煉獄の邪竜・ソロフ
煉獄の邪竜・ソロフは、ある山頂で羽を休めていた。
彼――オスであるのだが、彼は美しい紫色をした鱗を陽の光に当て、まどろむようにうっすらと目を細めている。ここは人間というウザい生き物が少ない、お気に入りの休息地だ。
どうやら、人間のすみかから遠いから、らしい。
よくわからないが、どうでもいいことだ。
邪魔者がおらず、穏やかに休息することができる場所であればそれでいいのだ。
そういう意味ではこの山頂は、彼にとってまさに楽園。だが、珍しく矮小な人間が六人ほど彼の前に現れたことで、その静寂は崩れてしまう。ずずん、と巨体を揺らし身を起こした。
たった六人か。
他愛もない。
そう思ったのは確かだ。確信のはずだった、負けるはずがないと。十人ほどの人間すら、燃やし尽くして消し飛ばしたことがある。この程度は弱い、一瞬で腹に収められる。
そう、彼は確かに思ったのだ。
――だが。
「相変わらず、テッカイさんの防御力って、なんかおかしいよ……」
茶髪の人間がぼそぼそとつぶやき、こちらを伺っている。明らかに弱い人間だが、しかし彼は目の前にいるその大柄の人間に動きを封じられていた。いや、そもそも人間なのだろうか。
何をしても、それは倒されない。
ブレスで焦がそうとしても、無意味だった。
「テッカイさーん、遊んでないでさっさとやっちゃってくださいよー」
「あー、どれくらい耐えられるのか試したかったんだが、だめか?」
「ダメに決まってるのだ、早くぶちのめすのだ。でないとお弁当抜きにするのだ」
大柄な人間の向こう側には、かなり巨大な板がある。
彼は知っていた、あれは盾と呼ばれる人間の防具だと。それはとても大きく、地面に突き刺さった盾の向こうには残り五人が隠れている。あぁ、早くこの人間を倒さなければ。
そして隠れることしかできない、哀れな残りを食い散らさねば。
「しゃーねぇなー。お前らもっと向こうに下がってな」
ふと、彼の前にいた大柄の人間が背を向ける。地面に突き立ててあった盾を引き抜くと、それを横向きに構えた。構えた、のだろうと彼は思う。だが何をしたいのかはわかららな。
「おっりゃあああ!」
低い声だ。
地鳴りのようでもあった。
身体をひねるように回転させて、ぐるんぐるりと人間が回る。
片足を軸にして、そして盾を投げた。
構え、攻撃を受け止め、あるいは流すための『防具』を、思いっきり投げたのだ。
当然、それはまっすぐに彼に向かってくる。同族の若いメスには『ラインがなんかシュっとしててス・テ・キ』などと頬を染めつつ言われることの多い顎を目指して。
避ける間もなく、それは彼の顎下にクリーンヒットした。
「あんなの投げるって、テッカイさんって人間なのかな……」
「ガーネット、それはさすがに失礼だと思うよ……気持ちは、わかるけど」
ばたばた、と何かが動きまわる音。
あぁ、自分はここで死ぬのだと彼は覚悟した。頭はそれなりに動くが、身体がしびれたようになって少しも動かない。同年代では最強と呼ばれた我が身が、こんなところで朽ちるとは。
「あの翼よー、マントの素材にしたらかっこよくないか? なぁ? 紫色で斑で、なんかこうかっけーって感じしないか? 俺はすきだなー、こういうのなんか好きなんだよなー」
例の大男が一人で駆け寄ってくるのが、最後に見えた。
だけど、もう動けない。
■ □ ■
わりと大変な登山だった。
特に何もいないという話だったけれど、いざ到着したらドラゴンがこんにちは。とっさにテッカイさんの巨大な盾に隠れたし、その盾で一撃だったから、まぁ、大したことはなかった。
しっかりと息の音を止めたドラゴンは、現在ざっくりと解体している。
肉は食べられないこともないらしいのだけど、毒があるのでいろいろ処理をしなければいけないらしい。そういえば、肉ではないけどそんな食材があるってテレビでみたっけな。
処理を施して、加工して売るらしい。
でももっぱら錬金術の素材なのだそうだ。鱗は装備の素材、骨は装備にしたり装飾にしたりやっぱり錬金術の素材にしたり。そもそもドラゴンは基本的に、錬金術の素材なのだとか。
翼の膜などは、外套――マントの素材として重宝されているのだそうだ。
だけどあのドラゴンはそんなに大きくないから、そんなには使い道はないだろう。テッカイさんはわくわくした目で、何かに使う気らしいけど。……無茶しなければ、いいなぁ。
「わー、ブルーさんのお弁当美味しそうですねー」
ガーネットが感嘆の声を上げる。
せっせと運んできた薄地のカーペットを広げた上、重箱のような五段の箱に収められていたお弁当が並べられている。まず一番下にはおにぎりがぎっしり。他におかずがあるから、中に具材は入れていないらしい。そのおかずは玉子焼きを筆頭に、美味しそうなものばかりだ。
一口サイズの唐揚げ、野菜を唐辛子などでスパイシーに炒めたもの、小魚を甘辛く煮付けた佃煮など。ゆでたまごは――数も少ないし、誰かのリクエストなのだろうと思う。
更に飲み物とスープ、完璧だ。
それぞれ、取り皿に食べたものを確保してから、いただきます。
食べている光景を見ていると、何となく人となりが見えてくる感じだ。食堂では、基本的にみんな出されたものを食べているし、ここまでいろいろ揃えられないからわからなかった。
ブルーは野菜も肉も、主食も均等に口に運んでいる、彼女らしいと思う。ウルリーケはせっせと弟に取り分けてもらっている。こちらもバランスよく。ガーネットは小魚や肉が多い。
で、肉しか食べないテッカイさんは、野菜多めのレインさんに怒られている。
……らしいなぁ、と僕はおにぎりを口に入れた。
座ったままでも遠くを見れば、どこまでも世界が広がっていた。レーネの周辺はどちらかと言うと平地がずーっと続いていて、山という山はあまりない地域らしい。
山頂からはぐるりと景色が一望できて、遠くにレーネの白い姿が見える。あぁ、あの辺にあるのはエリエナさんの大農園かな。線のように見える、あれはたぶん街道……なのかな。
食べ終わったらブルーとウルリーケは仲良く昼寝、レインさんは『吟遊詩人』らしく竪琴なんて奏でたりして。テッカイさんはドラゴンの解体を更に進めて、そしてガーネットは。
「……これ、食べたらもっと大きくなれるかな」
解体されていくドラゴンを見つめ、低い声でつぶやいている。
見るからに外見も肉も色が毒々しいから、やめた方がいいんじゃないかな……。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。