常識の改竄
女子の下着――というものを、僕が目にする機会は実はそう少なくない。まあこれは僕の周りの人間の常識が改竄されているということに起因するわけではなく、姉か妹がいる連中すべてに当て嵌まることだろう(ここで母親の存在を出さないのはこの場合仕方がないことであると僕はもう割り切っている)。
それに加えて僕の部屋には現在樹織がいる。蔓延っている。
僕が中学一年生で、たかだか12才で、樹織が既に成人を迎えていることが大きな要因なのだろうけれど、彼女には危機管理能力というものが全く備わっていないように思う。
僕の部屋で僕がいる中で、普通に着替えているし、酷い時なんて風呂からバスタオルを身体に巻いて僕の部屋で僕がいる中で一度全裸になってパンツを着用していたこともあった。
樹織は僕が既に童貞を切っていることを知っていて、そして目を皿のようにして女子の肉体を吟味していることを寧ろ推奨している立場なのに、だ。僕が純真無垢なだけのショタでないことを誰よりも知っているのは樹織本人に他ならない。それなのにその肉体を惜しげもなく晒すということの意味を、今の僕にはまだ知る由もなかった。中学一年生であって、中学一年生でしかない今の僕には、とてもではないが想像することもできないような、そんな人間心理の機微を、あのおちゃらけた未来人は内に秘めていたのだ。人間という生物が一辺倒な背景に収まらないということを、僕には到底理解できなかった。
少々話が逸れてしまったが、だから僕は僕の性癖の中に”下着”というものは存在しないと今まで思っていたのだけれど、しかし僕が折風先輩の下着姿を見て抱いた感想は――
「なんかすげードキドキするー!!!!」
少し前にばったり折風先輩の裸を見てしまった時と、似たような反応になってしまった。
第三話『常識の改竄』
僕は一瞬――否、たっぷり数分、では流石にないだろうけれど、それでも長い間折風先輩の下着姿に目を奪われてしまっていたが、ふと我を取り戻して教室の奥を見てみると三年七組の教室の中には下着姿と体操着姿の女子ばかりがいた。
「ああ、更衣中か」
なるほどなるほど、ふんふん。恐らくは5時間目が体育なんだろう。昼休みの間に、そして昼休みの序盤に更衣を済ませておくというのが三年七組と、合同で体育を行っている三年八組の通例なのだろう。なるほどなるほど。
「またこの展開かよ!」
同級生の着替えに出くわしたのと、先輩の着替えに出くわしたのとでは、やってしまった感が全然違うなあ、と、僕は知りたくもなかった事実に打ちひしがれた。
「まどちゃんこれ今日の会議の資料放課後までに読んでおいて」
「あ、うん。ありがとう響ちゃん。――音無くんも響ちゃんに付き合ってくれたのかな?」
「えっと……あの……」
僕は口籠ってしまう。状況の整理がつかない。どういう原理でこの状況が形成されているのかが、全く理解できない。
折風先輩が僕に下着を晒すのはまだいいだろう。なんせ彼女は僕の奴隷だ。奴隷の下着姿でドキドキするというのも――ドギマギするというのも、どうかと思うけれどまあそれは仕方がない。
だけれども折風先輩。彼女が下着を晒しているのは僕だけではない。桐下先輩に晒している――というわけですらない。
折風先輩はこの廊下を通るすべての人間に、下着を晒している。
折風先輩の常識が改竄され、桐下先輩の常識が改変された今、そして恐らくは既にこの三年生全体の、否、この学校の殆ど全て人間の世界が改革されている今、僕と生殖すること自体は何ら不思議のない、何ら違和感のない行動なのだろうけれど、しかしだからと言って僕以外の人間と――僕以外の男と生殖すること自体は折風先輩にとっては、というより全て人間にとって常識ではない。……らしい。
ただし例えば恋人だとか、例えば配偶者だとか、そういう“性交しても不思議はない”という人間関係が形成されているとすれば、もちろん不思議はないだろう。愛情の表現として、または、こういうのは僕としてもあまり想定したくはないのだけれども、愛情の表現として以外の理由から性交することは彼ら自身これまで通りの共通意識として――つまり常識として残している。そうでなければ寧ろ未来の人口は減少してしまうはずだ。
――ということは、折風先輩や、他の人の貞操観念が僕に関していえば薄れているということなのだろうか。折風先輩のようにあけっぴろげな感じに仕上がるということだろうか。……それはなんというか、嫌だなあ。
「音無くんはただ単にまどちゃんに会いたいから来てそこでばったり一緒になっただけなんだよ」
僕が茫然としていると、茫然自失としていると、桐下先輩が僕の代わりに折風先輩に説明をしてくれた。……否、ほんの少しだけ語弊があるけれど、まあそんなにあるってほどでもない。
「そ、そうなんだ……。何だかちょっと照れちゃうね……」
パンツ一丁ではにかんでいる。パンツ一丁ではにかんでいる姿は何というか、滑稽という表現が一番的確というような気がする。だけれどもそれがどことなく魅力的で、そしてやっぱり常識外れなのだ。
「音無くんがこの私に会ってくれるっていうのなら私にとってこれ以上ない幸せだけれども、うん。じゃあ入ってよ。更衣中で相当女臭いけどこの場合勘弁してね。――あ、女臭いって別に変な意味じゃないよ」
今度は太陽のような笑顔を僕に向け教室に迎え入れた。――迎え入れるの!?僕を!?つーか男を!?
中にいる女子生徒と目が合う。というか、かなり注目されていた。……うわー。
「お、折風先輩、勘弁してくださいよ。ちょっと、恐怖以外のなにものでもないですよ、この状況。何なんですか、何のつもりなんですか」
「いやいや音無くん。そんな、裸の私に縋り付かれたらドキドキしちゃうんだけど」
僕は顔を折風先輩のおっぱいに顔を貼りつかせて恐る恐る七組の教室を覗く。多くの女子生徒は各々の更衣に戻っている。僕たちに注目しているのは恐らく折風先輩と特に仲のいい女子生徒だけだろう、遠巻きにくすくすと笑っている。
「まあまあ。入って入って。ポッキーあるから食べながら待っててよ」
結局無理やり女の園へと誘われてしまった。目のやり場に困る。困るというか困窮する。目のやり場に困窮している。体操服への更衣だというのに何であの人はブラジャーを外しているのだ。
「桃色ちゃんは体操服になるときはブラなしでいく派なのよ」
おっぱいがちっちゃめなの、と僕に耳打ちした。僕はついつい見てしまう。ううむ。小さいのも悪くない。
僕は先輩のポッキーをつまむ。少しチョコが溶けている。チョコはしっかり固まっている方が、僕は好きだ。
「ところで音無くん。音無くんの大きくなってるおちんちんはどうなんだろう、この場合私はその高鳴っている性欲を処理しなくちゃいけないのかな?」
赤面しながら僕のスラックスの膨らみをチラチラと折風先輩は見ている。
「とある少女漫画で見たんだけどさ、音無くん。男の人っておっきくなっちゃったら出さないと病気になっちゃうんでしょ? だからさ、ね?」
どうやら折風先輩は少女漫画という名のエロ漫画の愉快な知識を愉快に吸収して愉快な勘違いをしているらしい。敢えて訂正しようとは思わないが。
「……まどちゃん、何してんの?」
「ん? 私の可愛い後輩がムラムラしてるから解消してあげようと思って」
体操服に身を包み、折風先輩の肩越しにこちらを覗き込んできたのはさっきのノーブラ体操服の先輩だ。僕は折風先輩にしがみつく。
「うわ、何この可愛い子。何?一年生?」
「うん、そう言えば縁も所縁もない一年生だけど、可愛い後輩だよ」
「こんにちは、後輩くん。私は浮橋 桃色だよ」
……この先輩は中学一年生をどう位置付けているんだろう。そこまで子供扱いしなくてもいいのに。だがまあ、僕は結構小柄だし先輩に抱き付いているし、ショタと思われても仕方がない。
「桃色ちゃんも別に一緒にしてもいいけどさ、私が最初に音無くんに手え付けたんだから独り占めしちゃだめだよ」
「いや、私はそんな積極的なことできないよ、処女だから」
別に僕だけが抱いている感想でないと思うし、そう信じたいのだが、なぜこう女の人が女の人と喋ってるときって妙に排他的なのだろう。話題である僕ですらその会話に入れない。
「それにしても――それに対してもまどちゃんは積極的だね、私と違って。私なんておっぱいも性体験もない貧乳処女だよ」
「もー、そんな言い方されるとこの私がまるで淫乱な女の子みたいじゃない。勘弁してよねー」
ぼやきながら先輩は僕の背後に回り肩口からスラックスへと手を伸ばす。なんだこの手際の良さは。どこで覚えてきたんだ。
ファスナーを下ろさず、いの一番にベルトを外しにかかった。どうやら完全にズボンを脱がす気らしい。
「あ、あの、先輩、いきなり、何するんですかって、訊いても、いいんですか、ね」
僕はパンツの上から与えられるむず痒い快感に言葉を詰まらせながら尋ねてみた。僕のその質問に折風先輩は不思議そうな、ともすれば“とぼけた”といってもいいような表情を見せた。
「いやだから、音無くんがむらむらしてんなら、どこであろうとどんな状況であろうと、解消してあげなくちゃいけないでしょう?」
「先輩それって……」
こう、僕と先輩との常識のすれ違いを感じると、何というか、先輩の発言に対してやけに猜疑的になってしまう。先輩が少女漫画で得た知識というのは、本当に少女漫画で得た知識なのだろうか。――否、きっと少女漫画で得た知識なのだろう。ただし、先輩はそれを疑わなかった。少女漫画の愉快な演出を、折風先輩はあろうことか常識として捉えたのだ。
「ところで桃色ちゃんはおちんちんって見たことあるのかな?」
「ちんちんなんか見たことある人いんの?」
「えっと……大多数だと思うんだけど」
男なら当然だが大半の女性も考えてみれば陰茎くらい見たことあるはずなのだ。ううむ。お子様な僕にとってこれはなかなか衝撃的な事実だ。
先輩は――折風先輩も浮橋先輩もこれは含まれるのだが、折風先輩の先導で手早く僕のパンツを脱がした。完全に脱がした。女子生徒が更衣に使っている教室で、Tシャツ、股間丸出し、靴下。の僕。
「変態だ……」
「完全変態だね」
「僕は蛹にはなりません」
「じゃあ不完全変態?」
「いや、前提として昆虫じゃないんですけど」
僕は股間丸出しのまま、そして寝転がったまま肩を竦めた。
――とすると、がやがやと。
がやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやがやと。
三年七組の、否、三年八組を含めた女子生徒、その殆どが、僕と、先輩の周りに集まってきた。
「なにー?その子。すごいエロい格好してるけど」
「やー!かわいー!まどちゃんの後輩?ってことは生徒会?こんな可愛い子いたんだー!」
――とかとか、そんな言葉を並べながら女子生徒たちが集まってくる。
「うわー。もうおちんちん丸出しじゃない」
僕の完全変態した格好に一番に食いついてきたのは、ちょっと派手めの格好をした女子生徒。
彼女は僕の、もうすでにガチガチに勃起してしまっている陰茎に指を這わす。スラックス越しではない、パンツ越しですらないその直接的な快感に――直接的ではありながらしかしどこかむず痒く、どこかもどかしいばかりの、そんな快感だった。
「ちょ、ちょちょちょっと、生葉ちゃん。抜け駆けどころか横入りしないでよ。別に音無くんの性処理に参加するなとは言わないけどさ、私がイニシアチブってるのを否定するわけにはいかないよ!」
「別にいいじゃん誰が最初でも誰がイニシアチブっててもさ。要はこの子の性欲が発散されればいいんでしょ?それならこのあたしが誠意を籠めて事に当たらないわけがないじゃない」
「生葉ちゃんにそんな誠意があるとは思えないけどね」
「何言っちゃってんの。確かにあたしは色々とまどちゃんに迷惑をかけることもあるだろうけど、別に常識がないってわけじゃないんだから」
「そりゃそうなんだけど……。でも……」
「分かった分かった。じゃあ半分あげる」
派手な先輩――生葉先輩は陰茎を包み込んでいた手を離し、折風先輩を誘導する。相も変わらず僕はマグロだ。しかし、こうなってしまえば状況は既に投了している。実験は終了だ。実験結果は最悪――樹織にしてみれば最善なのだろうが、僕にとっては少なくとも“善”の類ではない。
――少なくとも三年七組と三年八組の生徒全員の常識は改竄されている。こうして僕の周りにいる女子生徒はもちろんのこと、遠巻きに眺めている女子生徒の常識も等しく十把一絡げぐちゃぐちゃになっている。遠巻きに眺めてなお無反応、悲鳴の一つも上げないというのは、これはもう非常識である。
だからこれからはそんな実験の類ではない。理性的な事由は既に破棄された。知性的な理由は既に廃棄された。
なるほど確かに先輩たちの言うとおりだ。これは実験などではなく、ただの性欲処理。
僕によって常識を改竄され、樹織によって世界を改変させられた女子生徒が演じる、ただの常識の風景。ただの日常の風景だ。
一般的な私立中学の、一般的な昼休み。他愛なく、自愛すらないいつもの風景。
僕はこれからそれを描写するとしよう。
何も気負うことはない。これから描写するのはただの日常だ。
ただの常識だ。
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