よく、研究者の間でも「重箱の隅をつつく」ということが話になります。自身の研究は、なんらかの王道的なブンヤ(たとえば、生態学では行動生態学とか、進化学では種分化研究とか、数学でいえば…代数・幾何・解析といった道筋だろうか?)における位置づけとしてはマイナーだったり、あるいは誰かが提唱した有力な仮説を検証するだけのことだとか、誰かの理論に完全に依拠しているだけだ、とか。
そういう生き方も全然アリだなあとは思うわけですが、それを以て自分の研究を卑下することはあってはならないように思います。「低次元の研究だ」という卑下すら耳にしたことがあります。さて、それは論理的に…あるいは数学的にどうなのか、今一度、検証してみましょう。具体的には、次元が高いと、必然的に隅をつつくことになる、つまり隅をつつかないというのは次元が低いからだという結論を、モデルで導いてみましょう。
もちろん、「研究の枠組みという存在」とか「研究というものの位置づけ」だとか、そういった抽象的な(あるいは、哲学的ともいうべき)形而上学的なモデルではなく、数学のモデルを用います。
半径\( r \)の\( n \)次元の球をイメージします。\( n=2\)なら円で、その体積は\( \pi r^{2} \)、\( n=3\)なら球で、その体積は\( \frac{4}{3}\pi r^{3} \)です。そこで、一般の\( n \)では体積\( V_{n}\)がいくらになるのかを考えてみると、それは
\begin{align*} V_n=\frac{\pi ^{\frac{n}{2}}}{\Gamma (\frac{n}{2}+1)}r^{n} \end{align*}
となります。*1 ただし、\( \Gamma (x)\)はガンマ関数で、
\begin{align*} \Gamma(x):=\int_{0}^{\infty}t^{x-1}e^{-t}\mathrm{d}t \end{align*} です。\( x \to \infty\)の極限では\( \Gamma (x) \)は\( +\infty \)に発散します。
次に、重箱として、いっぺんの長さ\( 2r \)の立方体をイメージしましょう。これで、先ほどの半径\( r \)の球はすっぽりおさまるハズです。もちろん、その容積\( R_{n}\)は\( (2r)^{n}\)です。すっぽりおさまるのですが、余白(球がカバーできていないぶぶん)があるはずです(2次元を想像するとわかりやすいだろう)。そこを「隅」と呼ぶことにしましょう。
ということで、立方体の中で球がどれだけ占めるか、その比率を\(\rho _n \)とすると、 \begin{align*} \rho_n = \frac{V_n}{R_n} = (\frac{\pi}{4})^{\frac{n}{2}}\frac{1}{\Gamma(\frac{n}{2}+1)} \end{align*}
となり、\( n \to \infty \)の極限をとると、\( \rho _n\)はゼロに収束するというわけです。
これはつまり、次元\( n \)が高くなるに連れ、隅(立方体から球体を取り除いた部分)の占める大きさがその実ほとんどであるということ、つまり\( n\)次元の重箱(重なってないけど)の中身を箸でつついたら、確率1で(ほとんど確実に almost surely)隅っこをつつくことになるということです*2。
よって、対偶命題(つまりもとの命題と同値な命題)を考えると、隅っこがつつかれない重箱の次元は低いということになります。次元が高いということは質が高いということや、テーマの次元の高さが自身の研究の次元が高いということ、を意味するわけでは必ずしもありませんが。胸をはって、僕は重箱の隅をつつきます。
そしてこれはジョークです。アイデアは、Takesure Shinjiさんのツイートより。
*1:導出は少しテクニカルですが、非常に有名です。たとえば、 http://homepage2.nifty.com/eman/statistic/sphere_vol.html をご参照ください。
*2:そういった試行に関する確率モデルが構築できるかは微妙なところだ。なのでここでは、思考実験だという意図で例を挙げたにすぎない。