩き始める。
 教師や保護者たちが俺たちを拍手で送り出す。まるでシャワーのように耳朶を叩くその音に祝福されながら、俺は体育館を出た。
 そのまま、最後のHRを受けるために、俺たちは今日で最後になる自分たちのクラスへと向かう。

「ふぅ……」

 その道すがら、俺は安堵の息を吐く。
 なにはともあれ、これで卒業式は終了だ。予想してたよりは大分大人しいものになったな。
 これでしばらく荒事とはおさらば。春休みの間は、精々平和に過ごすとしよう――

 ――なんていう俺の考えは、非常に甘かったといわざるを得ない。
 ここは武偵養成学校。
 このまま無事卒業なんて、ありえなかったのだ。

 * * *

「――というわけでですね、みなさん。高等部は今までよりもさらに大変になると思います。だけど、先生はみなさんなら必ずやりとげられると信じています」

 と、卒業式後のHRで俺たちの担任、高藤霞(かすみ)先生は言った。
 栗色のストレートポニーが特徴的な、まだ若い先生だ。彼女はこの1年間、怒ったところを見なかったほど穏やかな先生で、いつでも悠然としている。だからといって甘いだけかと言えば、そうではなく、きちんと諭してくれる先生だ。俺は素直に、彼女が担任でよかったと思う。
 しかし、先生。こういっちゃなんだけど、すごくベタな台詞ですね。別に本人には言わねぇけど。

「だからみなさんも、ここでの生活を忘れずに精一杯頑張って『――ジジッ』――?」

 ? なんだ?
 教壇で話していた高藤先生の言葉に、突如ノイズが走った。
 いや、違うな。これは、校内放送用のマイクが入った音だ。教室前方、黒板の斜め上くらいの位置に設置されたスピーカーから、ノイズは聞こえてきた。
 つまり、今この時誰かが放送室にいて、これから何かを放送しようとしているのだ。
 ――そこまで考えて、なぜかものすごく嫌な予感がした。
 なんというか、まるで嵐の前触れのような、何かが起こるぞと宣告されているような、そんな予感が。
 そして。
 その予感は当たっていた。

『ハロー、3年生の諸君。聞こえてるかな? 君たちの元生徒会長、鈴木(すずき)時雨(しぐれ)だ』
 
 スピーカーから聞こえてきたのは、若干低い女の声。
 声量的には、ごく普通。なのにその声に独特の威圧感を感じるのは、彼女の役職が原因だろうか。 

「時雨……」

 口の中で小さく呟く。
 ――最悪だ。
 このタイミングで、あの女が、俺をこの学校でもっとも振り回した元生徒会長が動いたとなれば、ただで済むはずがない。きっとこれから、おそらく俺にとっては厄介な事態になるぞ。
 ざわざわと、教室内がにわかに騒がしくなる。
 みんなも、俺が考えていることと同じ結論に至ったんだろう。そして多分、他のクラスの連中も同様に。
 おいおい時雨……お前、こんな最後の最後で、一体なにをおっぱじめる気だ?

『まずは、同じくこの学び舎を去る私が言うのも少々おかしいが、卒業おめでとう。こうして全員無事に卒業できたこと、元生徒会長として、そして仲間としてうれしく思う』

 と彼女は前置きをおいて、

『だが……このまま卒業とは、なんともつまらないと思わないか? これでは一般中学と変わらない。私達は武偵の卵だ。ならば、最後さえ武偵らしくいかないか?』

 あんにゃろ……卒業式ではやけに大人しかった(これにはちゃんとした理由もあるが)のは、こういうことか。
 止めろ、時雨。つまらなくなんてない。平和な卒業式だった、それでいいだろ? このまま卒業することになったって、それはそれで全然いいことじゃねぇのか?
 だが、そう思ったのはどうやら俺だけだったようだ。
 教室内の雰囲気が変わる。動揺から高揚へ。この1年の経験則でわかる、こいつらどいつもこいつも『わくわく』してきてやがる。
 そしてそれは、俺にさえわかることなのだから、当然こいつらを引っ張ってきた時雨もわかっているはずだ。わかっていて、時雨は放送を流した。だからこそ、彼女の声には全員自分の話に乗ってくるという自信があった。
 だから。
 あいつは実に楽しげに、それが一体どういう騒ぎを起こすのかもすべてを理解した上で。
 何気なく。
 あっさりと。
 実にとんでもない発言をした。

『私はここで――「撃ち上げ(カーニバル)」を提案したいと思う』

「な、に……!?」

 鈴木時雨の宣言に、俺は自らに戦慄が走るのを感じた。
 それは、彼女の言葉が意味するところを把握できなかったから、ではない。むしろその逆。時雨が放った『提案』がどういうものなのかをよく知っていたからだ。
 よりにもよって……よりにもよってそれかよ!?
 ――『撃ち上げ』。
 それは、毎年の文化祭終了後に行われる、恐るべき慣習の名前だ。
 文化祭が終わりを告げた後の、大騒ぎ。つまりは言ってしまえば一般の学校における『打ち上げ』ということなんだが、この学校にはそれが二種類ある。
 1つは、『打ち上げ(パーティー)』。こっちはその名の通り普通にみんなでわいわい騒ぐだけだ。お菓子を持ち寄り、ジュースを用意し、みんなで飲めや騒げやのお疲れ会。祭の後特有の寂寥感なんてなんのそので、大盛り上がりするわけだ。別にこの学校じゃなくても見ることの出来る、極めて普遍的な催しだろう。
 だが、問題はもう1つの方で、それこそが『撃ち上げ(カーニバル)』である。これこそ、まさにこの学校のぶっ飛び具合を象徴するようなイベントだ。
 なぜなら……『撃ち上げ』において、俺たちは食ったり飲んだりしない。『撃ったり斬ったり』するんだ。
 お菓子を食べずに、鉛弾を食らう。
 ジュースを飲まずに、血を飲みこむ。
 当然全員参加じゃない。ないが、頭のおかしいことにかなりの人数が参加する。参加理由はさまざまで、日ごろのうっぷんを晴らしたいとか、尊敬する先輩に上勝ち(下級生が上級生に勝つこと)したいとか。
 俺もいろいろあって今年の『撃ち上げ』に参加してしまったんだが、あれはまさに地獄だった……。さながら、古代ローマの闘技場(コロッセウム)のような、そんな阿鼻叫喚の騒乱だったな。
 だっていうのに、だ。あの女はまたそれを行おうとしているらしい。
 俺が過去を追想する間にも、時雨の説明は続く。

『参加者は3年限定。通常「撃ち上げ」は一対一(タイマン)が原則だが、今回は乱戦(バトルロイヤル)でいこう。戦いたい者と、好きに戦うといい。その方が盛り上がるだろうしね』

 その言葉を合図に、クラスのほぼ全員が自分の武装を取り出し始めた。おい反応はえーよ。
 ダメだこいつら。完全にやる気じゃねぇか。つか、高藤先生も止めてくださいよ。なんで「やれやれ困った子達ね」みたいな感じで苦笑してるんですか。
 まあ、いい。こうなってしまった以上はもう俺がどうこう言ってもどうしようもない。ま、幸い今回は乱戦ということだ。つまり、戦わなくてもいい。みんなにゃ悪いが、俺はどっか適当なところで時間を『なお、A組の有明錬に勝った者には、私が個人的に賞品を贈呈しよう』潰すとするか……ん? 今なんか、すごく不吉な言葉を聞かなかったか?
 しまった、聞き逃したか。
 俺は、さっきの台詞を聞くために隣の席の女子に顔を向ける。

「なあ、悪ぃんだけど今なんて――」

 ――言ったんだ、と聞こうとした俺に、

 なぜか銃口が向けられていた。

 ……えーっと、これは確かH&K・USPコンパクトだったか? USPの短銃身化したやつで、携帯性を向上させた銃だ。撃ち易さもさることながら、耐久性にも優れている。外国ではこいつを採用している警察もあるそうだ。
 で、なんでこの女子は俺にそんなものを向けてるんだろうな?
 まったくもって意味がわからない俺に、彼女が言った。

「じゃ、そういうことで」

 いや、どういうことで?!
 まさか、隣の席ってだけで『撃ち上げ』の標的にされたのか?! 
 ということはさっき聞き逃したのは開始の合図だったのかと思い、まわりを見回すと、

 1人残らず俺に銃口やら剣先を向けてくれやがっていた。

「…………」

 俺、絶句。
 みんな、笑顔。

『『『じゃ、そういうことで』』』

 だから、どういうことだぁあああああああああああああああ!
 心の中で絶叫しつつ、俺はすばやく立ち上がり、椅子を足場にして飛ぶ。
 直後、室内を多種多様の銃声が満たした。どうやら、ほぼ一斉に撃ったらしく、さっきまで俺が座っていた椅子はいっそ可哀想なほど撃ちまくられていた。
 あ、危なかった。単純に急いで逃げ出そうとしただけだったんだが、結果的に避ける事ができた。
 つーか……お前らいくら非殺傷弾(ゴムスタン)つっても、その数当たったら死ぬぞ!? 絶対頭とか当たるやつもあったろ?!

「覚悟しろよ、錬!」
「ッ!?」

 急いで教室から脱出しようとした俺に、今度はサーベル装備の男子が襲い掛かってくる。
 刃無し(ノーエッジ)だろうし防刃制服着てるから大事にはなんねぇだろうけど、それ骨ぐらいはいくこともあるんだぞ!?
 という俺の懸念も知らず、彼はサーベルを上段に構える。
 や、やばい、このままじゃやられる!?
 どうすれば――そうだ! 命乞いだ!
『撃ち上げ』最中とはいえ、1年間同じ教室で学んだ仲間だ。きっと精神誠意頼めば見逃してくれるはずだ。
 だから俺はまず、誠意を見せるために、パンッ! と顔の前で両手を合わせ、「頼むから勘弁してくれ!」と言――おうとしたところで、

「え、真剣白刃取り(エッジ・キャッチング)……! お前、こんなことまで出来たのか!?」
「へ?」

 先にそんなことを言われてしまった。
 ので、思わずつぶっていた両目をそろそろと開いてみると――
 
 いつの間にか、俺の両手の間に刀身が挟まっていた。

 …………?
 あ、あれ? なんすか、これ?

「さ、さすがは校内最強。やっぱり錬のやつはレベルが違うな……」「ああ。さすがに鈴木会長に勝っただけはある」「私たちじゃ、束になっても勝てないってこと……?」

 クラスメートたちがなんか言ってるが、どうでもいい。
 なんにしても、とにかくこれはチャンスだ。
 俺はみんなが呆然としている隙に身を翻し、そのまま教室から脱出した。ついでに、そのさい発煙弾(スモーク)も投げておく。なんともな話だが、この1年ですっかりこういう対応が出来るようになってしまった。
 空気の抜けるような音と共に、瞬間的に教室内が白煙に見舞われた……はずだ。見えないから確認はできないが。
 背後で起こった混乱を背に、俺は廊下を走る。
 全く、なんだってんだあいつらは。ふざけた真似をしやがって。1人狙いとはな、武偵の名が泣くぞ。
 と、その時。
 ヒュン――ッ! と、俺の右耳が風切り音を捉えた。

「うおっ!?」

 口をついて、驚愕の声が出る。
 これも、経験則でわかる。
 か、顔の横を弾丸が通り過ぎていきやがった……!
 なんだ、一体誰が撃った?
 それを確認するため背後を振り向けば、そこには数人の生徒がいた。あいつら、全員他クラスのはずだぞ。

「クソッ!」

 それだけ確認した俺は、すぐさま階段まで走りぬけ、階下に下りる。
 その途中、

『あーあー。聞こえるか、錬?』

 この放送……時雨か!

『私の用意した趣向はどうかな? おそらく、3年全員が君の敵に回ったと思うが』 

 やっぱりそうか。俺が聞き逃したあの部分で、何かやりやがったな。
 下の階に下りたところで、また3年に遭遇した。そいつが拳銃を構えたのを見て、俺は走る最中に抜いた俺の銃――グロック18C――で威嚇射撃して黙らせる。
 そのまま進路を変えて、さらに下の階へと降りていく。

『まあ、乱戦にした以上、どのみち君を狙うものは多かったと思うがね。万に一つでも勝利できれば、箔がつく』
「何が箔だ! んなもんつくか!」

 聞こえてないと知りつつも、とりあえず反論だけはしておいた。
 つーかそもそも、なんでこいつはこんなことしやがった?
 という俺の疑問には、即座に答えが返ってきた。

『なぁに、大丈夫さ。私に勝った君なら、どうとでもできるだろう。「私に撃ち上げで勝った」君なら』

 ――ッ!
 瞬間、全てを理解した。
 この『撃ち上げ』は……俺に対する『嫌がらせ』だ。
 あいつ、自分が負けた(ちなみに俺は勝ったとはまったく思ってない)のをまだ気にしてんのか。

『というわけで、まあ精々がんばりたまえ』

 ブツッ、というマイクの切れる音とともに時雨の声が聞こえなくなった。

「がんばれ、だと……? クラスどころか学年全員が相手なのに……?」

 そんなの――

「――上等じゃねぇか」

 いいさ。やってやる。
 もうキレた。嫌がらせとか、知ったことか。
 俺だってたまには我慢の限界を超えることだってあるんだぞ。
 こうなったらなにがなんでも逃げ切って――平和な春休みを手に入れてやる!
 絶対に!
 
 * * *

 こうして。
 俺の、いや俺たちの、最高に荒っぽい卒業式は終わりを迎えた。
 これが後々の人生でいい思い出になるかはわからないが、とりあえずこれで俺の東京武偵高校中等部での生活は幕を閉じたということだ。
 それは、1つの終わり。
 そして、次の幕が開く。
 俺の舞台は新たなステージへと移る。
 そう――東京武偵高校へと。


誤字など発見されましたら、ご報告いただけると幸いです。
それでは、また次回。


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