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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常 作者:若桜モドキ

03:ピクニック狂騒曲

出発準備は念入りに

 工房の地下にある倉庫には、いろいろとおいてある。
 主に各種保存食。漬物やら何やら。木製の棚には酒瓶や調味料、チーズなど。
 階段のそばに吊るしてあるのは肉の塊だ。鳥や牛、豚。それとよくわからない獣と思われる肉、ついでに魚がいろいろ。煮干しのようなものから、干物のようになったものまで。
 この倉庫は、だいたい食料庫でもある。
 僕はブルーに連れられて、そこで在庫チェックを手伝っていた。

「それで、干し肉が足りないわけか」
「うむ。細々としたものに使っていたから、消費は早かろうと思っていたのだが……」

 想像以上なのだ、と腕を組んだブルーはつぶやき。
「また狩りに行くしかないのだ……あぁ、面倒くさい」
「買って済ませたりはしないんだ」
「それでもいいのだが、店で使う大きなものはあまり売られていないのだ。一般家庭向けに作られることが多くて、大きくても子猫くらいの……一回で使い切る大きさばかりなのだ」
「あぁ、なるほど」
 それじゃ確かに足らないな。

 干し肉などは細かくして食べることもあれば、スープとかの具材にもする。何にでも使えてしまうので、結構な早さで消費される。小さいものを買ったところで、焼け石に水だ。
 どうやら久しぶりに、工房を離れる時が来たらしい。


   ■  □  ■


 ギルド『暇人工房』の緊急会議が始まった。
 といっても、昼食ついでにあーでもないこーでもない言い合うだけなのだけど。
「あたしまで参加して、いいのかな」
「そんな真面目な話し合いでもないから、問題ないのだ」
 偶然にも立ち寄っていたエリエナさんも巻き込んでの議題、それはダンジョン探索だ。
 数日ほど工房を休みにして、その間に三つ四つのダンジョンに出かけてみよう、というのが主な内容になる。保存が効くような獣肉などを手に入れる、というのが最大の目標だ。

 この世界、動物と魔物に違いはない。
 襲ってくるのが魔物、襲ってこないのが動物。
 それくらいの区別なのだという。

 まぁ、要するにエリエナさんにいい狩場がないか訪ねているわけだ。一応食堂にも関係が有ることなので、当てずっぽうに出かけるわけにはいかない。最大の成果を挙げなければ。
 そうですねぇ、とエリエナさんは腕を組み。
「四つぐらい、ちょうど良さそうな狩場があるにはあります」
 簡略化されたレーネ近郊を書いた地図を広げつつ、説明が始まる。
 中央にある丸いものはレーネ、その周囲をぐるりと囲んだ白い城壁だ。
 実際は少し歪になっていて、ここまできれいな円形はしていないらしいけど。
 レーネから少し離れたところにある四角い記号、これはエリエナさんが切り盛りする『大農園』の敷地。その間、二重線がそれなりにうねり丸と四角をつないでいる。これが街道だ。

「まず、この山です」

 大農園とレーネを繋ぐ街道から、分岐した道。
 そこから更に分岐する細い道の先の山を、エリエナさんは指さしている。徒歩でも日帰りが可能なこの山は、獣以外にも果物や山菜などの実りが多い場所だそうだ。魔物がいるので普通の人は入らないけれど、よく『冒険者組合』にここを指定した採集依頼がでているのだとか。
 次にエリエナさんが示したのは森の中。
 レーネ郊外の、見るからに遠くない場所だ。

「ここは魔物らしい魔物はいないので、さっきの山の代わりに人が通う場所です。で、絶好の狩場になっているのは森の奥。少し魔物が出るから、あんまり人がいかない場所ですね」

 ここが手前で、と地図をくるくるとなぞり。
「奥がこの辺です。古い街道の通り道だったので一応道は通ってるんですけど、奥に入ると道がだいぶ荒れた感じになっているので、たぶん行けばすぐに奥と前がわかると思いますよ」
「道の具合で場所を探れ、か……だったらいっそ立て札でも作ればいいと思うが」
「そういう話もあったんですけど、どうせ地元の人しか使わないので」
 お役所仕事ってこれだから、とレインに苦笑してみせるエリエナさん。
 なるほど、地元の人間ならわかっているだろう、で放ったらかしになっているわけか。道だけは直さないとややこしいから、それだけは一応ちゃんと整えている、と。
 異世界でも、やっぱりお役所って面倒くさいものなんだな。
 正直、看板を建てる方が楽に思うのだけど。

「魚はやっぱり川ですかねー。海はずっと遠いし」
 ガーネットがパンをちぎりながら言う。
 海は、レーネから見るとかなり遠いところにあった。ここからだと――片道一週間以上は掛かるかもしれない。帝国は広く、移動するだけでかなり手間がかかるから。
 川そのものはすぐ近くにあるから、魚が手にはいらないということはないのだけれど。
「魚かぁ……だったら湖とかどうでしょう。ここにあるんですけど」
 エリエナさんが指差すのは、レーネを挟んで、ちょうど先ほどの森とは反対側。森の中にぽっかりと少しいびつな円が描かれている。見たところ、結構大きい感じだ。
 川がつながっているところからして、湖とはまた違ったものなのかもしれない。
 近くに集落を示すらしい記号があるから、それなりに釣果があるのだろう。

「まぁ、釣りに関することは現地の『親子』に訊けばいいかと」

 親子とは、件の集落に住んでいる漁師の父と子のことだ。
 食堂に魚を卸してくれていて、テッカイさんと同じ豪快系のレーリオさんと、少しばかり怖がりらしいのだが仕掛け作りなら誰にも負けない、という息子のナル。
 ナルは僕やブルーと同い年ぐらいだ。
 そして、エリエナさんとは幼なじみになるらしい。
 確かに釣りに関することなら、この二人に訊けばなんの問題もなさそうだ。

 どこから回るか考え、ひとまず教えてもらった順番に回ることにする。つまり山に行き、森に行ってから湖で釣りをする。旅の日数は、二週間ほどあれば充分かなと思う。
 準備に数日かけ、僕らは冒険者らしく『冒険』に旅だった。
 いつもは三人か四人で出かけて、残りを留守番として残すのだけど、今回は全員で。

「おにぎりと漬物、ゆでたまごに……ふふふ、腕がなるのだ」

 ごきげんな様子でお弁当を作っているブルーの姿を見ていると、思う。
 これ、ただのピクニックなんじゃないのかって。
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