スコットランドの住民投票 カタルーニャ、西サハラでは… (平田伊都子)
(3)「西サハラは、40年近く苦しい独立運動を続けてきた。自由と独立を求める最後のアフリカ植民地だ」と、リマム・モハメド・アリ西サハラ難民政府の英国代表が語る。
「西サハラは、1975年に旧スペイン宗主国が不法にモロッコとモーリタニアへ分譲するまで、スペインの植民地だった。モーリタニアが西サハラから撤退した後モロッコが占領し、西サハラとモロッコの戦闘が続き、1991年に国連が国連主催の西サハラ住民投票を提案し、両者はこの和平案を呑み停戦した。しかし、23年たった現在も国連西サハラ住民投票は実施されていない。住民投票を拒否するモロッコは、国連主催の交渉にも応じない。西サハラ国連住民投票の実現には、国際社会の強力な後押しが必要だ」と、リマムは訴えた。
1975年に西サハラ植民地を勝手に放り出した旧西サハラ宗主国スペインは、跡始末をしなかったので、国際法上は未だにスペインが西サハラの植民地宗主国になったままだ。
心あるスペイン人はアフリカ最後の植民地・西サハラの状況に責任を感じているようだ。
スペイン地方自治州17の殆どが、スペイン中央政府に遠慮することなく、西サハラと友好関係を結んでいる。
キュリアス・アニマルでは取り上げていなかったのですが、忘れちゃいけない独立予備軍に、スペイン北部のバスク自治州があります。
この地方はカタルーニャ以上に独立心が旺盛で、<エタ>と呼ばれる軍事組織がスペイン中央政府と戦ってきました。
バスク自治州は西サハラの独立運動を強く支援し、西サハラ・バスク友好協会を作り、バスクの州都には、西サハラ大使館を置いています。
2014年9月の初めに、アネとホセを団長とするバスクの人権組織がモロッコ占領地・西サハラに、西サハラ住民投票と人権侵害調査のため入りました。
しかし、目的地のダハラ漁港に着いた9月11日に、モロッコ占領当局の手で追放されてしまいました。
住民投票ブームの波が、暗礁に乗り上げた西サハラ住民投票を動かしてくれることを、大いに期待しているのですが……。
(SJJA=サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション代表:平田伊都子)