(cache) 兄様の花嫁

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「兄様、もういりませぬ」
「満足かい？　ではこれは片付けよう」
　兄様が衣の裾で甘味や細工物を一瞬覆い隠し、すぐにどける。たったそれだけで、目の前に確かにあったはずの物が消えていた。
　ううん、相変わらず不思議な光景。私がやっても上手くいかないしなあ。
　そんなことを思った時。
「ほう、見慣れぬ娘だ」
　ばさりと翼がはためく音が聞こえたと思うと、どかりとその青年は近くに座った。腕に抱える錫杖がしゃらんと涼やかな音を立てる。
「奇妙な気配を纏っている。何者だろうかな」
「鴉如きが、気安く話しかけるな」
　兄様がぎょっとするほど冷ややかな声で鴉天狗の青年に告げた。驚く私を腕に囲い込むと、ぎゅっと抱きしめる。
　けれど兄様の態度を気にした風もなく、顔の上半分を覆う鴉のお面を被った青年は口元を吊り上げた。
「我ら天狗とは違い、馴れ合わぬはずの妖狐が珍しいこと」
「聞こえなかったのか？　それともその耳は飾りか。これだから鳥は嫌いだ。物忘れの激しい鳥頭め」
　鳥頭。ええと、うん、確かにお面を被っているから、見た目は鳥っぽい。
　生まれて初めて聞く兄様の冷たい声や態度にも驚いたけれど、怒涛の勢いで紡がれる罵倒にも驚いた。
　兄様にも好き嫌いがあったんだー。
　私は険悪な雰囲気のはずなのに、暢気にそんなことを思ってしまった。
「同族同士で争うこともある、あの妖狐が。なんと不可解なことかと、そうは思わぬか。なぁ？　異質な娘よ」
　飄々とした雰囲気で顔を覗き込まれ、私は思わず兄様にしがみついた。異質な娘って。
「鴉め。焼いて喰らってやろうか」
　兄様が愕然とするほど冷酷に、美しく、微笑む。兄様の身の内で妖気が渦巻くのが分かった。
　あ、やばい、物凄く怒っている。私を怯えさせたから、腹を立てたんだ。
「解せぬなあ」
　楽しげに嘯く青年はちっとも兄様を恐れる様子はない。彼が兄様と同じくらい、妖力が強い大妖なのだと分かる。
　自分でもどうしようもなく震える身体を必死に抑え、私は兄様を宥めた。
「兄様、私は大丈夫。平気」
　兄様は私を見つめると、ふっと凝縮させていた妖気を霧散させた。
　高みの見物を決め込んでいた他の大妖たちは、好奇の眼差しで私達を――いや、私を。密かに、あるいは堂々と、眺めている。
　うう、目立ちたくないのに。さらに悪目立ちするなんて。
　お面越しに、私は涙目で鴉天狗の青年を睨んだ。
「……この鴉め」
　ぼそりと呟く。
　うっかり兄様の口調が移ってしまうほど、場を乱す青年が恨めしく思えた。

乙女ゲー転生もの連載開始
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