10
墨で塗りたくったような漆黒の闇に浮かぶのは、数多の赤い燈籠。ぼんやりと滲む光は幻想的で奇麗だけれど、私には心底恐ろしいものに思えた。
なぜならば、この果てしなく連なる燈籠が導くは、未だかつて目にしたことのない魑魅魍魎が集う屋敷だからだ。
「リキ」
兄様はちょっぴり困ったように眉根を下げると、私の背中を軽く叩いた。というのも、妖魔によって運ばれている牛車に乗り込んでからの私は、道が進むたびに口数が少なくなり、ついには沈黙してしまったからだ。
「そう怯えず、もっと気を楽にしてごらん。僕が居るのだから」
心配そうな表情を浮かべて気遣ってくる兄様に、けれど私は涙目で恨み事を述べた。
「私が望んだ時は出してくださらなかったのに、嫌だと言う時に限って無理やり連れ出しなさる。兄様はひどい」
実は兄様に内緒で、何度か屋敷を囲む森から出ようと試みたことがある。しかし、屋敷を中心にぐるりと施された強固な結界から出ることが叶わず、無念にも諦めざるを得なかった。
自分を守る堅牢な囲いが、望みを阻む壁になろうとは。私は心底嘆いた。
たまに結界の側に他の妖達が興味本位に近寄って来たらしいけれど、それらすべて兄様が排除したらしい。どんな風にとは、もちろん聞かなかった。だって満面の笑顔が怖かったんだもの。
ちなみにこの結界、私と兄様なら触れても大丈夫なんだけど、他の者が触れたら大変危険な代物らしい。小妖怪は消滅するんだとか。
「ほら、外を見てごらん。今宵は百鬼夜行。ここまで大規模なものは珍しい」
見るよう促されたので、私は兄様にしがみ付きながら、御簾からしぶしぶ覗いた。
奇妙で奇怪、珍妙奇天烈な生き物から人に良く似た姿を持つ妖までと、本当に様々な異形が道を行く。地に足を付けて進む者もいれば、空中を漂いながら優雅に進む者もいる。
果たして私達のように車に乗って向かう者などいるのだろうかと思ったが、意外と乗り物を使っている妖怪はいた。と言っても、全体から見れば少数であることには変わりない。
そしてこの牛車の周りには、不思議なことに誰も近寄らなかった。たぶん、牛車を牽く妖魔の存在が原因ではないかと思われる。近寄ったら喰われてしまうと、本能的に忌避しているんじゃなかろうか。
そして一番の原因は、兄様の存在だろう。絶大な妖力のみならず神通力をも駆使する天狐の気配は、一際目立つはずだ。私がいるからか、兄様は力を少しも抑え込んでいない。濃密な妖力は時に結界と同じ役割をするから、それによって他の異形を牽制しているのだろう。
「着いたよ」
現実逃避をするべく考え込んでいる内に、とうとう辿り着いてしまったらしい。
御簾越しに見える屋敷の異様さに、掌に汗が滲むのを感じた。
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