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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常 作者:若桜モドキ

02:精霊さんは『みゅう』と鳴く

放し飼いにする場合は寝床を用意

 昨日、必死に整えた通りの畑が蘇った。
 その達成感に浸る時間は、しかし僕らには存在しない。

 エリエナさんは言った、精霊に住んでもらわないといけないと。
 住む、ということはつまりお家がいるわけだ。あとエサも必要だとも言っていた。きれいな水と美味しい葉っぱ。というかハーブ。できれば、それをあげやすいスペースもほしい。

「んー、だったら……」

 と、ガーネットが裏庭の隅のほうを指差す。
「あの辺があいてるから、あの辺りにしたらどうです? 日当たりいいし、井戸からの道もまっすぐだから移動しやすいですよ。水路も柵の向こう側にあるから、環境も悪くないし」
「確かに」
 ガーネットが示した方向は、ぽっかりと程よいスペースが開いている。そのうちテーブルでもおいて休憩スペースにしてやろうか、なんて話していた場所だ。
 ちょうど柵の向こう側を、レーネを潤す水路が通っていて景観もいい。
 その飛沫が飛んでくるのだろうか、あの辺りに茂っている草はいつもみずみずしくて、水と森というところから考えるに、きっと彼らも喜んでくれるのではないかと思う。
 現に数匹の精霊が、ふわふわと水路の方に向かって、くるくると踊っているのが見えた。

 ここレーネは、川から水を引き、都市の中を巡らせている。
 生活用水というよりも、桶で汲んで家庭菜園などに使うためのものだ。水路、というより用水路って感じかもしれない。幅も深さもそうないし、使っている用途からしても。
 ちなみに飲料などに使うのは井戸水だ。
 裏庭の隅にも、当然のことながら井戸がある。
 水路の水が精霊の好みに合わなかったとしても、井戸があるからさほど苦労はしなくてすみそうなのは嬉しい。特に手入れしなくても、予定地との間に障害物もないし。

 あぁ、でも少し伸びっぱなしになった草は、刈った方がいいかもしれないかな。
 けれどそれくらいか、手を入れなきゃいけないところは。
 巣箱というか、家はどうおいたものか。キャットタワー的な、箱を積み重ねた感じにすればいいのか、犬小屋みたいなのにすればいいのか。動物、飼ったことがないからわからないな。

「なんか面白そうなことしてんなぁ、お前ら」

 そこにやってきたのはテッカイさんだ。早速精霊にひっつかれている。
 かなり異様な光景だとは思うのだけれども、この人はわりと動じない方だった。そんな繊細さがないんだ、などなどレインさんやブルーには日頃からさんざんに言われているけれど。
「あー、テッカイさーん。あのですね、あの辺にこの子達のお家、作りたいんですよ」
「お家? つまり飼育小屋か?」
「えーっと、まぁ、そんな感じでー」
 飼育なんていったらブルーが怒りそうだなぁ、と思いつつテッカイさんとガーネットの会話を聞く。スキルとか関係なく、テッカイさんはものを作るのが得意な人だ。
 例えば工房の前においてある看板や、ドアノブに引っ掛ける看板なんかも彼のお手製。
 どうも、元から日曜大工が趣味だったらしい。
 だけど似合っていると思う。

 そんなテッカイさんは基本的にいつも火を使っているから、手や腕や顔などが煤とかで汚れていることが多い。その汚れている頬にすりすりっとした薄青い精霊の毛並みが、若干……。
 まずい、これはまずい。
 ブルーが見たら怒り狂うに違いない。
 僕はとっさに手を伸ばしてその精霊を捕獲、柵を乗り越えて水路の方へ。
 みゅう、と鳴く姿にごめんねと謝って、僕は水路の水で精霊をじゃぶじゃぶと洗った。

 ……案外、気持ちよさそうにしていました。


   ■  □  ■


 綺麗になった精霊を日当たりのいいところに置いて、僕は相談中の二人のところへと戻る。
 ブルーはやっぱり毛玉の山に埋もれて見えない。ウルリーケも以下略。二人とも大工仕事には向いていないから、あのまま精霊のお相手をしつつごろごろしてくれたらいいと思う。
 幸いにも『毛玉汚れ事件』は発覚しなかったようだ、よかった。

「しかし寝床、ねぇ……」

 テッカイさんは、うーん、と唸る。
 腕を汲んで、予定地をじーっと見つめていた。
「ひとまず、掃除しやすい方がいいだろうな」
 汚れるかは知らんが、と続け。
「とりあえずブルーに聞いてみるしかねぇな。これのこと、一番わかってるのはあいつだ」
「……まぁ、それが妥当なところですよねぇ」
 やれやれ気味のガーネット。
 確かに飼い主――といったら怒るだろうけど、精霊の主はブルーなわけだし。まぁ、彼女は現在もふもふ天国に浸ったまま、戻ってこないわけですけども。

「ブルー、この毛玉……いや、精霊さんの家のことなんだけど」
「それなら鳥の巣箱ぐらいの大きさのを、たくさんおいてくれたらいいのだ」

 がばっと毛玉に埋もれて寝転がっていたらしいブルーが、いきなり身体を起こす。
 みゅー、みゅうー、と遊んでもらえたと思ったらしい精霊の大合唱。ほんっとーに愛されているんですねー、と乾いた声でガーネットが呟く。その視線はブルーと姉に向かっている。
 でも、鳥の巣箱というと、そんなに大きくないんだな。

「出入りするところは大きめになのだ、穴の位置はどこでもいいのだ」
「ふむふむ」
「それを重ねて並べる感じでいいのだ、こーんな感じに」

 ブルーは駆け寄ってきて、予定地で大きく身振り手振り。
 僕には謎の、MPを吸い取るかのような踊っているようにしか見えない。
 だけどテッカイさんは、ふんふん、と何度か頷いて。
「あー、だいたいわかった」
「え、今のでわかるんです? っていうかブルーさんのアレが理解できちゃうんです?」
「何となくだけどなー。まぁ、鳥の巣箱風ならいくらでもどうにかなるだろ」
 作りだけ作ってみるさ、と豪快に笑うその前向きさが、羨ましいと思う。
 早速材料を探しに行くつもりなのか、テッカイさんはじゃあなー、と手を降って工房の方へと去っていった。残された僕とガーネットは、しばらく立ち尽くしたままでいたけど。

「……とりあえず、草、刈ろうか」
「そう、ですね」

 二人しておとなしく、草刈り用の鎌を取りに、物置へと向かうのだった。
 ブルーは、また毛玉に埋もれていた。
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