たくさん遊んであげましょう
精霊をもふること一時間ほど。
エリエナさんと農園の従業員の皆さんが持ってきたのは、昨日僕らが植えてダメにした量と同じ種類で同じ量の、種と苗のセットだった。だけど当然ながら、お金なんて払ってない。
驚いているとおじさん達はさっさと帰ってしまうし、エリエナさんはニコニコだし。
ブルー?
まだ埋もれている。ガーネットもセットで。
裏庭のあっちとこっちに青緑色の山が……あれ、三つある。
毛玉――違う、精霊はどうも甘えたがりで絶賛甘えたいモードらしく、僕やエリエナさんの周囲にもだいぶ群がっている。気分としては、アリに囲まれた甘いものって感じだ。
じゃあ、あの三つ目の山は誰だろう。誰が埋もれているんだろう。
ちょっと心配になって、僕は精霊をかき分けて前に進む。
精霊にちょっとどいてもらうと、そこから出てきたのはドレス姿の女の子。
ふわふわを手に乗せ、微笑むウルリーケがいた。
相変わらず前髪が表情を隠しているけれど、口元からしてとても嬉しそうだ。じゃまをするのもよくないので、僕は気づかれないうちにそっと精霊を元に戻しておく。
頭や肩に精霊を載せつつ、僕はエリエナさんのところまで戻った。
思わぬことにすっかり後回しになった、お礼をしなければ。
「すみません、何から何まで」
「いいのいいの、いつもお世話になってるからサービスですよ」
エリエナさんはそう言って笑うけど、その『お世話』なんてたかが知れている。
僕らじゃなくてもできることで、エリエナさんの部下の人でも充分こなすことができる程度のことばかりだ。むしろ、僕らは足を引っ張っているのではないか、とさえ思う。
それは収穫の手伝いだったり。
それは農園の近くに出た魔物の討伐だったり。
恩着せがましくするほどのことじゃない、こんなものは。
「だーかーらー、お世話になってるんですってば」
いいですか、とエリエナさんは言って。
「この工房というか食堂、すっごく評判なんですよ。美味しい、安い、楽しいって。うちの従業員さんもかよってるでしょ? それで、士気がすごく上がってるんですよ」
「士気、ですか?」
「だって自分達はこんなに美味しい物になる野菜を作っているんだーって、自分達が頑張って作った野菜がみんなに喜んでもらっているんだーって、そう思ったらすごく嬉しいでしょ?」
言われ、そういえばそういう声を聞くことは多いなと思い出す。
当然ブルーが作る料理も褒められるのだけど、特に主婦らしい女性客からはどこの食材を使っているのか、とかあれこれ教えてくれ攻撃を食らうことが多い。
別に隠すことじゃないので、肉はあの肉屋から、魚はどこそこの漁師の誰それさん、とその都度普通に教えてしまう。当然のことながら、エリエナさんの大農園のことも。
どうやら、それが間接的に宣伝になっていたらしい。
確かにそういう評判と評価を耳にすれば、やる気が湧いてくるものだ。
現在、大農園には個人からの問い合わせが多いのだという。
「取引先と同じように配達っていうのも考えてはいるんですけど、いっそのこと直営の販売店でもつくっちゃおうかなって、そんな話も身内の中ではあるんですよね」
「あぁ、街からはちょっと距離がありますしね……」
普通の主婦に、あの距離をほぼ毎日移動しろというのは、ちょっと酷だ。
元の世界みたいな冷蔵庫があるならともかく、この世界ではせいぜいもって二日。
その日に使う食材は、その日に買うのが一般的な世界なのだから。
評判になるのと同時に、残念がられたのだと言う。
もう少し近ければねぇ……と。
「まぁ、その内に何とかしますよってことで、これはお礼です。これからもご贔屓に」
エリエナさんの笑顔に、僕はもう一度ありがとうと返した。
本当にありがたい、今度こそちゃんと育てなければいけないだろう。
これから仕事があるというエリエナさんは、がんばって、と言い残して帰っていく。
工房の前の通りまで出て見送った僕は、別棟にいるレインさんとテッカイさんに裏庭にいると告げて、食堂の扉のノブに『ただいま準備中★』と書かれた木製の看板を吊るした。
昨日も使ったクワやら何やらを、裏庭の物置小屋から取り出して。
さぁ、さっそくもらった苗と種を植えよう。
――だが、その前に。
「もふもふだー」
「……もふ、もふもふ」
「かわいいなー、お前達はなんでこんなにかわいいんだー?」
毛玉に埋もれた三人を、ちょっと発掘してこようか。
僕は少しばかりの重量をぶら下げた、自分の腰に手を伸ばした。
■ □ ■
ざく、ざく、と僕とガーネットで土を掘る。
溝を作るように掘っていく。
できたそこに、ブルーが苗と種を種類別にせっせと並べて優しく土をかける。苗は倒れないように根本をきゅっと固定するように抑えて、種は深すぎないように少し調節して。
ふぅ、と息を吐いたガーネットが、額に張り付く前髪を払いながら。
「姉さん、そっちはどう?」
「……あったかい、よ」
ウルリーケは格好が格好なので、現在精霊への生贄として木陰に設置してある。
彼女自身は『精霊術師』でもなく、加護のついた属性も違うそうなのだけど、どうも精霊に好かれやすい体質らしい。もこもこに包まれて、嬉しそうに待機している。
ぐぬぬ、と羨ましそうにブルーが見ているけど、彼女だってわかっているんだ。
あれに群がられた状態では、仕事にならないんだって。
「さっさと片付けるのだ」
苗を手にぶつぶつと言いつつ、作業を進めるブルー。
よほど精霊をもふもふしたいらしい。
この世界の苗は藁のようなものをぐるぐるっとまいて、ボールみたいにしてある。植樹するときの木っぽい、という説明が一番しっくりくるかもしれない。
まぁ、この世界にはあの便利なポットはないから、仕方がないことなんだろう。
ただこれ、このまま植えるといい感じに肥料にもなるらしくて便利らしい。枯れたヤツもそのまま土に砕いて混ぜて、昼をすぎる頃に僕らの、二度目の畑仕事は終了した。
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