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天の杯~神の掌で踊れ~ 作者:雪ノ幸人

第三話 鼠のアルゴ

新キャラです。
ヒロインじゃないですけど
 ギルドを後にしたシュウはその足で繁華街に向かった。理由は単純に昼食をとるためである。森で行方不明になった姉妹を捜索していたため今日はまだ昼食をとっていなかった。昼と言うには大分時間が過ぎてしまっているが夕食までにはまだ時間がある。
 行きつけの飯屋に足を向けた。この国に来てから早3年が過ぎているが、週に2,3回のペースで通っている。
 しかし、今頭の中にあるのは昼食とは別の事だった。


(……優しそうになったか……)


 先程受付のニーナが俺に向かって言った言葉。彼身でも自覚はある。この国に来た当初の事を考えれば俺は明るくなったのだろう。だが、それは変わったからではない。


(……我ながら、取り繕うのは上手くなったもんだ……)


 隠すのがうまくなった。
 どんな相手に対しても笑顔で応じる事は出来るようになった。
 感情を押し込めて表に出さずに振る舞えるようになった。
 相手を気遣えるようになった。

 だが、


  あの時の怒りを忘れたわけではない。


  火に包まれた部屋を。

  散乱した死体を。

  むせ返るような血の匂いを。          

  何もできない無力な自分を。

   醜い怪物となった自分の姿を。

   他人に対して初めて抱いた殺意を。

   手の中で冷たくなっていった彼女を。


 忘れるなど到底できそうになかった。       


 焦燥感、後悔、怒り、憎しみ。幾つもの感情が混じり合い、頭の中がグチャグチャになる。


「ん?」


 店はもう目前と言ったところで足元に鼠がいる事に気が付いた。白い毛に紅い眼。
 ネズミはシュウの足元から肩口へと一気に駆け上がり、肩に座ると彼の頬にその小さな足を置いた。
 コイツ、どっかで。
 その思いが伝わったわけではないだろうがネズミはこちらの意識を引くように肩をチョロチョロと動き回る。


「チュ」
「……お前、アルゴんとこのやつか?」
「チュウ!」


 そうだ言わんばかりに白い鼠は胸を張ると不意に何かを伝えようとその小さな足で頬を何度もたたいた。


「……あいつ、ねぐらを変えたのか?」
「チュ!」
「で、お前が案内役か?」
「チュ!」
「……すぐに来いって?」
「チュ!」


 短いながらの肯定。
 僅かにため息を漏らす。暗い感情でいっぱいになった今ははっきり言ってめんどくさかった。正直、突っぱねってしまいたいがこのネズミの主は自分と短くない付き合いである。無視したからと言って怒るやつではないが拗ねる位はするかもしれない。


「わかった、案内してくれ」
「…」


 返事が無いことを訝しんで肩の白いネズミを見るとどことなく何かを期待するような視線を返された。
 ねだるとこまで本人に似すぎたろ。


「……いつものか?」
「チュ!!」


 先程より強い鳴き声を返され、シュウは今来た道を戻り始めた。
 目的地は木の実を売っている店。
 ねだられただけでなく、少し頭を冷やす意味を込めて歩くことにした。
 肩を動き回るネズミから不快な臭いは感じない。
 どうしてネズミは清潔で本人はあれなんだ?
 どこまでも潜りそうになった思考から引き揚げられたような気がしたかどうかは本人だけが知るところである。



 ♦♦♦♦♦♦♦


 何件か店を回った後シュウはネズミの案内で東部の地区に来ていた。ここは平民が数多く暮らす場所の一つであり、それ故市場が賑わう場所でもある。自分の前を走るネズミを見失わないように人ごみの中を縫うように進む。

 脇道に入ると活気がある表通りとは打って変わって暗く、怪しい雰囲気を醸し出している。
 空気まで変わったように感じられ、ホコリ臭さやカビ臭さが鼻につく気がして不快感に眉をひそめる。
 道の所々に座り込む者や違法な植物を売りさばく者、怪しげな客引きなど見るからに裏世界の住人と思われる者達ばかりだ。
 それらを躱すようにして進み、十分ほど歩くと行き止まりにたどり着いた。


「チュ」


 しかしネズミは一度こちらを向き、一声鳴くとそのまま壁に向かって走り出した。どうなるのかと見ているとネズミの体は壁をすりぬけ(・・・・)、消えていった。


「幻惑魔法か」


 シュウもそのまま一歩踏み出すと、壁をすり抜け、目の前には地下に繋がる階段が現れた。
 良くできた偽装だ。普通の者なら行き止まりを見た時点で来た道を戻るだろう。


「チュ」


 壁を通り抜けたところで待っていたネズミは俺がついて来ているのを確認するとそのまま階段を下り始める。
 アイツは相変わらず地下みたいなジメジメした所が好きだな、と考えつつも黙ってその後に続いた。

 途中何度も分かれ道があり、隠し扉や罠などが設置されていた。案内役のおかげで罠に捕まる事は無かったが異常と言えるほどの警戒ぶりだ。更に三十分ほど歩くと木製の扉が姿を現した。
 ネズミも案内を終えたのか俺の肩に登り、扉を開けるのを待っている。


「アルゴ、居るか?」
「はーい、ちょっと待ってな」


 中に入るとゴソゴソと何かを整理するような音に混じって奥から声が聞こえてきた。
 しかし前と変わらず汚い部屋だ。部屋の至る所に書類が散乱し、机の上には飲みかけの飲み物や食べ物の残骸、ソファの上には脱ぎ散らかされた服と、清潔感と言う言葉とは無縁の部屋だ。
 更に地下にあるため、日光が入らず光源が薄暗い蝋燭と言うのも汚さに拍車をかけていた。


「ほいほい、お待ちどうさーん。って何だ、シュシュか」
「人呼んどいてそりゃねえだろ。それにシュシュじゃなくてシュウだ」


 現れたのは茶色の外套を頭からかぶった二十前後の女だった。僅かに覗く前髪は外套とは違う明るい茶色 、目は僅かに赤みがかっている。顔だちも悪くは無く、きちんとした服装をさせればそれなりに美人なのではと考えている。
 が、薄汚れた服装を目にしてしまうとはっきり断言できない。また両方の頬に付けられた髭のペイントを見るといっそうわからなくなる。


「シュシュはシュシュで充分だヨ。……よくやったぞ、スカラジーネ」


 そう言うと白い鼠は勢いよく肩から飛び降り、主に駆け寄ると気持ちよさそうに撫でられている。


「まあ、いいけどな。……これは土産だ」


 そう言って手に持っていた紙袋を投げて渡す。アルゴは器用に片手で受け止めると中を覗き込んで歓声を上げた。


「うお~~、熊屋の串焼きじゃねぇか!!いやー流石、太っ腹だぜシュシュは!!」


 変わり身の早さは相変わらず。
 あまりの態度の変わりように苦笑する。この身代わりの速さこそアルゴらしいと言えばアルゴらしいが。


「それでなんか用があったんだろ。普段なら拠点を変えるだけなら手紙よこして終わりのお前がわざわざ俺を呼びつけるんだからな」
「おふ、ひとばはしああげな」
「……とりあえず口の中のモン飲み込んでからしゃべれ」


 アルゴは口いっぱいにほおばっていた串焼きをのみこむと、口の周りについたタレを舐めとりながら言った。


「おう、ちょっとばかし面白いネタを掴んだんだヨ。今回の転居もそれが理由さ。あ、でもシュシュとは無関係だから安心していいヨ」
「……情報屋のお前が場所を変えなきゃなんないネタなのか?」


 情報屋『鼠のアルゴ』。
 この国の裏稼業に携わる者で彼女の名前を知らない者はいない。近所の噂話から大物政治家のスキャンダルまで幅広い情報とその信憑性は他の情報屋の追随を許さず、一方でどんな相手にも金を積まれれば情報を売ることからあちこちの組織にその身を狙われている。また、誰にでも情報を売る事とネズミを使って情報を集める事から皮肉を込めて『鼠のアルゴ』と呼ばれているのだが本人はその名を気に入っており、自分から髭のペイントを施すなどしている。
 アルゴは一定のペースで拠点を変えているが例外として危険な情報を掴んだ場合にも拠点を移すようにしている。しかしそれはあくまで例外であり、思い返してみてもアルゴが拠点を移すほどの情報など過去にもそう記憶にない。


「ああ、正直あたいも今回ばかりはちょっと警戒してる。普段と同じように鼠たちに情報を集めてもらってたら思っても見ないような情報が紛れててね。腰が抜けるかと思ったヨ」
「固有魔法か」
「そうさ、あたいの固有魔法サ」


 そう言ってアルゴは傍らの鼠の声(・・・)に耳を傾けていた。


 固有魔法。
 魔法は才能が多くの部分を占めているが中でも固有魔法は別格である。まず固有魔法は普通の魔法と違い、使えない者にはいくら頑張ろうとも発動できない。個人もしくは使い手の一族のみが扱う事が可能な魔法なのである。それ故に他の魔法と比べその希少価値や特殊性は抜きんでており、強力な攻撃属性の固有魔法の使い手は一人で一軍隊に匹敵するとも言われている。過去にもいくつか例があり、固有魔法の使い手の一族を敵に回したために国が内側から滅ぼされたなどと言う笑えない話もある。


「あたいの『ソロモン王の指輪』はネズミ限定の魔法だけど情報収集には困らない。けど今回ばかりは相手が悪くてネ。現場にいた奴にあたいの鼠を見つけられて、何匹かは逃げ切ったんだけど鼠を使う情報屋ってとこからあたいの素上に行きつかれたってわけサ」

 口調は軽かったがアルゴの瞳の奥には怒りが感じ取れた。
 俺は天涯孤独の身であるアルゴが自分の鼠をまるで家族のように大事に扱っている事は知っていたが、彼女がこういう事に関して同情してもらいたいタイプではない事も十分承知していたため何も言わなかった。


「しかし、ネズミ限定とはいえ動物と会話できるってのは便利だな。情報収集にこれ以上適したヤツはいないだろ」
「へへ。あたいの鼠たちは優秀だからネ」
「チュ!」


 固有魔法『ソロモン王の指輪』は動物と意思疎通を図れる魔法である。アルゴはネズミ限定でしか発動できないが、五感の共有や遠隔操作など細かい所までネズミを操れるらしい。しかし、アルゴに言わせてみると「あたいの魔法は操るんじゃなくて友達になる魔法サ」という事らしい。


「表の幻惑魔法とここまでの仕掛けもそれを聞いて合点がいった。」
「ま、用心ってことで一応ネ。しばらくは他の客とは接触を控えようと思ってサ」
「……俺を呼んでよかったのか?」
「シュシュなら誰が相手になっても問題ないサ」


 うしし、とイタズラが成功した子供のように笑うアルゴ。しかし、彼女の表情はすぐに引き締まったどこか緊張したものに変わった。


「で、真面目な話がある」
「……なんだ?」


 つられる様に顔から笑みを消す。


「……ソルダ帝国とルーナ聖王国で……勇者召喚が行われたらしい」
「なんだと!?」


 シュウの声に驚きが混じる。しかし、顔に浮かんでいるのは怒気だ。その怒りに反応するようにアルゴの鼠たちが一瞬で姿を隠す。アルゴ自身もこの反応は予想していたものの正面から相対するとなると体が強張るのを抑えられない。だが内心でしょうがないとも考えていた。出会ってから約三年、彼はこれを食い止めるために奔走していたのだから。


「……交易商人からの情報だヨ。召喚が行われたのはおよそ一か月前。どちらの国でもお披露目にパレードがあったらしい」
「だが、召喚用の魔法陣は国の中央にあるのを除いて全部壊したはずだぞ!! 残っている魔法陣も召喚儀式を行うためにはあと三年必要だったはずだ!!」
「……詳しいことはわからないけどね、召喚が行われたのはまず間違いないヨ。……何かしらの方法で準備にかかる期間を短縮したんだろうネ」
「ふざけやがって!!」


 怒りを我慢できず、何度も壁を殴りつける。何度も何度も。固い壁の感触も手に伝わる痛みも感情が上回っているせいか蚊に刺されるよりも感じない。
 自分の手の甲の皮が剥け、血が滴り始めるとようやく動きを止めた。


「……ハァ……ハァ……」
「……落ち着いた?」
「……ああ、すまない。見苦しいとこ見せちまった」
「気にしなくていいヨ。君がやって来た事を考えれば当然の反応だしネ」
「……ありがとう」


 慰めの言葉をかけるでもなく、励ますでもないアルゴに感謝する。下手な言葉は今の俺には逆効果だろう。


「けがの治療しようカ?」
「いや、大丈夫だ」


 手にむず痒いような感覚が走った後、白煙をあげてみるみる傷が塞がっていく。僅か数十秒でズル剥けになっていた手の皮は元の姿に戻った。
 何度見ても化け物じみた高速治癒だ。


「いつ見ても凄いネ」
「……俺からしてみるとあまり嬉しくはないがな」


 シュウの顔を見ると彼の赤い瞳(・・・)には寂しげな、悲しげな色があった。
 アルゴはシュウの過去に何があったのかを大まかにしか知らない。彼女の持つ情報はほとんどシュウの口から話されたものであり、彼女の情報網を駆使しても情報は手に入らなかった。
 しかし、傷が治りつつある手を見つめるシュウの瞳にはなんとも言えない悲しげな色があった。それを見るだけでも彼の過去に何かしらの悲しい過去があるのだと推測するには十分だった。


「……ありがとう、アルゴ。また何かわかったら教えてくれ」
「……うん。任せなヨ」


 シュウの弱弱しい様子にアルゴはかける言葉が見つからなかった。情報屋のアルゴと呼ばれ、国一の情報屋を自負していたとしても中身はただの一八歳の女だ。慰めの言葉など人を避ける生活を送っている彼女にとっては高すぎるハードルだった。


「……また来る」
「うん。……待ってるヨ」


 一人部屋を出ていく背中に声をかける。
 それがアルゴに出来る精一杯だった。

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