では、なぜ、西郷さんは「隆盛」になったのか。
明治2年(1869年)、明治政府樹立に貢献した西郷隆盛は明治天皇から
位階を授かることになり、明治政府は書類に西郷の本名を記す必要が生じた。
そこで、明治政府は、西郷本人が函館遠征中で連絡がつかなかった為、
西郷の友人吉井友実(ともざね)に西郷の本名を聞きに行った。
吉井は西郷を通称の「吉之助」と呼んでいた為、本名をなかなか
思い出せなかったが、やっと思い出した「隆盛」という名前を伝え、
明治政府は「西郷隆盛」で書類を作成した。
ところが、吉井がやっと思い出した「隆盛」という名前は、実は西郷の父親の名前。
西郷は帰京後、この間違いを知ったが訂正せず、以後、父親の名前「隆盛」を名乗り、
戸籍にも「隆盛」と登録され、西郷隆盛となったのである。
また、有名な西郷隆盛の肖像画は正確には本人のものではない。
西郷隆盛の肖像画は、西郷隆盛が亡くなった次の年の1878年に
キヨッソーネというイタリア人銅版画家が、人から特徴を聞いたり、
弟の西郷従道(つぐみち)やいとこの写真を参考にして描いたもので、
作者のキヨッソーネは西郷隆盛の顔を見たことがなかった。
西郷さんは、明治天皇が写真を欲しがった時でも断ったほどの
写真嫌いで西郷の顔写真は一切残っていない。
ちなみに、上野の西郷さん、連れている犬はツンという名前のメス犬。
参照:トリビアの泉で沐浴No.259 西郷さんの名前は「隆盛」ではなく「隆永」
写真:Wikipedia「西郷隆盛」
ほぉ⇒
いとこの名前と混同して記憶していました。
備忘録大事ですね。
凄い…全てにおいて『へぇ』を連呼しちゃうほどの内容で楽しませていただきました。
これからも頑張って色々な雑学情報を発信してください。
また遊びに来させてください。
お邪魔しました。
黒船ポーハタンさんのブログにも近々お邪魔したあげく、コメント等残させていただく予定です。というのも、最近忙しくって(汗