朝日記者は誤報騒動をどうみる?なぜ起きた?上層部への批判と憤り充満、謝罪を後押しか
9月11日、朝日新聞社の木村伊量社長は記者会見を行い、東京電力福島第1原子力発電所事故に関する政府事故調査・検証委員会による吉田昌郎元所長(昨年7月死去)への事情聴取、いわゆる「吉田調書」に基づき「所員が吉田氏の命令に違反し撤退した」などと報じた記事について、「待機命令に背いて職員が撤退したという事実はなかった」として取り消すと発表。「読者や東電関係者に深くおわびする」と謝罪するとともに、自らの進退について社内改革後に「速やかに決断する」と述べ、自身の辞任を示唆した。
また、「済州島で慰安婦を連行した」という慰安婦問題をめぐる報道(1982年)を今年8月の点検記事で取り消した件についても、「誤った記事を掲載し、訂正が遅きに失したことを読者におわびする」と謝罪した。
翌12日の全国紙各紙はこぞって一面トップで朝日の会見について報じ、「日本の国益を大きく損なったことを考えれば、謝罪は遅きに失した」(読売新聞)、「日本の立場や外交に深刻な影響をもたらした」(毎日新聞)などと厳しい見方を示している。中でも早い段階で朝日の「東電撤退報道」を否定する内容を報じていた産経新聞は、「自社の主張に都合のいい部分をつまみ食いし、全体像をゆがめて伝えたのではないかとの疑念は拭えない」と批判。さらに朝日が8月に掲載した慰安婦報道の点検記事について木村社長が会見で「内容には自信を持っている」と述べた点について、「本心では悪くないと考えているようにみえる」「言い訳と自己正当化に満ちた甚だ不十分な内容だったにもかかわらずだ」と論評している。
●朝日社内に充満する憤り
このように新聞を含めたあらゆるメディアが一斉に朝日批判を繰り広げているが、今回取り消された東電撤退報道について、朝日記者はどのようにみているのであろうか。
「政府が非公開にしていた吉田調書の存在を明かすだけでもスクープなのに、なぜあのような書き方をしてしまったのか。『存在する』というだけではインパクトが弱いと判断し、記事に“箔を付ける”ために調書の部分部分をつまみ食いして東電撤退という内容を捏造してしまったのかもしれない。記事を取材・執筆したのは『プロメテウスの罠』(2012年度)、『手抜き除染』(13年度)で2年連続新聞協会賞を取った特別報道部だったため、上層部も過信して十分なチェックを行わなかったのか、はたまた上層部の意向が働いて“方向性ありき”で書かれたのかは定かではないが、いずれにしろ根が深いことには違いない」(朝日記者)
このように朝日記者も問題視する東電撤退報道、そして慰安婦報道問題への批判が広がり始めた8月以降、社内では上層部を批判する動きがすでに出始めていたという。別の朝日記者が明かす。
「8月後半くらいから毎日のように社内では部長会が開かれ、その内容を部長が各部単位で記者たちに説明する臨時部会がたびたび開かれていた。そこでは侃々諤々の議論が行われ、上層部に対するかなり厳しい意見も出ていた。また、大人しい朝日の記者にしては珍しく、100〜200人ほどの記者が連名で労働組合を通じて上層部へ意見書を提出するといった動きも起こり、さらにジャーナリスト・池上彰氏が朝日を批判する連載記事を一旦不掲載にしたことが発覚すると、内部の記者30人以上が上層部を批判するツイートを発するという事態も起こった。そうした社内の反発に上層部も背中を押されて、11日の謝罪会見につながった面もあるのかもしれない」
今回の社長会見後の朝日社内の様子について別の記者は「上層部に対して『ふざけるな』という憤りが充満している」といい、「なぜこのタイミングでの謝罪なのかがよくわからない。記者会見のことも直前まで一切知らされていなかった。現職社長のクビが飛ぶだけでは済まない」と批判するが、現在の上層部の体制では抜本的改革は厳しいのではないかと疑問を投げかける。
「今回の件により、今後取材などで現場の記者たちは取材拒否などの厳しい状況を強いられる可能性も高い。この際、膿を出し切って『解党的出直し』ならぬ『解社的出直し』くらいしないと信頼の回復は難しい。ただ、上層部のエリート意識はものすごいので、そこまでやることは絶対ないだろう」
●産経社内の反応
ちなみに、前述のとおり朝日の東電撤退報道直後に産経はそれを否定する内容を報じたが、それを受け「朝日は産経に対し抗議文を送っていた」(産経関係者)という。その後も吉田調書をめぐって両社は真っ向から対立する内容を報じ、「朝日vs.産経」の様相を呈していた。結果として今回は産経に軍配が上がった格好になったが、産経記者は次のように危機感を示す。
「朝日社長の記者会見があった日、本社内ではお祭り騒ぎの編集部も出るほどで、幹部が編集部のフロアにまで降りてきて社員たちと喜んでいた。翌日の朝刊でもこれでもかというほど朝日を批判していたが、騒ぎすぎればその反動は自分たちに返ってくることがわかっていない。図に乗り過ぎると、どこかのメディアや組織が逆に産経の誤報記事を持ち出してきて、朝日と刺し合いになる」
いずれにせよ、メディアは一方的に朝日を批判するだけではなく、今回の騒動を契機として誤報を抑止するための仕組み・体制づくりが求められているといえよう。
11日の会見で木村社長は、問題となった記事掲載に至った理由について、「秘匿性の高い資料だったため、(吉田調書を)少数の人間の目にしか触れないようにしていた。その結果、チェックが甘くなり、検証が遅れたと反省している」と釈明。また取材の過程において「命令に背いた人がいたという思い込みがあった。職員に取材はしたが話は聞けなかった」と説明している。また、朝日としての思惑や意図があったのではないかとの指摘に対し、「意図的な記事ではない」と否定している。
(文=編集部)