撤回されたSTAP論文2報については、疑義に関する本調査が先週から実施されています。
なぜ研究不正が起きたのか、その範囲はどこまでに及ぶのかが焦点になっていますが、別の段階の問題として、なぜそのような論文がNature誌に掲載されたのか、ということもあります。このことについて、ある2通のメールがリークされました。2012年にScience誌がSTAP論文をリジェクト(掲載拒否)したときの査読コメント、そして2013年にNature誌がリバイズ(修正)を要求したときの査読コメントです。
僕がマーカーを引きながら読んだletter論文。
- 論文の質を保証するための査読
そもそもNature誌やScience誌に限らず、学術雑誌に論文が掲載されるときには、近い分野を専門にする第三者の研究者が論文を精読し、論旨に不備がないかなどをチェックすることがほとんどです。これを「ピア・レビュー(査読)」と呼び、査読する研究者はレビュワーと呼ばれています。雑誌の編集部は査読を参考にして論文を掲載するか、リジェクトするか、あるいは論文著者に修正を依頼するかを判断します。このような過程があることで、掲載される論文の品質を一定以上に保つことができると言われています。
あらかじめ断っておきますが、修正の要求やリジェクトは一般的に行われていることで、修正要求やリジェクトされたものはすべて捏造である、というわけではありません(漫画家や小説家が編集部からいろいろ要求されるようなものに近い)。問題なのは、指摘された部分のほとんどが修正されず(しかも研究不正を指摘したものもあるにも関わらず)、最終的にNature誌に掲載されてしまったことです。
- Science誌のレビュアーは疑義を抱いていた
まず最初にリークされたのは、2012年にScience誌に投稿したがリジェクトされたときの、Science誌からの報告メールです。Retraction Watchという、論文の撤回に関する話題を専門に扱うWebサイトが公開しています。ただしScience誌のニュースページによると、リークされたメールが真正かどうかについては、Science誌編集部は確認できていないとしています(Science誌ニュース斑は異なる情報筋から同一の文書を入手したとしています)。また、このときの内容が、Nature誌に掲載されたものとどの程度同一かもわかりません。ただ指摘している文言を見ると、かなり似ていると判断してよさそうです。
(この時点ではSTAP細胞のことをSAC(Stress altered somatic cell)を表記していたもよう)
3人の人物が査読しており、いずれも「データが確かに強固なものであれば、非常に重要な報告である」(Reviewer 2)、「再現性があれば、発生生物学は大きな転機を迎えるだろう」(Reviewer 3)としていますが、「主張を裏付けるにはハイレベルな証拠が求められるが、そのレベルには達していない」(Reviewer 1)としてします。
なかでもReviewer 1は、STAPが起きるときのGFP蛍光を、細胞が死ぬときに非特異的に見られる自家蛍光ではないかと指摘しています。また、STAP細胞移植で誕生したと主張するキメラマウスで、電気泳動によるTCR再構成のデータを示していないことにも言及。そしてとどめに「その上、この図(TCR再構成を示す電気泳動のゲル写真)は切り貼りされている」と指摘。このゲルの切り貼りは、調査委員会が研究不正であると認定しています。
また、理研が8月に行った検証実験の中間発表で、論文に記載された方法ではpHが揃わないということが報告されています。これに関連してReviewer 2が13番目のコメントで「弱酸性処理の詳細が記述されていない」「溶液の構成物とは何か、処理時間はどの程度か、細胞をどう扱うのか、詳細に記述すべきだ」と指摘しています。なおReviewer 2は大小含めて21箇所についてコメントを寄せています。
最終的にScience誌の編集部は、「我々の限られた誌面では、論文を修正しても掲載できない」として、事実上のリジェクトを突きつけました。これが2012年8月21日。このころ、Nature誌やCell誌にも同様の論文が投稿され、いずれもリジェクトされています。
- Nature誌のレビュアーも疑義を抱いていた
Retraction Watchに上記のメールがリークされた翌日、今度はScience誌ニュース斑が、2013年4月にNature誌が修正を依頼するメール文書を入手し、それを公開しました。当然リーク元を明らかにしていませんが、ヘッダに日本語が使われていることから、日本の研究機関の関係者でしょうか。
ここでも3人が査読しており、「非常に興味深い」(Referee #1)、「結果が正しく再現性があれば、発生生物学や幹細胞生物学において大きな転機となり、再生医学にも大きな意義をもたらすだろう」(Referee #2)と、テーマそのものは評価しているものの、「結論を支持するデータは疑わしい」(Referee #1)として、素直に受け入れていないようすが伺えます。
例えばReferee #1は、テラトーマやキメラマウスが形成できても、リプログラミングは可能性のひとつに過ぎないとしています。同様のことはがん幹細胞などでも起きると指摘。またGFPの自家蛍光についても「細胞死のレベルを見るべきだ」や「GFPマイナスの細胞におけるコントロール実験がない」と指摘しています。
またReferee #2も「STAPが起きているときのOct4免疫染色の経過を示してほしい」としています。さらにReferee #3は「テラトーマやマウスに分化した細胞が、TCR再構成が起きたリプログラミング細胞に由来する」ことについて「論文では直接的に示していない」と指摘しています。
細かい指摘は異なりますが、根本的なところはScience誌のレビュアーと同じで、事実上のリジェクトを推奨しています。しかしNature誌はリジェクトせずに「修正原稿を楽しみにしている」とメール。これが2013年4月4日。そして2013年12月20日にNature誌は論文を受理し、2014年1月30日に掲載しました。掲載された論文では、上記の指摘点はほとんど修正されていません。
- なぜ修正されないままNature誌に掲載されたのか?
大小含めて指摘点はがいくつかあるのは、普通の論文の査読でもよくあることです。しかし大抵はその後修正され(すべての修正を受け入れる必要はありませんが、根拠ある反論が必要)、雑誌に掲載となります。しかしここで述べた指摘点は、いずれも掲載後から研究界で議論されており、特にゲルの切り貼りは研究不正に認定されるなど、論文の質を保つ以前の問題となっています。
Natue誌編集部から依頼されて査読をしたレビュアーは、論文には多くの不備な点があり、事実上のリジェクトを編集部に提案しているように受け取れます。ところが多くは修正されないまま、Nature誌が9ヶ月後に受理した理由は、未だに不明です。これは論文採択の重要なポイントであり、プロセスが明らかにされないと、Nature誌の信頼そのものにも大きな影響を与えかねません。またレビュアーからしてみれば「何のために査読したのかわからない」と不信感を持たれる可能性もあります(査読は無償で行われています)。Nature誌ニュースブログでは、2通のメールのリークは把握しているものの、編集部の見解は示していません。
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