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R18装殻精霊ロストエンジェル 作者:山茶花つつじ

第八話 切ない気持ち

(1)

 五月も下旬ともなると、初夏の暑さを感じるようになってきた。
 放課後、掃除当番の想は、ゴミ箱を抱え学校の裏手の焼却炉に辿り着いた。焼却炉からは煙が出ているが、火の番をしている用務員の姿は見えなかった。この辺りは人気もない。
「誰もいないのかな…」
 想は焼却炉の扉を開け、ゴミ箱の中身を捨てた。ちり紙やら必要かもしれないプリントやらが、オレンジ色の炎に包まれていく。
 絶え間なく形を変え、全てを焼き尽くす炎を想はしばらく見つめた。
「昔はこういうの見るの、好きだったな…」
 ボーッとしながら、想はここしばらく意識しているのぞみやクレアのことについて、また考え始めた。
(女性恐怖症のはずなのに、なんで二人はすぐ近くに居ても平気なんだろう…?)
 彼女達以外の女の子が近寄って来るだけで、想は過剰に意識してしまう。話しかけられたら、緊張してうまく話せない。肌を触れられようものなら、頭が真っ白になってほとんど抵抗できなくなってしまう。もしその状態が長く続いたなら、次に自分が取る行動は…。その先は、考えたくなかった。
 しかしのぞみやクレアとは話してても恐怖は感じないし、ふざけ合って肌が触れても舞い上がることはない。もちろん、クレアが体を求めてくる場合は別だが。
 想は少しずつその原因を探っていた。
(のぞみはやっぱり幼馴染で耐性ができているから、かな…)
 一方、クレアに対しては普通の女の子とは異なる神秘的な魅力に惹かれると共に、自分と似たようなもの、シンパシーを感じていた。
(クレアが毎日ぼくを求めてくるのは、回復のため? それともぼくが好きだから? あるいは…単に快楽を求めて?)
 想は焼却炉の中の暗がりを照らし出す炎の中に、長い髪を振り乱しながら激しく揺れるクレアを映し見ていた。
 このところ、想がクレアと関係を持つのは週に一度あるかないかだった。回数を減らした分、彼女はより激しいセックスを求めるようになっていた。
 想はクレアが自分を求めてきても、できる限り応じないようにしていた。クレアの求めるままに応じて体だけの関係に溺れるのはよくないと感じていた。そして自分自身に彼女をどうにかしてしまいそうな破壊衝動が起こるのを恐れていた。それは今以上の激しさを求められた時にふと脳裏に過る。想は機会を減らしながらもクレアと自分が暴走しないよう、手探りでバランスを保っていた。
 また一方で、想はのぞみにクレアの存在がばれてから、クレアが自分を求めてくるときにしばしばのぞみの悲しげな顔が浮かんだ。想がクレアとの関係を拒むのも、それが無関係とは言えなかった。
(そういえばのぞみも好きだな。でも彼女はぼくのこと、どんくさいやつとか優柔不断で頼りないとか思ってるんだろうけど。彼女はちょっと怒りっぽいけど、とてもいいコだから幸せになって欲しいな。っていうか、ぼくがそうしてあげられればいいんだけど…)
 炎の中に、今度は満面の笑顔で自分に呼びかけるのぞみの顔が浮かんだ。
「……」
(クレアが好きで、のぞみも好きなんて、なんて欲張りなやつなんだろう、ぼくは)
「だめだよー、扉ずっと開けてちゃ」
 想の背後から、東北訛りをした初老の男性が声をかけてきた。学校の用務員だった。想は慌てて振り向いた。
「あ、すすいません!」
「ゴミはもう捨てたのか? すったらもう用ねえべさ」
「はい…失礼します」
 想は軽く一礼すると、ゴミ箱を抱えて足早に去った。

 校舎の角を曲がると、人の気配がした。
「想ーくん!」
 ゴミ箱の影から覗くと、クラスの女の子が立っていた。
「あ、堀下さん…」
「なかなか戻って来ないから心配で見に来ちゃった」
「え? でもほんの四、五分くらいだったと思うけど…」
「えへへー、うそ。ホントはゴミ箱抱えてるの見たから、ついて来ちゃった」
 女の子は想に近づいた。鎖骨の下まで伸びた、整えられたミディアムヘアはお嬢様風な上品さを出していたが、口元に浮かんだ笑みと想を見つめる瞳は、捕食者のそれであった。この学園の女子は進学校ということもあってか、裕福な家庭に育ったか、帰国子女や才女が多い。ミッション系ということもあり、全体的に女子の比率も高かった。だが中学からエスカレーター式に上がって来た生徒は学業に対して特に目的もなく、派手めな日々を送っている子も散見される。想の目の前にいる女の子も、そういった退屈な毎日に変化を求める派手めな生徒の一人だった。
「想くん、結衣とデートしたんだって?」
「え…? なんで知ってるの?」
「別に、隠すようなことじゃないじゃない」
「そ、そうだけど…」
「ずるいな、結衣だけなんて。…わたしもデート、して欲しいな」
 女の子はもう想の目の前にいた。想はゴミ箱を抱え彼女との距離を取ろうとしたが、彼女のプレッシャーに押され、想は横へと移動し始めた。
「そう…だね。機会があったら…」

「機会があったら、キスもしてくれるの?」

「な、何言ってるの…?」
「だって、したんでしょ? 結衣と」
(結衣さん、それも話したのか…)
 想の背中に冷たい汗が走った。もうクラスの女子には知れ渡っているに違いない。いっそのこと総スカンをくらっても構わないが、逆にタガが外れておかしなことにならないかが気がかりだった。
「あのコにはキスできて、わたしにはできないの?」
「えと、あの…」
 いつのまにか、想は校舎の壁際に追い込まれた。女の子は想が抱えたゴミ箱越しに、顔を寄せた。想は思わず首を背け、それを避けた。だが女の子は構わず、想の露わになった白い首筋を甘噛みするように唇を這わせた。
「あ…」
「んふふ…」
 女の子は深く息を吸いこみ、想の首筋の匂いを嗅いだ。
「ああ…。想くんってさ、なんかいいニオイするよね。甘い香り?みたいな。フェロモンかな? 想くんのニオイ嗅ぐと、えっちな気分になっちゃう…」
 女の子は舌を出してすぼめると、想の首筋をちろちろと舐めた。それは舌で想を愛撫するかのようだった。
「う…あ…」
 想のささやかな抵抗は、彼女を余計に燃え上がらせた。
「うふふ。ビクビクしちゃって。かわいい…。想くんのせーえき、虜になるおいしさってウワサ、知ってるんだよ…」
「な…んで…?」
 それは知られたくない想の過去の噂だった。しばらくその話は聞かれず、すっかり忘れ去られていたと思ったが、どういうわけかこの学園に入学してから、一部の女子の間で情報が伝わっているようだった。
 女の子は想の下半身に手を当てた。そして想の耳元で興奮気味に囁いた。
「想くん…すごい…ここ、おっきくなってるよ…」
 想の下半身は、スラックスに大きな盛り上がりを作っていた。女の子は手の全体を使ってそこをゆっくりと擦る。
「あ…だ、だめ…」
「だめじゃないでしょう? こんなに固くしてるのに。想くん…わたしがもっと気持ちよくさせてあげる…」
 想は心の奥底で渦巻いているものが急速に浮上して来るのを感じていた。
(だ、だめだ…!)
 想はその出現を必死に抑えた。

 突然、女の声で怒号が飛んだ。
「ちょっとあんた!」

 その声は、想が困った時に現れる救世主の声だった。想と女の子は声の主を見た。
「ここは学校よ? 何メスの性欲丸出しにしてんのよ」
「の、のぞみ!」
「あら、想くんの姑…」
 のぞみはピクッと片眉を上げた。
 女の子はフッとため息をつくと、想から離れた。
「ざーんねん。いいところだったのに…。ま、チャンスはまだまだあるわよね。…じゃね、想くん。姑さんに襲われないようにね」
「なっ…!!」
 女の子はいたずらっぽくウィンクすると、その場を後にした。睨みつけるのぞみとすれ違う際に、ちらりとだけのぞみを見た。

「ふう…」
 想はゴミ箱を抱えたまま溜息をついた。
「のぞみ、助かっ…」

「想ぉ!」

 のぞみは怒りの形相でずんずんと想に詰め寄った。
「あんたいい加減にしなさいよ? ちゃんとしなさいっていつも言ってるじゃない!」
「ご、ごめん…」
 のぞみは怖い顔をしていた。しかしその顔は、少し困った顔になった。
「わたしに謝る必要なんかないの。想の問題なのよ?」
「そ、そうだね…」
 想はのぞみの顔を見ることができず、ゴミ箱の底をただ見ていた。
「嫌なら嫌って、はっきり言わないと」
「うん…」
「だいたいあんたは…」

「ふーん、相変わらず女の子にモテモテなんだ」
 色気を伴った女性の声がのぞみの言葉を遮った。

 二人が視線を向けると、そこにはすらりとしたスタイルの女子生徒が立っていた。明るいブラウンのカラーがかかった髪は鎖骨ほどのミドルヘアで、小さな顔に切れ長の目とすっきりした小鼻が印象的で、一言で言えばモデル風の美人といった感じだが、少し寂しげというか、整い過ぎて親しみやすさがないというか、冷たい感じがある。
「さ、聖美さとみ…?」
 想は一言そういうと、ヘビに睨まれたカエルのように緊張して固まった。
「ふふっ。…もう、そんな警戒しないでよ。何もしないわ」
 女子生徒はゆっくりと二人に近づいた。体全体の肉付きはそれほどでもないが、細い腰に対し張り出したヒップは扇情的で、腰の入った歩き方には既に大人の色香が漂っている。さしずめ男を誘う魔性の女といった所だった。
「……」
 想は警戒するようにゴミ箱を抱く手に力を込めた。
「さっちゃん、どうしたの?」
 のぞみは少し驚いた顔をしたが、どうやら彼女を知っているようにカジュアルに話しかけた。
「のぞみ。久しぶりね」
「うん、さっちゃんも」
「まだ、さっちゃんって呼んでくれるんだ…」
 女子生徒は少しはにかむように微笑んだ。それを見て、のぞみはにっこりと笑った。
「何言ってるの。さっちゃんは、ずっとさっちゃんじゃない」
「……。そうね…」
 女子生徒、聖美はのぞみ達から一メートルほどの所で止まった。近過ぎも遠過ぎもしない微妙な距離だった。片方の脚に体重を寄せたその立ち姿も、どこかモデルのような魅力がある。
「意外だったわ。あなた達がここに入学してくるなんて」
「だって、受験一回休めるんだもん」
 のぞみはシレっと言ってのけた。
 想とのぞみは中等部からエスカレーター式に高等部に上がって来たクチだった。尤ものぞみの家庭は裕福というわけではないし、取り立てて成績が良いというわけでもないのだが。
「クスッ。相変わらずお気楽ね」
「えへへ」
 のぞみは無邪気に笑った。
 聖美は想を見た。
「想は、わたしがいるって考えなかったの?」
「…忘れてた」
 想は目の前にいる二つ上の姉、聖美がこの学校に入学していたことは知っていた。だが両親が離婚して彼女が母と共に去ってからは姿を見ることもなくなり、彼女は別の学校へ移ったものだと思っていた。想は進学のことも将来のことも殆ど何も考えていなかった。ただ、のぞみがそのまま上がると聞いて、彼女といれば安心だと思って安易に一緒に高等部に上がったのだった。
「…何の用?」
「今度の日曜、家に遊びに行くわ」
 想はにわかに怪訝な面持になった。
「な、なんで…?」
「だって、あそこの持ち主はわたしのパパでもあるのよ?」
 想は瞬間的にいろいろなことを考えた。そして、クレアのことを思い出していた。
「……。でも、日曜は用事あるから」
 聖美は少し目を細めたが、ほとんど表情を変えなかった。
「あらそう。じゃ、また日を改めるわ。空いてる日を連絡してくれる? メアド変わってないから」
「…そのうち」
 想のぼそぼそとした受け答えに、聖美はフッと笑った。
「じゃね」
 聖美はのぞみをちらりと見た後、スッと振り向いて去っていった。後ろ姿も扇情的だった。

 のぞみは聖美の後ろ姿を眺めていた。
(そっか、さっちゃん、お母さんに付いていったけど学校はそのままだったんだ…)
「さっちゃん、相変わらず綺麗だね。なんか凄く大人っぽくなったし。前からカッコ良かったけど」
「どうでもいいよ…」
 想の返事はふてくされたような言い方だった。それが気になったのぞみは想の方へ振り返った。
「想…どうしたの?」
「別に」
(元姉弟ってことで、いろいろあるのかな? さっちゃんのこと、聖美って他人みたいに名前で呼んだし)
 のぞみは軽く息を吐いた。
「…ま、いいけどね。それよりあんた、いつまでゴミ箱抱えてるの?」
「あ! そうだった。掃除…」
「戻ろっか」
「うん」
 二人は歩き始めた。

(いつからだっけ、さっちゃんと会わなくなったのって…)
 歩きながら、のぞみは昔を思い出していた。

 のぞみが小さな頃、向かいに住んでいた聖美とは遊び友達だった。その頃の聖美は明るい性格で面倒見も良く、のぞみは聖美にくっついて遊んでいた。のぞみにとって利発で美しい聖美は憧れでもあった。
 だが聖美が小学校の高学年になると、彼女は急に大人びた。学校の友達と遊ぶようになった聖美は、のぞみとはあまり会わなくなった。
 ちょうどその頃、養子となった想が朝宮の家へやってきた。同い年ということもあり、想とのぞみはすぐに仲良くなった。えっちな遊びをしたかどうかはさだかではないが、のぞみ達が遊んでいると、時折り聖美は二人の間に割って入ってきた。聖美は何かと理由をつけて、想を家に連れて帰った。
(あの頃からさっちゃん、想を独占しようとしてたっけ…)

 ボーッとしているのぞみの横顔に、想が話しかけた。
「どうしたの、のぞみ?」
「えっ? 別に…。ちょっと、昔を思い出してただけ」
 のぞみは想の顔を見ながら考えた。
(あの頃からだっけ、想がだんだん暗くなっていったのって)

「昔かあ。…そういえば、昔っからぼく、のぞみに守ってもらってたよね」
「まあそうね。…でも最初は想がわたしを守ってくれてたんだよ?」
 想は驚いたようにのぞみの顔を見た。
「えっ? …そうだっけ?」
「そうよ」

..*

 のぞみは十歳のころから胸が膨らみ出した。すぐにブラジャーが必要になり、卒業する頃にはBカップでもきついほど豊かになっていた。幼な顔にアンバランスに大きな胸は非常に目立ち、男子達からは「おっぱい星人」「ホルスタイン」などとよくからかわれた。実の所、男子はのぞみのふくよかな胸が気になってしょうがなかったのだ。顔もまんざらではない彼女は密かに人気があったが、勝気な性格もあり、男子とはいつも対立していた。エスカレートするセクハラまがいのいたずらに、彼女は何度となく切れた。
 そんなやり取りが数ヶ月続いたある日、ちょっとした事件が起こった。クラスは男子と女子に分かれ、大喧嘩となった。
 収集のつかない状況で、想はのぞみを庇った。彼自身がのぞみを庇ったのか、女子が人気のある想を味方に引き入れたのかは定かではない。だが、いずれにしろのぞみはその時の想の勇気に心を打たれた。そして、彼女のもやもやしていた想への想いは、確固たる恋愛感情へと変わったのだった。それは迂闊に口に出して「好き」とは言えない、とても繊細な感情だった。

 しかし彼女が頼りにしたかった想は、中学に上がる頃にはすっかりのぞみを頼るようになっていた。孤立していた想はしばしば、暗い顔でのぞみの元へ逃げ込んだ。
 想はのぞみの家で、遅くまでゲームをしたりマンガを読んでいた。のぞみにとって想と一緒にいられることは嬉しかったが、彼女は想を気遣った。
「想、もう遅いよ。ママ心配するんじゃないの?」
「家には…帰りたくない」
 想の顔が曇った。
「なんで?」
「なんでってそれは…」
 のぞみは想の微妙な表情を読み取った。
「のぞみと一緒に…いたいから」
 想は照れ笑いしながらそう言ったが、のぞみはその言葉は本当ではないと悟った。だが、彼女は頼られていることが素直に嬉しかった。そして、愛しさで胸が苦しくなった。
「…ばか」
 のぞみは想の顔を引き寄せ、抱きしめた。想をぎゅっと抱きしめると、いつも切なさで締めつけられていた心が想で満たされ、のぞみは心地良くなった。それで、彼女は想を抱く手にさらに力を込めた。
 中学生にしては迫力のある胸に包まれた想は、顔を赤くしていた。
「のぞみ…苦しいよ」
「あっ、ご、ごめん…」
 のぞみは慌ててパッと離れた。想に背を向け、自分の胸を手で覆った。
 しばらくして、のぞみは想に尋ねた。
「想は…胸の大き過ぎる子、嫌い?」
「ううん。…っていうか、のぞみがどんなでも好きだよ」
「…えっ?」
 のぞみは思わず振り返った。頭に血が上り、顔がかあっと火照るのを感じた。言った想も、自分の言葉に思わず顔を赤くした。
「えっ? あ、いや、そーいうんじゃなくて! …普通に好きってこと」
「……。そっか…」
 のぞみは想の方へ向き直った。そして想を見つめた。
「でも、なんか嬉しいな。あたしも想のこと、普通に好き」
 それを聞いた想は微笑んだ。
「ありがと」
 のぞみも微笑みを返したが、少し寂しげな気持ちが混じっていた。
(うそ。普通じゃないよ…この胸の中、全部想への想いで詰まってるんだよ?)
 のぞみは胸の先端が敏感になるのを感じた。いつの頃からか、彼女は想を思いながら、毎日のように胸を弄っていたのだった。

「ねえ、想。人に言えないことって誰にでもあるよ。あたしだって、ある。あんたにも言えないことが…」
 想はきょとんとしてのぞみの顔を見た。
(あ…想が見てる…)
 彼女の胸の先端が、またぴくんとした。だが、こみ上げる想いを彼女は抑えた。
「だから、ムリに言わなくてもいいよ。でも、もしそれが誰にも言えなくてすごく苦しかったら、あたしに言って。一緒に苦しめば、二倍まで耐えられるでしょ?」
 それは屁理屈だったが、想は頷いてにこやかに微笑んだ。
「うん。わかった。のぞみにも言えないことあるんだ。すごく苦しかったら、ぼくに言って?」
 のぞみも頷いた。
「うん…そうする」
(うそ。想に言ったら、それ告白になっちゃうもん…。すごく苦しいけど、今は言えないよ…)
 想は朗らかになった。
「ぼく、頑張るよ。でも、時々のぞみの所に来ていい?」
「もちろん! いつでもいいよ」
 二人はいつしか声を上げて笑っていた。

(うそ。ずっとそばにいて…)

..*

 高校生ののぞみは、家に帰ってからも昔を思い出していた。周りの女の子達がいくら想に近づこうとも、想が一番に頼るのは自分だった。それが、彼女にとっては何より誇りだった。
 だがその栄誉を守るため、彼女は想の胸に飛び込むことができなくなっていた。

 のぞみは自室で机にうつ伏せになっていた。
(もし告白して、想がわたしをなんとも思ってなかったら…)
 彼女は、自分が想の取り巻きの一人になってしまうことをひどく恐れた。

 彼女の視線の先に、白い額縁フレームの写真立てがあった。その中の少し色褪せた写真には、小学生ののぞみと想が、頬をくっつけて笑っていた。彼女はその写真が何よりの宝だった。友達と撮った写真はデジタルのフォトフレームに入れていたが、彼とのお気に入りの写真だけは、プリントしたアナログのまま写真立てに入れていつでも見れるようにしていた。幸せそうな二人の笑顔を見ると、どんなに辛いことがあっても穏やかな気分になれた。その頃の二人の距離は、ひとつに溶け合うほど近かった気がする。だが今は、近過ぎて距離感を掴むことができなくなっていた。幼馴染という条件がはずされたら、一体二人の立ち位置はどこにあるのだろうか。
 のぞみは写真の中の想に話しかけた。
「想…あんたはわたしを、どう思ってるの?」
 目をゆっくりと閉じると、子供のような想がのぞみの胸に飛び込んできた。
『のぞみ…!』
 想は甘える様な声を出しながら、彼女の胸に顔を擦りつけて来る。
(ちょ、ちょっと想…どうしたのよ?)
『こうやってると、とっても落ちつくんだ…』
 想はのぞみの胸の谷間に、深く顔をうずめようとする。
(あ、ちょっとこら…!)
 胸元がくすぐったいのぞみは、小さな想を抱きかかえた。

「ん…」
 うつ伏せになったのぞみは、胸を机に押し付けていた。そしてゆっくりと上半身を揺らした。机の縁で強く揉まれるような感覚が心地良かった。

 小さな想は、のぞみの大きな胸の中で甘えた。のぞみ自身、彼を抱き満ち足りた気分だった。
『のぞみの胸、いい匂いだね…』
 想はおもむろに制服姿ののぞみのブラウスの第二ボタンをはずした。
(そ、想…?)
『なんだか落ちつくんだ。もっといっぱい、のぞみの匂い嗅ぎたいな…』
 想は顔をのぞみの胸に押しつけながら、第一、第四ボタン、さらにその下をはずしていった。そして、残ってちぎれそうになった第三ボタンに手をかけた。
『いいよ…ね?』
 その言葉と同時に、のぞみの前がはだけた。少々ゆとりのないブラウスに収まっていた彼女の奔放な胸は解き放たれ、はずみながら想の顔を包み込んだ。
 机の前ののぞみのパジャマの前もはだけていた。
『のぞみのおっぱい見たいよ…ブラ、はずして欲しいな』
 想の息がのぞみの胸にかかってくる。
(うん、いいよ…)
 のぞみはブラのホックをはずした。想は両手をブラの外側に当て、持ち上げるようにしながらゆっくりと手を回転させた。
『凄いな…大きくて…重いな…』
 机の前ののぞみの手は、想像の中の想の動きに同調していた。
 想はじらすようにのぞみの胸を愛撫しながら、スムーズにブラの下に手を滑り込ませた。
(あ…)
 想の汗ばんだ暖かい手が、のぞみの胸を包んだ。いや、のぞみの胸は小さな想の手には余っていた。その手が徐々に上に持ち上げられると、のぞみの乳房が露わになった。先端はすでにいやらしく勃起していた。
 想は熱い眼差しでその先端を観察した。
『熱くて、マシュマロみたいに柔らかい…。それにのぞみの、ピンクのここ…えっちなおっぱいだね…』
(ばか…。でも…うん。想に触られたくてえっちになってるの)
『嬉しいな…』
 想はのぞみの固くなった乳首を指でくにくにといたずらし始めた。
(あん! っくあ…! 気持ち、いい…)
「ん…はぁっ…あ…」
 じらされたのぞみは、その刺激に敏感に反応した。
 いつの間にか、想は高校生の想と同じ姿になっていた。
『のぞみのおっぱい、ちゅっちゅしたいな…』
(ええっ? もう、やだあ…)
 想の唇が、徐々にもう片方の乳首に近づいていく。
(あ…)
 のぞみはその行方を目で追った。想は弄られて敏感になった乳首に二、三回軽くキスをした後、舌を出して、乳輪の周囲を円を描くように舐め回していく。その円運動はらせんを描きながら、徐々に中央部に近づいていった。
「あ…、は、あ…」
 想の愛撫の動きに合わせ、机からこぼれたのぞみの胸は、自分自身で愛撫を加えられていた。
 のぞみの二つの乳首は、片方を想の指でいたずらされながら、もう片方を想の舌でいたずらされた。
 やがて想は乳輪ごと乳首を頬張ると、舌で乳首をしごきながら丁寧に口で愛撫しはじめた。
(はあん! …だめ…そんな、強くしちゃ…)
 のぞみの呼吸は荒くなっていた。いつしか彼女は抑え気味に声を出し悶えた。二階には彼女一人しかいない。両親は居間でテレビを見ている。少しばかり声を出しても、聞こえることはなかった。
『のぞみ…ミルク出るかな?』
 想はのぞみの乳首を上唇と舌でしごきながら、吸い始めた。
「あん!」
 痺れるような強い快感と恥ずかしさで、のぞみは上ずった声を上げた。
(ああん…だめええ! そんなにしたら、わたし…変になっちゃうよぉ)
 想はわざとちゅっ、ちゅっといういやらしい音を立てながら、彼女の乳房を吸っていく。空いた手で、その乳房を揉みしだいた。
『あー…のぞみ…ミルク出てるよ』
(うそ…?)
『ホントだよ…ほら…おいしいよ…』
 想は口の中の白い液体をのぞみに見せると、それをすすり飲んだ。
(やあん…恥ずかしい…)
『恥ずかしくなんかないよ…素晴らしいじゃないか…』
 想は時々のぞみの乳首を舌で舐め回しながら、なおも吸い続けた。想に言われたからか、胸の先端から凄い勢いで母乳が出ているような気がしてしまう。
(ああ想が…想がわたしのミルクを…!)
 快感と切なさで、彼女の呼吸は早くなり、乳首を弄る指も荒々しくなっていた。
(想…わたしもう…だめ…ひ…いっ…イッちゃう…! イッちゃうよお!)
「ひああっ…!」
 のぞみは胸に蓄積された快感が爆発するのを感じ、びくびくと体を震わせた。
「はぁっ、はぁっ…」
 それを見届けると、想はのぞみの乳首を掃除するように丁寧に舐め上げた。
『のぞみはほんとにえっちだな…おっぱいだけでイッちゃうんだから』
 絶頂を迎えた彼女の夜のおかずは、静かにフェードアウトしていった。

 のぞみは机にうなだれ、脱力して快感の余韻に浸っていた。弄りまくった乳首は、乳房を動かしただけでも感じ出すほど敏感になっていた。
「だって…気持ちいいんだもん…」
 いつものことではあるが、一人演技のせつなさに、彼女は押し潰されそうになった。のぞみは再び写真を見た。
「想…わたし…もうどうにかなっちゃうよ…」
(いつからだろ、わたしがこんなになっちゃったのって)
 のぞみは自慰行為に罪悪感を感じていた。
(そうか…あの頃…)

 のぞみは小さな頃から想が大好きだった。自営業の両親は日中は家にいなかったため、寂しさを紛らわすためだけだったかも知れないが、想を独占したいと思っていた。小学四年生になる頃には、それは明確な恋愛感情へと変わっていた。少し早い生理が始まっていたたのぞみは、その恋を推進剤として成長を続けていた。
 だが聖美がのぞみから想をしばしば連れ去った。想の姉という大きな存在に、のぞみは抗うことができなかった。孤独と切なさと嫉妬が入り混じったものが、いつしかのぞみを自慰行為に走らせた。最初のきっかけは覚えていないが、とにかく気持ち良かった。想像の中では、彼女は想を独占できた。想と繋がることで愛を感じ、想に必要とされていると感じることができた。もちろん実際には想と繋がることはなかったが、次第に想に頼られるようになることで、その帳尻を合わせていたのだった。
 だが理想の形で実現されないのぞみの願望は、彼女に自慰行為を続けさせるという代償を求めた。のぞみはその快感の虜になりつつ、自らを穢れた存在であるとして想との一線を越えられないジレンマに陥っていた。そしてそのことが彼女をさらに自慰行為に走らせるという連鎖を引き起こしていた。

(2)

 クレアの買い物に付き合うという約束の日曜が訪れた。
 ベッドから起き上がったのぞみは、しばしボーッとしていた。クレアの顔を思い出すと、いまいち気が乗らなかった。だが、できる限りのおめかしをした。
 想は時間通り、朝十時にのぞみの家にやってきた。
「おはよ、のぞみ!」
「おはよ、想…クレアも」
 彼女のあいさつは、想の後ろにいるクレアを認めた途端にトーンダウンしていった。
 一行は歩き始めた。
「いい天気だね!」
「うん…」
(クレアがいなければデートなのに…)
 ふと横を見ると、クレアは想の腕にしがみついていた。
(ムカッ! わたしだってしたことないのに…!)
 のぞみは想に甘えたい気持ちを必死に抑えた。
「急ぎましょ!」
 のぞみは鼻息を荒くして、ずんずんと先を歩き始めた。

 駅前のショッピングモールは、ことアパレル関連のテナントについては過剰とも思えるほど豊富に取り揃えられていた。だが今日はとにかく日常的に身に付けるもので十分だった。のぞみは自分がクレアを計ったサイズでは不安だったので、デパートの下着売り場で店員にサイズを計りなおしてもらい、サイズに合うものを指南してもらった。今はBカップだが、すぐに大きくなるからCカップで大丈夫だろうということだった。のぞみの計測値はほぼ合っていた。ちゃんとした数値をもらったので、以後の購入は楽になった。
 ついでに計ったもらった自分のバストは、ついにHカップに突入していた。しかしのぞみは納得こそすれ、あまり嬉しくはなかった。
 さらにアパレルコーナーをいくつか回った。
「これなんかいいかな…」
 予算がそれほどあるわけではないことと、カジュアルなものでいいということだったので、少ない衣装で組み合わせて着られるよう、のぞみは丈の異なるワンピースを数点、ブラウス、カーディガン、カットソー、レギンスなど思いついたものを手に取った。両手いっぱいになった想は不安になった。
「の、のぞみ…こんなにたくさん、お金足りるかな?」
「大丈夫よ。そんなに高いの選んでないから。はい、これも!」
「わっ! …とと」
 のぞみはクレアを見た。
「ちょっと試着してみよっか?」

 試着室には一度にたくさんの服を持ってはいるわけには行かなかったので、のぞみはペチワンピースとミニワンピースを渡した。
「重ねて着ると効果的よ」
 クレアは試着室に籠った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……?」
 しかしいつまでたってもクレアは出て来なかった。
「クレア、どう? 開けるわよ」
 のぞみは中を覗いた。クレアは渡された服を抱えたきり、茫然と立っていた。
「ノゾミ…これ、わからない」
「わからないなら早く言ってよっ!」
 のぞみはするどくツッコんだ。二人で試着室に籠った。
「これ脱いで。それも! …え、ノーブラ? …そうだ」
 のぞみはカーテンから顔を出した。
「想、そっちの白い袋、取って」
「あ、うん…」
 紙袋を受け取ったのぞみは再び中でゴソゴソとやり始めた。
「あー違う違う。ちゃんとこうやってカップの中に胸寄せて…」
「やん! ノゾミ、やらしい…」
「よ、欲情すんなぁ~!」
 しばらく二人の苦闘が続いた。
「…よしと」
 のぞみは外に出た。
「さぁーて、お立会いー」
 のぞみがカーテンを開けると、そこには少しはにかんだ花の妖精のような少女が佇んでいた。
「ほわー…」
 想は思わず見とれた。
「凄く可愛い方ですね。モデルか何かされてるんですか?」
 近くにいた店員も立ち止り、想に話しかけた。想はクレアを見たまま、ゆっくりと首を振った。
 クレアはしばらく激変した自分の姿に驚いていたが、やがて想の視線に気づくともじもじし始めた。
「ソ、ソウ…はずかしい」
「恥ずかしいことなんかないよ、クレア。とっても可愛いよ」
「とってもかわいい…? ソウ、わたし好きになったか?」
 想はその問いには答えなかったが、にっこりと笑った。のぞみの前で言葉に出すことはできなかった。
「フッ、どうよ。わたしの見立てに狂いはなかったでしょ?」
「うん…」
 クレアを見つめる想の眼差しに、のぞみは軽く嫉妬した。
(チッ、ついライバルに塩を送ってしまった…。そう、ライバル。クレア、あなたはライバルなのよッ!)
 のぞみはクレアを見て、瞳の中に炎を燃やした。

..*

 結局、クレアはその服を着たまま帰ることになった。

「あれ? 想くん…」
 荷物をいっぱい抱えた想を、学園の女子生徒が見つけた。想の両隣りには二人の女の子が歩いていた。一人は想の姑であることは知っていたが、もう一人の金髪の女の子は見たことがなかった。
「すっごいカワイイ…。誰?」
 女の子はすかさずケータイで写真を撮った。
 翌日、その噂は「想の嫁が現れた、姑も公認」として一部の女の子の間に瞬く間に知れ渡った。

「聞いたわよ、想くん。嫁が現れたってねぇ?」
 オカ研の部室で、相良ひろ子は想を見るなりねっとりと絡んだ。
「ええ、聞きましたわ。とてもかわいらしいコ、だと」
 神崎奈々はなぜか嫉妬交じりのトーンで想ににじり寄った。
「あああの、彼女はその…」
「会長、あのコは想のお父さんの知り合いの娘さんなんです」
 見かねたのぞみがシレッと出まかせを言った。
「ほお。して、嫁なの?」
「嫁、ですの?」
 ひろ子と奈々はさらに想を追求した。
「ちち、違います!」
「んー。そのうろたえぶり…怪しいなぁ」
 横からのぞみが割って入った。
「絶対違いますよ、会長。このわたしが言うんですから!」
 ひろ子はしばしのぞみの目を見た。のぞみの瞳には「想の嫁はわたし」と書いてあった。
 ひろ子は深く頷いた。
「ま、いいわ。そのうち紹介してねー」
「は、はあ…」
 ひろ子の笑みの奥深くにある腹黒いものに、想は一抹の不安を感じた。
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