大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く。



高成田 享さんの記事
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2014年09月11日
23:26
朝日誤報の原因は現場の思い込みではない

閲覧件数:157
朝日新聞OBとしては、なんとも傷ましいという思いで、朝日新聞の会見を「ニコニコ動画」で見ていました。原発をめぐる「吉田調書」について、吉田所長の待機命令に反して職員の9割が逃げ出したという事実はなかったとして、朝日は記事を取り消しました。

編集担当の説明では、当初は記事の内容に自信を持っていたが、他のメディアが吉田調書を入手して、朝日の記事を批判するようになって、あらためて検証したところ、待機の命令はあったものの、命令違反で撤退という事実はなかったことがとわかった、とのことでした。

しかし、私の印象は違います。その記事が出たときに、非公開だった事故調の吉田調書を入手したことは大スクープだと思いましたが、「命令違反で撤退」という見出しはずいぶん無理をしたなと思ったからです。

「本当は私、2F(福島第二)に行けと言っていないんですよ。福島第一の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに着いた後、連絡をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」

吉田調書にあるこの発言を根拠に、「命令違反」と断じているわけですが、これが根拠なら、せいぜい「所長の意図に反して退避」ぐらいだと思いました。

ただ、非公開の文書を入手した場合に、記者はそれを大ニュースだとするために、せいいっぱい盛り上げるのが習性ですから、無理をしたなと思ったわけです。しかし、吉田証言は、このあと、結果的には第2原発への退避の判断は正しかったとか、伝達ゲームで混乱などとも証言しているのですから、「命令違反で撤退」は事実誤認ということでしょう。

問題は、ほかの新聞の指摘を待つまでもなく、事前の段階で、編集の幹部が吉田調書などで、「命令違反」の根拠を確認していれば、現場の「暴走」を防げたと思うのです。社長や編集担当は「記者の思い込み」を強調していましたが、入手から掲載まで比較的時間があったと思われることを考えれば、現場の「思い込み」よりも、編集幹部のチェックの怠慢かチェック能力の欠如が最大の原因だと思います。

麻雀を例に使うのは古い世代の典型ですが、吉田調書を入手した段階で、満貫は確定しているのに、「命令違反」で盛り上げてハネ満や倍満を狙ったところが「大チョンボ」を招いたわけです。実際に、編集幹部と現場の取材チームとの間で、どんなやり取りがあったのかわかりませんが、吉田調書から世界を驚かす新事実を、という期待が編集幹部からあり、それに応えたいという現場チームの思いが誤報につながったのだと思います。

この記事をもとに、「東電いじめの朝日」ではなく、「日本人を貶める朝日」というコンセプトを生み出したジャーナリズムの巧みさには敬服しますが、朝日のなかに、東電たたきならフライングも許される、という甘えはあったと思います。

私も記者時代、独自に入手した文書や情報を1面トップに盛り上げるため、衣をまぶしたり、トッピングをかけたりしたことは、何度もありますから、現場の記者を責める資格はありません。ただ、無理して盛り上げた記事を出すと、最終的な紙面になる過程で、あちこちから「盛り上げすぎ」とケチを付けられ、おとなしい記事になることが多かった記憶があります。

ともあれ、吉田調書はそれだけで大きな影響力のあるニュースですから、繰り返しますが、編集幹部のチェック能力がなかったことが最大の問題だと思います。現場を委縮させることなく、「暴走」や「思い込み」を防ぐチェック体制をどうやって構築するか、「新体制」には、まずチェック能力のある人間をどうしたら起用できるのか、そういう問題意識で考えてほしいと思います。

ところで、会見では、池上問題についても質問があり、「自由に発言できる言論空間をつくるのが朝日」だと、社長は胸を張っていましたが、本当でしょうか。

池上問題について、掲載拒否については、どこかで社長にも報告が行っているはずで、週刊誌に書かれる段階で初めて社長が知ったとは考えにくいし、自由な言論空間が社長のモットーなら、最終的に掲載を決めた段階で、少なくとも編集担当らの責任を厳しく問うべきでした。今回の会見でも、池上問題についての責任は出てきませんでしたが、途中経過にせよ、池上氏に掲載拒否を伝える判断をした責任は編集担当にあるわけで、解任の理由に付け加えるというか、吉田調書と同等の責任を編集担当に負わせるべきだったと思います。

「慰安婦問題」について、「吉田証言」(上記の「吉田調書」とは別人)にかかわる記事を朝日が取り消した段階で「おわび」が必要だという批判に応じる形で、社長が文字通り「おわび」を述べました。

私は「おわび」よりも、なぜ早く取り消さなかったのかの検証のほうが大事だと思いますが、おわびもないよりはましかもしれません。「吉田証言」が虚偽だとしても、それで「慰安婦問題」が消えてなくなるわけでもないし、河野談話も含め、これまでの政府の対応は、吉田証言が根拠になっているわけではありませんから、社長が慰安婦問題で退くことはしないと、宣言したことは、よかったと思います。

吉田証言の虚偽を朝日が認めたことで、慰安婦問題そのものが虚構だったかのような論議があるようですが、国際的にもそれは通用しないと思います。朝日が吉田証言を取り上げなければ、慰安婦問題は政治問題にならなかったかどうかは仮定の問題ですが、世界的に女性の人権問題が大きく取り上げられるようになった時代背景のなかでは、少なくとも社会問題として慰安婦問題が取り上げられたと思います。

慰安婦をめぐるNHKの会長発言が問題になったのは、「強制連行」という吉田証言が事実として前提になっていたからではありません。この問題についても、朝日は第三者委員会を立ち上げるそうですが、ぜひ、世界に通用する「慰安婦問題」の観点から論議してもらういたいと思います。
コメント
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2014年09月13日
20:58
新聞の特ダネ(+再臨界の調査を)
記者が特ダネを狙う気持ちは分かるが,読者は確実性を希望しているのでないか。
読者から見れば、一日情報が遅れたからといって、大きな損害を受けるという場合は、皆無ではないが、多くはないのでないか。むしろ誤報の方が問題だろう。勿論、危険を知らせる情報は別であろう。
確実でかつ、できれば、最初から、解析とか周辺状況とかの参考情報があった方がよくないか。急ぐことはないのでないか。
記事をやたらに盛り上げて、必要以上に刺激的に書くのは有害であろう。

重要な報道の見出しは大きな字で書かれるが、これも、大げさすぎる場合が多いのでないか。重要さの判断は読者が行えばよい。大きな字の見出しに憧れて、記者が大げさに書くことがあるのでないか。

原発に関する吉田調書の問題より、事故原発の現状が心配である。地震により溶融燃料の状態が変化すれば、再臨界が起きることもあるのでないか。朝日は、罪滅ぼしに、その点をしっかり取材してもらいたい。今回の特ダネ事件より重要である。
2014年09月12日
10:18
売春は、人類の歴史とともに古いといわれます。軍隊の駐留するところに、歓楽街ができるのも昔からだと思います。とはいえ、「従軍慰安婦」を、それと同列に論ずることはできない、と私は思っています。

「従軍」という言葉は造語ですが、「軍慰安所」という施設は、第2次大戦という時点では、日本とドイツ(ほかにもあるのかもしれませんが)ぐらいだったし、植民地や占領地から「募集」に応じた女性を、吉原と同列に扱うことはできないと思うからです。

また、現代における「性搾取」を慰安婦並みに書いてきたかというのは、データベースを調べれば、件数としてわかると思いますが思いますが、フィリピンなどから出稼ぎで入ってきた女性が強制的に売春をさせられているというニュースは、朝日も何度か取り上げていると思いますし、そういう女性を支援する団体の話も何度か取り上げていると思います。また、沖縄における米兵の女性に対する暴行についても、事件が表面化した折には、精力的に取り上げていると思います。

いまさら、朝日の弁護をするのもおかしいのですが、読者としては、そんな記憶があります。ただ、経済部の記者として忙しかったので、社会部がどれほどの問題意識で「性搾取」に取り組んでいたのか、あるいはいなかったのか、正直に言って私はわかりません。

植民地や占領地で、日本の官憲が現地の女性を襲い、兵士相手の売春婦にしたのが「従軍慰安婦」。こうした理解が広まっているとすれば、その元は、たしかに吉田清治証言かもしれません。

しかし、1993年の河野談話の時点では、すでに「強制性」についての議論をしていたわけで、海外を含め、慰安婦問題を取り上げるメディアが、意図的なところを除けば、今も、「強姦・強制連行」の認識で、この問題を報じているとは思えません。

ともあれ、正義感が先に立って事実確認を怠る、というのは、記者が陥りやすい罠であり、それをチェックするのが「デスク」や「編集長」の仕事であり、その眼力が甘ければ、誤報となるリスクは高まります。

繰り返しますが、少なくとも、吉田証言に疑問が出てきた段階で、証言を再確認すべきであったし、慰安婦だったと名乗り出た人が「妓生」(キーセン)として売られた、と証言している事実は、ちゃんと書くべきだったと思います。

記者にとって都合の悪い部分は書かない、というのが、原発の「吉田調書」報道にもあったわけで、この点では、記者の過ちは「同根」だと思います。
2014年09月12日
07:47
 涼しい!と今朝は感じましたね。散歩の途中にある温度計の温度は18度をさしていました。今までの半袖では寒くて今朝は長袖にTシャツでしたよ。
 さて朝日新聞に訂正記事が出て社長が頭を下げていましたが奇しくも吉田証言、吉田調書でした。慰安婦問題には言いたいこともあるのですが、当時の「空気」の問題だったと思います。fこの点、故山本七平氏には「感謝」しなければと思っています。
2014年09月12日
07:31
…朝日が吉田証言を取り上げなければ、慰安婦問題は政治問題にならなかったかどうかは仮定の問題ですが、世界的に女性の人権問題が大きく取り上げられるようになった時代背景のなかでは、少なくとも社会問題として慰安婦問題が取り上げられたと思います。…

江戸時代の吉原からソープランド・キャバクラ・銀座のクラブまで、日本には自ら意図せず広い意味での強制性をもって売春を行っている女性が大勢います。
女性の性搾取に関する人権問題は現在も継続している話です。
しかし、大手メディアはこの問題を真剣に報道してきたでしょうか。
私は、朝日新聞が従軍慰安婦並みに現在の性搾取を報道するのを見たことがありません。
新聞メディアが性搾取を本当に女性の人権問題とおもっているか、私は疑問です。

従軍慰安婦関連で多くの人が問題としているのが、日本の軍や官憲が村々を襲い女性を誘拐・監禁しレイプセンターで軍人にレイプさせていたというデマです。
この根拠とされているが、朝日新聞の吉田証言を報道した記事であることは広く知られています。
軍人や官憲による誘拐話という誤報を女性の一般的な人権問題にすりかえた朝日新聞の姿勢に疑問を感じるのです。

問題の本質は何かと考えれば、私は朝日的な正義だと思います。
皆誰も、心のなかに正義を持っている。
それを主張するのは自由ですが影響力をもつメディアが根拠もなく正義を振りかざすとどうなるか。
アメリカの戦争と朝日新聞は同じ問題を抱えていると思います。
事実を性格に報道するという基本が守られていれば、起きなかった話だとは思います。

これからの朝日新聞には苦難の道が待っています。
今回の事件で多くの日本人の「キヨキココロ」スイッチが入ってしまい、朝日新聞はケガレたメディアとなってしまいました。
社長の辞任でミソギはできるのでしょうか。
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