特集ワイド:続報真相 橋本聖子議員「無理チュー」騒動、おとがめなしのモヤモヤ

2014年09月12日

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女性国会議員アンケート

 日本スケート連盟会長で日本オリンピック委員会(JOC)常務理事の橋本聖子・参院議員(49)が、ソチ五輪の打ち上げパーティーでフィギュアスケート男子の高橋大輔選手(28)に抱きつき、無理やりキスしたと週刊誌に報じられた「無理チュー」騒動。男女逆なら大問題になりそうだが、JOCも連盟も「おとがめなし」。この幕引き、何かモヤモヤする。なぜだろうか。

 ◇もし「真央ちゃんと男性政治家」だったら…? 「ある意味、女性差別」

 9日、東京都内で開かれたJOC理事会に、常務理事の橋本議員の姿はなかった。欠席理由を議員事務所に尋ねても「把握していません」。やはり体調不良だろうか。

 スケート連盟理事会のあった1日には、内臓疾患などで12キロもやせた姿でつえを突いて現れた。会議冒頭、騒動を受けて引責辞任する考えを示したが、慰留され、会長職に留任したという。一方、JOCは週刊文春(8月20日発売)の報道を受け、竹田恒和会長が22日、「問題視することは考えていない」と早々に声明を発表した。また、自民党は今月9日、橋本議員を2020年五輪・パラリンピック東京大会実施本部長に充てる人事を総務会で了承した。

 つまりJOC、スケート連盟、自民党が足並みそろえて「おとがめなし」なのだ。

 釈然としないのは、東京都議会で6月、「早く結婚した方がいいんじゃないか」「産めないのか」などの人権侵害ヤジが問題になった時と比べてしまうからか。あの時、都には1000件を超える抗議が殺到した。今回の騒動との世間の温度差はどうだろう。

 人権侵害ヤジ騒動では、当初、ヤジを飛ばした本人が名乗り出ず、男性議員たちが「聞こえなかった」などとかばい合う姿が批判された。では、橋本議員のお仲間はどう考えているのか。衆参両議院の女性議員全78人に「今回の騒動はセクハラやパワハラと思うか」と聞いてみた。

 回答を寄せてくれたのはわずか11人。「セクハラと思わない」が6人、「思う」が2人、残り3人はセクハラに当たるかどうかには直接答えなかった=表。「週刊誌の記事を読んでいないので答えられない」など「無回答で」と連絡があったのは8人で、残り59人からは梨のつぶて。相当答えにくいアンケートだったようだ。全部の議員事務所に電話すると「日程的に回答は無理」「回答を辞退する」などの理由でほぼ全員が「無回答」。複数の議員秘書から「議員同士の付き合いもあるし、こりゃ答えられないよ。匿名でやれば言いたい人はたくさんいただろうに」と助言された。

 結果をみると「セクハラとは思わない」の主な理由は、高橋選手自身が「セクハラやパワハラだと思っていない」と否定している点だ。橋本議員も「キスを強制した事実はない」と主張している。一方、人権侵害ヤジ騒動では被害に遭った女性都議が訴えていた。

 しかし、労働問題に詳しい圷(あくつ)由美子弁護士は「セクハラやパワハラは被害を訴えられないくらい圧倒的な力関係の下で起こることが多い。被害者が『意に反したものではなかった』としたとしても、真意ではない可能性を常に考慮する必要がある」と指摘する。「JOCは聴取の際に、行為者の地位、権限、2人の力関係や年齢差、既婚かどうか、男女としての交際歴などを考慮し、総合的に判断すべきです。空気を読んだ被害者側の言葉をそのまま受け取り『幕引き』としたのかどうかが問われることになります」

 ネット上では「浅田真央選手が男性政治家に無理チューされたら、おとがめなしでは済まない」と話題になった。やはり、男性が被害者だから世間は騒がないのか。ブラック企業問題に取り組む佐々木亮弁護士は「『女性上司から男性部下へのハラスメント』という概念が社会に定着していないため、男性が声を上げにくいのでは」と話す。

 実際、女性からハラスメントを受けている男性はどの程度いるのか。労働問題に詳しい戸塚美砂弁護士は11年、インターネット調査会社に依頼して、女性から男性へのセクハラ・パワハラについてアンケートした。対象は22~39歳の男性2666人で、2539人が回答。女性の上司や先輩から「不快な思いをさせられた」のは4人に1人に上った。このうち500人にさらに詳しく重複回答で聞いたところ、「男のくせになど男であることを理由に不快なことを言われた」は26・6%、「『結婚はまだか』『子どもはまだか』などと聞かれた」は26・2%、「必要以上に接近されたり、わざと身体に触れられた」(10・6%)、「卑猥(ひわい)な内容の話を聞かされたり、卑猥な行動を見せられた」(10・0%)、「性的関係を強要された。またその誘いを受けた」(3・8%)などを経験していた。また、女性から不快と思う行為を受けた時、「オープンに話せる社会環境か」という質問に75%が「そうは思わない」と答えた。

 戸塚弁護士は「女性からの被害に遭った男性は嫌悪感は感じても、女性のように恐怖までは感じない。それが訴えに至らない一因ではないか」と考えている。

 日本のウーマンリブ運動の中心的存在だった田中美津さん(71)にも聞いてみた。「基本的にはどうでもいい話」と前置きしながら「無理チューされたのが羽生結弦選手だったら、世間はもっと騒いだかも。高橋選手は元々セクシーさが人気で、清潔なイメージの羽生選手が相手だったら一層衝撃的だった」と語る。さらに「あの週刊誌の『無理チュー』写真は醜悪なので人目を引いたって感じ。キスにしろハグにしろ本当に双方の合意があったら、他人の目にももっと美しく見えるものではないかしら」。なるほど、写真の語る力は大きい。だから今回の幕引きに「これで本当にいいの」と思わされるのか。

 田中さんは「男女が逆だというだけで処分なしというのはある意味、女性差別。あいまいな幕引きは、将来の女性リーダーたちのためにならない」とくぎを刺す。

 ◇声上げにくいスポーツ界

 もう一つ、今回の騒動の特殊性は、スポーツ界で起きた点だ。一昨年、明るみに出た女子柔道強化選手への暴力問題は記憶に新しい。告発した女子選手たちを支えた元柔道選手でJOC理事、筑波大准教授(スポーツ健康システムマネジメント)の山口香さんは「スポーツ界の飲み会では今も、場を盛り上げるため男性が服を脱ぐのはよくあること。今回の騒動は、スポーツ界の常識と世間の常識との乖離(かいり)が背景にあるのではないか。また、スポーツ界は圧倒的な男社会で、女性のリーダーが少ない。女性から男性への行為で男性が嫌がったり、セクハラと感じたりする可能性があることを私自身勉強させてもらった」と語る。

 一方、元柔道選手で静岡文化芸術大准教授の溝口紀子さんは、今回の騒動は女子柔道強化選手への暴力問題と根は同じだと指摘する。「なぜJOCやスケート連盟の関係者は誰一人『橋本さん、酒は控えて』と彼女を止めず、高橋選手をかばわず、ただ写真を撮っていたのか。最大の問題は、橋本さん個人の行動ではなく、それを周囲の誰も止められなかったということ。権力を持った人にあらがえないというスポーツ界全体の体質です。スポーツ選手は『転職』ができません。セカンドキャリアも競技関係にしか見つけられない。普通の職場よりもセクハラやパワハラが起こりやすく、それを訴えにくい土壌があるのです」と説明する。

 「女子柔道の暴力告発は、女子選手が声を上げたから問題になった。でも男子選手は以前から女子以上に体罰を受けていたのに、男子だから、と問題にされなかった。男子も被害者だったんです。あの問題で尽力してくれた橋本さんだからこそ、今回の騒動を機に自身が旗振り役となって上にノーと言えないスポーツ界の体質を変えてほしい」

 女性登用が叫ばれるこの時代、今回の騒動から学ぶべき教訓は多い。【小国綾子】

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