ごはんをあげてかわいがってね
草を刈りながら、僕は思う。
この世界に来てから、地味に生活スキルが上がった気がする、と。
簡単な『まかない』なら作れるようになったし、各種農具を扱うのも慣れた。農具なんて前は触ったことすらなかったし、料理もたぶん目玉焼きなら作れるっていう程度だったし。
しかし、最初は役立たずが服を着て歩いているような状態だったから、少しでも進歩しているのはいいことだと思う、思いたい。せめてこういう雑用ぐらいはできないとね……。
「そういえば、ハーブがご飯だって言いますけど、種類とかは何でもいいんでしょうかね」
ざく、と手元の草を刈りながらガーネットが言う。
「植物とか食べ物とか、名前は同じままじゃないですか。品種も――薬草とかはまぁ、さすがに違うんですけど。カモミールとかラベンダーとかレモングラスでしたっけ、植えたの」
「た、たぶん……」
「姉さんの仕事に使うから植えた品種ですけど、あれでいいのかなーって」
ガーネットの疑問はもっともだ。
あの数の精霊に与えるには、あの量のハーブは少し頼りない。まぁ、エリエナさんのところではハーブ類も育てているから、いざという時は追加注文すればいいのだけれど。
そうなると何を注文するのかというのが、なかなか面倒なところだ。
何でもいい、というわけではないかもしれない。
味の好みとか、細かくあるのかもしれないし。どれも同じようにみえる精霊は、だけど個体によって少し違うように見えた。日向をふわふわする子や、水辺でみゅうみゅうごきげんな子といった居場所の好みや、なぜか僕やガーネットの頭に乗ったまま離れないのとか……。
もう少しエリエナさんに詳しく聞いておけばよかった。
これが、後悔は何とかというやつか。
「ブルーは精霊の味の好みとか、わかる?」
「んー、何でも食べると思うのだ。水属性の精霊は水、森属性の精霊は植物、とだいたい系統が決まっているのだ。土属性は土といった具合に。それ以外の味の好みは薄いようなのだ」
「司る属性がご飯になるなら、火属性だと燃やすとか?」
「まぁ……それが手っ取り早いとは思うのだが、見たくはないのだ」
ブルーの言葉もごもっともだと思う。こんなかわいいものに火をつけて燃やすなんて酷いことしたくないし、見たくもない。目の前で、もしも誰かがやっていたら必死に止めると思う。
ただ、ごはんを食べる時に普通に燃えるような気も……。
深く考えないようにしよう、うん。
「精霊といえばー」
「ん?」
「そういえばMPとかどうなってるんです? ほら、精霊を飼うってことはずっと呼び出したままになるってことで、それって結構ブルーさんの負担になっちゃいそうなんですけど」
大丈夫そうなんですか、というガーネットの問いかけ。
あぁ、それも気になる――いや、それこそが重要なところだ。
呼べば呼ぶほど消費が重いというが、だとしたらこうやって呼びっぱなしになるのはどうなのだろう。一定時間ごとに消費するのだろうか、それともまた違った仕組みなのだろうか。
ブルーの場合、MPそのもののケタは大きいと思う。
だけど人より優れているというだけで、無尽蔵というわけではないのだから。
「それもー、特にー、問題ー、ないのだー。みんなー、心配ー、しすぎなのだー」
と、ブルーが毛玉の中から腕を出し、ふりふり、と左右に揺らしている。
その声が眠そうに聞こえたのは、気のせいだろうか。
「この世界について知り合いの『魔法使い』で『自称学者』が、彼なりに調べた内容があるのだが、少し長いか聞くか? この世界で生きていくには、把握するべきことでもあるのだ」
「……ガーネット、『自称学者』なんて職業、あったっけ」
「いや、つっこむところそこです?」
「あるわけないのだ。勝手に学者を名乗ってるあんぽんたんなのだ」
こほん、と咳払いをしつつ、ブルーがなぜか背を向けて厨房の方へ戻っていく。
少し休憩するのだ、と笑って姿が消えた。
しばらくして四人分のお茶が用意され、呼ばれた僕らはひとまず食堂の方へ戻る。名残惜しそうにしていたのはウルリーケだ。精霊の感触などがお気に召したらしい。
休憩を兼ねて、僕らは話を聞くことになった。
テーブルにお茶とカップ、そしてお茶菓子が並べられる。
「さて、件の知人が建てた理論――仮説なのだが、ゲームでは選択してクリックするだけで完了していたあれは、この世界の理だと『呼び出し、攻撃し、帰す』という行為なのだ」
「つまり、攻撃するためだけに呼んで、用が済んだらお帰り頂いていた?」
「この世界の手順的に言うと、そういうことになるらしいのだ」
傍目にはさぞやおかしく見えただろう、とブルーは笑う。
呼び出し、攻撃し、帰す――とブルーが読んだこの三つの段階で、MPやそれに相当するものを糧とするのは最初と最後、世界と世界を一瞬ほど繋ぐというその時だけなのだそうだ。
攻撃するタイミングでは、MPなどは消費されない。
精霊を通す道を作る、言うならば通行料みたいなものだったという。
「つまりは、召喚し続けるということに関し、これという消費はないのだ。せいぜいエサ代ぐらいで。少なくともわたしは何の負担も感じていない。ひとまずは、大丈夫なのだ」
「じゃあ」
「呼び出したら最後、徹底的にもふもふできるのだ!」
いや、それは目的ではないと思う。
だが確かに撫で心地は最高だとも思うから、うん、あれでいいのだろう。
本人が望んだことなのだし、それに撫でられて嬉しそうだし。
■ □ ■
作るだけ作ってみるさ、と笑っていたテッカイさんは、数日の内に木材その他を揃えてあっという間に数十個の巣箱を作り上げてみせた。しかも角を丸めた、かわいらしいフォルムで。
ブルーがそれを並べ、それから金具などで固定していく。
それはまるで適当に箱を積み上げたような作りで、斜めになっていたりくっつけられていなかったり。風の通り道を作ることで、強風に煽られてパタリということを防ぐつもりらしい。
念の為に地面に頑丈な杭をぶっすりと突き刺し、それに固定してさらなる補強。
井戸のそばに専用の餌場も設置し、精霊はこうして裏庭に定住してくれた。
さすがに数が多かったので、三十匹ぐらいまで減らして、あとは畑の調子によって増やしたり減らしたりという。ブルーは不満そうだったけど、足の踏み場もない状態は、ちょっと。
植えたものもすくすくと育ち、精霊はごきげんな様子で、日当たりの良い畑の上をふわりふわりと漂っている。お店の方でもふわふわするので、看板ペットみたいなものになった。
「さぁ、かわいいかわいいお前達、おいしいご飯だぞー」
みゅうー、みゅうー、と響く大合唱が、今日も僕らに朝の始まりを告げる。
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