スコットランドで何が起こっているのか――民族とアイデンティティを超えた独立運動

独立スコットランドの経済

 

個々の論点に関して、独立派が必ずしも明確かつ説得的な議論を提示しているわけではない。スコットランド政府が2013年11月に発表した白書『スコットランドの未来』も、独立後の財政、税制、国家機構といった極めて重要な論点について、精緻な提案をしているわけではなく、総選挙のマニフェストに近い。

 

特に税制と財政については、高福祉(すなわち高水準の公的支出)と低い法人税および所得税率など、矛盾する政策を組み合わせており、財源をどのように埋め合わせるのか明確ではない。また通貨に関しても、独立派は正式な通貨統合でポンドを継続して使うと主張するが、UK政府はこれを拒否している。EU問題に関しても、独立派は独立後も現状のままEU内に留まるのは容易と主張するが、それに異議を唱える専門家は多い。

 

しかし世論調査によると、通貨問題に関して有権者の約半分がUK政府の立場をブラフと考えている一方[*18]、通貨とEUを最も重要な問題に挙げる有権者は1割に満たない[*19]。有権者は、独立派の議論が説得的ではない論点を必ずしも重要と考えているわけではないのである。有権者にとって最も重要な論点はやはり経済だが、すでに見たように経済の議論は正否の判断が難しい。

 

[*18] http://whatscotlandthinks.org/questions/do-you-think-uk-politicians-are-bluffing-or-not-over-their-statement-that-they#table

 

[*19] http://scotlandseptember18.com/hunter-announces-second-phase-poll-results-independence/

http://www.bbc.co.uk/news/uk-scotland-scotland-politics-26102076

 

ただ、独立をめぐる論争が、スコットランドの経済論について決定的に重要な変化を与えた点がある。論争以前は、独立した場合スコットランドは経済的に自立できないと一般的に理解されていたが、論争後はこの認識は覆り、独立後も十分にやっていける、という理解が広まったのである。スコットランドの人口はUK全体の8.3%だが、税収の9.9%を占めており、国民一人当たりのGDPでも26,000ポンドを超え、UK内ではロンドン、イングランド南東部に次ぐ裕福な地域という事実が立証された[*20]。

 

[*20] http://blogs.ft.com/off-message/2014/02/06/scottish-independence-the-30-charts-you-need-to-know/

 

北海油田に関しても、少なくとも2050年まで採掘可能なことがわかっており、今後科学技術の発展に伴いさらなる発見がなされる可能性もある。またスコットランドはヨーロッパの再生可能なエネルギーの25%を産出する見込があるとされ、将来的には世界でも有数のエネルギー大国になることも不可能ではないとされている[*21]。

 

[*21] 潮力発電および海洋風力発電。http://www.scotland.gov.uk/Topics/Business-Industry/Energy/Facts

 

したがって経済をめぐる争点は、スコットランドが独立して経済が向上するのか、それともUK内にとどまったほうが良いのか、に移っている。独立派は、スコットランドは健全な経済と豊富な資源を誇る豊かな国であるが、UK政府の政策はそれをうまく活用したものではない、と論じる。核兵器、軍事、ロンドンへの一極集中、貴族院等、無駄あるいはバランス感覚のない支出が多く、一方で社会福祉や医療の財源は削減され、貧困と不平等は増し、さらに国の負債は増え続けている。

 

独立により、スコットランドに住む人がスコットランドの状況に適した決定を行えるようになり、国の富をより効率的に活用できるようになる。その結果、経済は良くなるはずだ――と独立派は論じている。世論調査でも、独立スコットランドが経済的に向上すると答える有権者が3割を超えることはなかったが、9月に入り40%まで急増してきている[*22]。

 

[*22] http://whatscotlandthinks.org/questions/do-you-think-scotland-would-be-better-or-worse-off-if-independent-from-the-rest#table

 

 

独立運動の拡大

 

独立派はこうした経済、民主主義、社会福祉の論点を、いわゆる草の根レベルのキャンペーンで広めてきた。もちろん独立賛成・反対両派ともに2012年以来キャンペーンを展開してきているが、賛成側のほうが動員数、活動のレベルで上回っており、ウェブ上でも街頭でもより目にするのは賛成派のほうである。全国各地に250以上のグループが存在し、ボランティアが討論集会を開き、街頭でのキャンペーン活動を連日行っている[*23]。FacebookやTwitterといったウェブ媒体でも賛成側のサイトがより多くのフォロワーを集めている[*24]。

 

[*23] http://www.ft.com/cms/s/0/53c91114-d6b6-11e3-b251-00144feabdc0.html

 

[*24] 9月8日の時点で、FacebookでのLike数はYes Scotlandが260,000、Better Togetherが180,000。TwitterでのフォロワーはYes Scotlandが72,000、Better Togetherが34,000となっている(すべて概数)。

 

 

図:スコットランド全土に広がるYes Scotlandのグループ。Yes Scotlandのサイトから筆者が作成。

図:スコットランド全土に広がるYes Scotlandのグループ。Yes Scotlandのサイトから筆者が作成。

 

 

一方8月の世論調査によると、ポスティング、ポスター、戸別訪問、イベントや街頭でのストールなど、ほぼすべての領域で独立派の活動が上回っていることがわかる[*25]。特にイベントや街頭でのストール、そして戸別訪問での差は大きい。スコットランドでのインターネット普及率は76%であるが、低収入層でははるかに低く[*26]、そうした層に支持を拡大するには草の根キャンペーンが有効なのである。

 

[*25] http://yougov.co.uk/news/2014/09/02/full-results-scottish-independence-28th-august-1st/

 

[*26] http://www.scotlandsdigitalfuture.org/digital-participation

収入が17500ポンド以下の家庭でのブロードバンド普及率は40%にとどまる。http://www.carnegieuktrust.org.uk/getattachment/50915777-d807-4561-9527-b45aee5d5014/Across-the-Divide—Full-Report.aspx

 

また独立派のRadical Independence Campaignなどは、数千人のボランティアを動員し、投票率の低い都市部の貧困地域をターゲットに戸別訪問を行い、有権者登録を促している[*27]。独立をめぐる議論は多岐にわたるため、どの要素が有権者を賛成に傾けているのかは判断が難しく、より詳細な分析を待つしかないが、草の根レベルのキャンペーンでメッセージを伝えるという点では、賛成派が優位に立っている。

 

[*27] http://www.theguardian.com/politics/scottish-independence-blog/2014/jun/22/scottish-independence-campaign-radical-independence-campaign-gorbals

http://radicalindependence.org/2014/06/24/mass-canvass-results/

独立反対派にはそうした動きはみられない。たとえば貧困地域の多いダンディー市では、労働党は政治的に疎外された層へのアピールを諦めたと報じられている。http://www.scotsman.com/news/politics/top-stories/scottish-independence-a-focus-on-dundee-s-voters-1-3533772

 

 

図:キャンペーンにより接触があったと答えた人の割合。Yes側が優位に立っていることがわかる。YouGovのデータ[*25]から筆者が作成。

図:キャンペーンにより接触があったと答えた人の割合。Yes側が優位に立っていることがわかる。YouGovのデータ[*25]から筆者が作成。

 

図:Radical Independence Campaign(RIC)による大規模戸別訪問の様子。RICのサイトより。

図:Radical Independence Campaign(RIC)による大規模戸別訪問の様子。RICのサイトより。

 

 

これまで論じたように、独立運動は民族意識やアイデンティティに依拠したものではない。スコットランドは豊かな国であり、その豊富な資源をより公平な社会を作り上げるために効率的に使う必要がある。そのためにはロンドンによる支配ではなく、スコットランドに住む人に決定権を与える民主主義システムを確立しなければならない。それは独立によってのみ達成される――これが独立論の骨子である。

 

それがナショナリズムなら、排他的民族主義に基づくナショナリズムというよりは、包括的な市民主義的要素の強いナショナリズムであるといえよう[*28]。硬直したUKの議会制民主主義に別れを告げ、新しいより良い民主主義をスコットランドに作り上げるというメッセージに草の根レベルで市民が賛同し、独立運動は急速に拡大しているのである。

 

[*28] これは独立派のいわゆる公式な見解を考察しての、また実際に独立派のボランティア等に接しての結論である。もちろん、中には反イングランド感情あるいはスコットランド人としてのアイデンティティに突き動かされて独立を支持する層もいるだろうが、少数派にとどまる。実際、独立派にはEnglish Scots for Yesというイングランド人による独立支持グループもあり、その包括性を示している。http://www.englishscotsforyes.org/

またスコットランド独立は映画監督ケン・ローチ、コメディアン・政治評論家のラッセル・ブランド、言語学者ノーム・チョムスキーといった英米の左派言論人からも支持を集めている。

 

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