ファミエリマートで繰り広げた面倒くさい話を整理してみようと筆をとってみます。
割と最近思い続けてきたことで、「ミリオンライブにおけるAS組はなんなんだ?」というのがあって、それを考え続けていたらアイマス論に行き着いていたのでそこらへんの内容です。
まず、「ミリオンライブにおけるAS組の存在価値」について割と長いこと考えてたんです。当初、「ミリオンライブにASは不要」と考えてたんですが、一つジレンマがあって、この話を考えれば考えるほどミリオンライブがつまらなくなるんですね。困った困った。
そこを乗り越えたら何か見えるかもしれないと思い続けて考えたわけですが一向に快方には向かわない。
ちょっとこれは諦めかなーと思ってた時に、ミリオンライブからアイマスにはいった人たちと数人ですが知り合うことができました。
いったいどういう楽しみ方をしてるのか知ろうとゲス顔してたわけですが、彼らみんな純粋なんですね。
純粋にシアター組とAS組を楽しんでるんです。
目から鱗だったというか、とんでもないものを見たというか、自分に欠けてる大事なものをまざまざと見せつけられた気分でした。
そこでもう一度最初から考えたわけですが、そうすると答えが変わったわけなんですね。
新しく出た答えは、「AS組は必要ではないが不必要でもない存在」でした。
どういうことかと言うと、ミリオンライブのメインはあくまでシアター組であってAS組は「オマケ」ということですね。
例えるなら、「お子様ランチの旗」とか「カレーの福神漬け」とかそんな立ち位置であって、あったらいいけどなくても困らないもの。
お題目として50人いて、その象徴のように13人いるものの、本質は37人にしかない。
これがミリオンライブだと思います。
ミリオンの最大の弱点としては、37人に固定してしまったがゆえに、物語にわかり易いスパイスを入れるのが難しいとこだと思うわけです。
文学作品のように大きなストーリーを広げれば可能ですが、ソシャゲに求められるのは「手軽・わかりやすい・簡単」だと思ってるのでストーリーも最小限にしか広げられないんですね。
そこで、AS組をスパイスに使ってるんだと思います。AS組はこれまでの歴史の積み重ねがあるのでどんな役でもこなせますし。
シンデレラの場合には、そもそも人数を固定してないので、スパイスが欲しかったらいくらでも自給自足できますからね。
AS組はオマケという結論に行き着いたこともあって、ミリオンライブをプレイするのが随分と楽になりました。
いやー、ミリオンライブ楽しいですよ。
そんなことを考えつつ生放送していたら、アイマス論みたいなところに行き着いてしまったのでそっちの話も書きましょうか。(あずささん並のワープ
これはアニマス以降感じていた事なんですが、アニマスを境にプロデュースという言葉の意味が変質したんではないかと思っています。
「単独プロデュース」と「全体プロデュース」みたいな言葉で言い換えられるのかもしれないです。
アニマス以前のアイマス(アケ、無印、SP、DS、アイマス2)はどの世界においても1週目(ないし購入段階)で、誰をプロデュースするのか決めさせられるわけです。
それがアニマス以降のアイマス(アニメ、劇場、シンデレラ、ミリオン)はそれを決める必要がないんですね。
アニメと劇場版では赤羽根Pが13人全員をプロデュースしていますし、シンデレラもミリオンもメンバーはいつでも好きに入れ替えられます。
アニメ以前は、「9人、10人、ないし13人の中から一人を選んで、他のアイドルを捨てる」というのを最初に強制されるわけですが、アニメ以降ではその機会はないんですね。
ここが一つ大きな転換点なんだと思います。
OFAはちょっと特殊な事例です。
最初に一人を選ぶものの、誰を選んでも後で変更可能。ただし、ストリーは個々のアイドルに特有のもの。
全員プロデュースという形は、ユーザーからの意見を受けて導入したものだと公式はいったわけですが、ストーリーは従来と同じ個々のアイドルに特有なもの。
これは公式としても、「一人のアイドルの話だけを見せるのに特化したのがアイマス」というのを考えていて、その現れだと思ったりしてるわけです。
全員プロデュースを否定するわけではないんですが、全員プロデュースをするには個々のアイドルの掘り下げが必要不可欠なんです。
そして、一人を掘り下げるには単独プロデュースしか方法はないんです。
OFAは単独プロデュースを経ているからこそ、全員プロデュースが面白いのであって、単独プロデュース無しにそれを見せられたらそれは違うと思うんですよね。
団結というのはアイマスの象徴のように言われますが、冷静に考えてみれば「団結」なんて言葉をわざわざ象徴のように使わなければならないのは、本質がそこにないからなんですね。
象徴として「全員」があるけれども、本質は「個」にある。
個の集合体であるアイドルをそれぞれ横に繋げるために団結なんて言葉を持ってきたんじゃないですかね。
もちろん、今後の流れとして全員プロデュースの方向は継続されると思います。
ただ、そのためには単独プロデュースによる掘り下げが欠かせない。
なので、シンデレラとミリオンともに一人ひとりのプロデュースシナリオをください。
これだけ粒揃えて、それぞれにファンがついてるのに、それをこのまま浸けおくのは勿体無いんです。
ソシャゲではどうやってもシステム的に単独は無理なんですから、とっとと据え置きにしてください。
いつまでも空っぽの偶像を崇めるのはできないんですよ。
御神体は中身が詰まってるからこそ祈りの対象になるんであって、空っぽの像は御神体にならないんですよ。
割と最近思い続けてきたことで、「ミリオンライブにおけるAS組はなんなんだ?」というのがあって、それを考え続けていたらアイマス論に行き着いていたのでそこらへんの内容です。
まず、「ミリオンライブにおけるAS組の存在価値」について割と長いこと考えてたんです。当初、「ミリオンライブにASは不要」と考えてたんですが、一つジレンマがあって、この話を考えれば考えるほどミリオンライブがつまらなくなるんですね。困った困った。
そこを乗り越えたら何か見えるかもしれないと思い続けて考えたわけですが一向に快方には向かわない。
ちょっとこれは諦めかなーと思ってた時に、ミリオンライブからアイマスにはいった人たちと数人ですが知り合うことができました。
いったいどういう楽しみ方をしてるのか知ろうとゲス顔してたわけですが、彼らみんな純粋なんですね。
純粋にシアター組とAS組を楽しんでるんです。
目から鱗だったというか、とんでもないものを見たというか、自分に欠けてる大事なものをまざまざと見せつけられた気分でした。
そこでもう一度最初から考えたわけですが、そうすると答えが変わったわけなんですね。
新しく出た答えは、「AS組は必要ではないが不必要でもない存在」でした。
どういうことかと言うと、ミリオンライブのメインはあくまでシアター組であってAS組は「オマケ」ということですね。
例えるなら、「お子様ランチの旗」とか「カレーの福神漬け」とかそんな立ち位置であって、あったらいいけどなくても困らないもの。
お題目として50人いて、その象徴のように13人いるものの、本質は37人にしかない。
これがミリオンライブだと思います。
ミリオンの最大の弱点としては、37人に固定してしまったがゆえに、物語にわかり易いスパイスを入れるのが難しいとこだと思うわけです。
文学作品のように大きなストーリーを広げれば可能ですが、ソシャゲに求められるのは「手軽・わかりやすい・簡単」だと思ってるのでストーリーも最小限にしか広げられないんですね。
そこで、AS組をスパイスに使ってるんだと思います。AS組はこれまでの歴史の積み重ねがあるのでどんな役でもこなせますし。
シンデレラの場合には、そもそも人数を固定してないので、スパイスが欲しかったらいくらでも自給自足できますからね。
AS組はオマケという結論に行き着いたこともあって、ミリオンライブをプレイするのが随分と楽になりました。
いやー、ミリオンライブ楽しいですよ。
そんなことを考えつつ生放送していたら、アイマス論みたいなところに行き着いてしまったのでそっちの話も書きましょうか。(あずささん並のワープ
これはアニマス以降感じていた事なんですが、アニマスを境にプロデュースという言葉の意味が変質したんではないかと思っています。
「単独プロデュース」と「全体プロデュース」みたいな言葉で言い換えられるのかもしれないです。
アニマス以前のアイマス(アケ、無印、SP、DS、アイマス2)はどの世界においても1週目(ないし購入段階)で、誰をプロデュースするのか決めさせられるわけです。
それがアニマス以降のアイマス(アニメ、劇場、シンデレラ、ミリオン)はそれを決める必要がないんですね。
アニメと劇場版では赤羽根Pが13人全員をプロデュースしていますし、シンデレラもミリオンもメンバーはいつでも好きに入れ替えられます。
アニメ以前は、「9人、10人、ないし13人の中から一人を選んで、他のアイドルを捨てる」というのを最初に強制されるわけですが、アニメ以降ではその機会はないんですね。
ここが一つ大きな転換点なんだと思います。
OFAはちょっと特殊な事例です。
最初に一人を選ぶものの、誰を選んでも後で変更可能。ただし、ストリーは個々のアイドルに特有のもの。
全員プロデュースという形は、ユーザーからの意見を受けて導入したものだと公式はいったわけですが、ストーリーは従来と同じ個々のアイドルに特有なもの。
これは公式としても、「一人のアイドルの話だけを見せるのに特化したのがアイマス」というのを考えていて、その現れだと思ったりしてるわけです。
全員プロデュースを否定するわけではないんですが、全員プロデュースをするには個々のアイドルの掘り下げが必要不可欠なんです。
そして、一人を掘り下げるには単独プロデュースしか方法はないんです。
OFAは単独プロデュースを経ているからこそ、全員プロデュースが面白いのであって、単独プロデュース無しにそれを見せられたらそれは違うと思うんですよね。
団結というのはアイマスの象徴のように言われますが、冷静に考えてみれば「団結」なんて言葉をわざわざ象徴のように使わなければならないのは、本質がそこにないからなんですね。
象徴として「全員」があるけれども、本質は「個」にある。
個の集合体であるアイドルをそれぞれ横に繋げるために団結なんて言葉を持ってきたんじゃないですかね。
もちろん、今後の流れとして全員プロデュースの方向は継続されると思います。
ただ、そのためには単独プロデュースによる掘り下げが欠かせない。
なので、シンデレラとミリオンともに一人ひとりのプロデュースシナリオをください。
これだけ粒揃えて、それぞれにファンがついてるのに、それをこのまま浸けおくのは勿体無いんです。
ソシャゲではどうやってもシステム的に単独は無理なんですから、とっとと据え置きにしてください。
いつまでも空っぽの偶像を崇めるのはできないんですよ。
御神体は中身が詰まってるからこそ祈りの対象になるんであって、空っぽの像は御神体にならないんですよ。
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