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岩本順子
岩本順子

ビール大国ドイツで浸透するノンアルコール飲料

2014年05月30日

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 近頃日本ではノンアルコールのビールが人気を呼んでいるが、ドイツではアルコールフリー・ビールがスマートな飲料として定着して久しい。この傾向はワインにまで広がり、アルコールフリー・スパークリングワインが続々と登場している。ドイツでは、スパークリングワイン(ゼクト)は社交に欠かせないツールだ。製法において長年のノウハウを持ち、技術的進化もめざましいアルコールフリー飲料はドイツの酒類業界における成長分野だ。

アルコールフリービール、発祥は旧東ドイツ

 日本ではアルコール分1%未満のものをノンアルコールと呼ぶが、ドイツでの定義はより厳密だ。アルコール度数が0,5%以下であれば、アルコールフリー、アルコールを完全に排除していなければノンアルコールと表示できない。現在多く生産されているのは、ごく少量のアルコールが含まれるアルコールフリー飲料だ。

 ドイツ初のアルコールフリービールの誕生は1972年。旧東独人民公社・エンゲルハルト醸造所(ベルリン)の依頼で、醸造家ウルリヒ・ヴァプラーが開発した。専ら運転者用ビール(ドイツ語略語はアウビ=AUBI)として生産され、アウトバーンの休息所でしか買えなかった。旧西独では1979年から販売されている ラーデベルガー社の「クラウスターラー」がアルコールフリービールのパイオニアだ。

 ドイツのビール生産量は近年停滞しているが、アルコールフリービールの需要は年々高まっている。全ビール醸造所約1350社のうち、約200社が製品化しており、小麦ビール(白ビール)においてもアルコールフリー製品が続出している。ドイツ・ビール醸造協会の報告によると、2012年のノンアルコールビール生産量は4億リットルで、ビール全体の生産量の約5%を占めるまでとなった。

ワインでも100年の伝統

 一方ワイン業界でも、古くからアルコールフリー製品への取り組みがあった。その草分け、カール・ユング社は、顧客のニーズに応えて研究を重ね、1908年にアルコールフリーワイン製造法の特許を取得。ただし生産に拍車がかかったのは、アルコール度数が高く、重厚なワインの流行が一段落し、人々の健康意識が高まり、軽快なワインを求めるようになった近年のことだ。

 アルコールフリー製品の成長は、とりわけスパークリングワインにおいて顕著だ。ドイツワイン・インスティトゥートの報告によると、ドイツ人1人当りのスパークリングワイン消費量は年間約4,1リットルで世界トップクラス。世界のスパークリングの5本に1本はドイツで消費されている。ちなみに、通常のワインは約20リットル、ビールは約107リットルだ。

ロートケプヒェン社のアルコールフリー・スパークリングワイン。2008年にリリースされたばかりだが、年間400万本生産というヒット商品だ。(Rotkäppchen / Korenke PR提供)

拡大ロートケプヒェン社のアルコールフリー・スパークリングワイン。2008年にリリースされたばかりだが、年間400万本生産というヒット商品だ。(Rotkäppchen / Korenke PR提供)

 アルコールフリー・ワインの公式統計はまだ存在しないが、スパークリングワインを主体に、年間推定で2000万本生産されているという。ロートケプヒェン=ムム社のマーケティング部長、ペーター・O・クラウセン氏は「ドイツではパーティやイヴェント開始の際に、まずスパークリングワインで乾杯するというシチュエーションが多いので、アルコールフリー製品がスタンダードなものになる可能性は高い」と語る。

名称が生む誤解

 アルコールフリーとノンアルコールの違いは冒頭で述べた通りだが、アルコールフリー製品にはアルコール分が入っていないと思い込んでいる人は多い。しかし、アルコールフリーと言えども微量のアルコールが含まれている以上、妊婦や依存症患者には勧められない。ロートケプヒェン=ムム社は、2010年にアルコールフリー(http://www.alkoholfrei.de/)というサイトを開設し、啓蒙活動を始めた。生産者の倫理的使命として、禁酒の必要がある人にアルコールフリー製品を飲まないよう勧告している。

 連邦保健省が発行する「薬物および依存症レポート」によると、ドイツでは健康にリスクがある量のアルコールを摂取している人口が950万人、アルコール依存症人口は130万人と推定されている。

 ただし、アルコールフリー飲料が飲酒文化のマイナス面を解消する可能性は、残念ながらあまり期待できない。アルコールフリー製品を選ぶのは、概して自覚的な飲み手なのだ。

アルコールフリー製品にチャンス

 とは言え、アルコールフリー飲料はドイツ社会に確実に根を張りつつある。もはや、ドライバーや仕事中の人のためのアルコール代用飲料ではなく、低カロリーで健康的なライフスタイルドリンクとしてのイメージを獲得しはじめており、さらなる成長が見込まれる。

 今後ドイツでは、ビジネスや社交の場で、招待側が当然のようにアルコールフリー飲料を用意するようになってくるだろう。今後、製造技術がさらに進化し、本格的な味を維持できるようになれば、アルコールフリーとノンアルコールが逆転するかもしれない。

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プロフィール

岩本順子(いわもと・じゅんこ)

ライター、通訳・翻訳者。神戸市出身。南山大学独語学独文学科卒業後、神戸のタウン誌編集部に勤務。1985年にドイツ・ハンブルクに移住。1990年から2002年にかけて、日本の漫画作品のドイツ語訳に従事すると同時に、日本の出版社向けに、ドイツのコミック作家やイラストレーターを発掘。ドイツ語圏における日本の漫画普及、漫画を通じての文化交流につとめた。1999年から2003年にかけてドイツのワイン醸造所2カ所で実習生として働き、その後、ワインと食に関する文章を書き始める。

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