日本ではスーパーのレジ打ちは規則で待ち時間椅子に座っていられない。就業時間中なら客がレジにいない合間でもスマホ、や携帯をいじると客からたいへん不快だと店に連絡がはいりるそうだ。パンの上に少し重たいものをおくと苦言を呈する客がいる。しかしレジ打ちが客待ちの時座ったり、暇なときスマホいじることがいったいどうしていけないのか?不快、や常識的に考えておかしい、なんて言葉で人の自由を不当に制限する。どうして日本の社会は人の自由を抑圧させようとするのだろう。アメリカのマクドナルドでは日本ほどチキンナゲットやハンバーガーがきれいに配置されてトレイに乗せた状態で客に渡されない。日本人のなかには自国の几帳面さや仕事に対する実直さに誇りをもつのかもしれないが、トレイにきれいにのせることに時間をさくひつようはどれほどあるのか?待ち時間に与える影響と天秤にかけて考えているのか?トレイにきれいにのせたほうが売り上げが伸びるという科学的データでもあるのか?レジ打ちのパートは客のいない間座って休憩しといたほうが疲れが取れて仕事がはかどる効果があるかもしれない。普通の食パンは卵パックていどの負荷がかかったとしてパンの化学的成分?(炭水化物)は人間の味覚に影響を与える程度の化学変性をともなうのか?僕もまぁなんとなくスーパーのパートは客がいない間でもレジで立っていてほしい気持ちも、マックのセットがトレイにはきれいにのせられていたほうが気分がいいような気も理解はできる。
でも「理解してるってだけ」だ。。サービスを与える人間とサービスを受ける人間の関係性以外の部分で客は従業員に片時も気を抜くことなく気を張り詰めさせてでもおきたいのか?これは間違った発想だと信じている。
自分はこういった合理的妥当性が十分でない古い考えに基づく束縛をぶち壊したいと思ってる・・思ってるだけだけど。今のとこ。
なぜ壊したいかというと僕は人間が創造性をうみだすためには人間の精神は理性に基づき自由に表現されてしかるべきものだと信じているからだ。「空気を読む」ではなく「空気をつくる」ことが大切だ。既存の枠組みに新たな息吹を吹き込むことを恐れてはならない。たとえそれが既存の「空気」と相いれなかったり別の種類の「空気」とぶつかることになったとしても。
一つ、前述の内容に関連してエピソードを紹介する。XJAPANのドラマーとして知られ、音楽家のYOSHIKI氏は小学校の頃給食で出されるパンを焼くためにトースターを学校に持参していたところ教師から「あなた一人だけトースターで食べちゃほかの子に不公平でしょ」などと注意されたそうだ。面白いのはYOSHIKI氏は次の日トースターを2つもってきたってとこwwww
制度に屈しない精神の自由性を信じた人間の行動でしかも面白いwww
またB’zのボーカルとしても知られる稲葉浩志氏は数学教師になったとき当時金髪だった髪を上の人間から「髪をもどすか学校を辞めるかどっちかにしろ」と言われきっぱり教師を辞めたのは痛快だww
これは私の予想だが稲葉氏は自由を不当に制限する環境に耐えられないと確信したのだろう。しかし制度に合わせず自分の精神の自由性を貫いたことは尊敬に値する。少なくともまだ私にはできないことだ。
客と従業員。上司と部下。教授と学生。同じ人間なんだから失礼がない限りでフランクであっていいと思う。
無駄に遠慮しない関係があって初めて言いたいことを言い合える。言いたいことを言い合って遠慮しないで済む順序のほうがただしいかもしれないが。
現在2014年3月5日日韓の関係は悪化しており首脳会談は実現していない。韓国は過去の過ちを日本が反省しない限り首脳会談をする予定はなさそうだが、まず日韓がわかりあえるのかどうなのかも含めてとりあえず話してみることが大切だ。agree to disagree(同意しないことに同意)することになるとしてもまずは話さないといけない!険悪でくすぶっただけのな空気はうちやぶらねばならない。新しい息吹は誠実さと勇気をそなえた行動がもたらす。