もし人類の祖先が猿以外だったら……
人類は猿から進化した。これはダーウィンの進化論以来、世界の多くの人に受け入れられている一般常識です。でも、もし猿以外の動物から進化した人類が存在し、私達のなかにまぎれこんでいたら?
そんな架空の人類「斑類(まだらるい)」たちの恋愛を描く作品が、BLマンガの人気作である『SEX PISTOLS』(寿たらこ)です。
主人公の円谷ノリ夫は、ごくごく平凡な男子高校生(彼女いない歴=年齢)……だったはずなのですが、原付事故を境にやたら周囲の人間にモテるようになってしまいます。電車で居合わせたサラリーマンから学年一の美女までがなぜか彼に言い寄ってくる始末。ノリ夫は童貞なので、サラリーマンはともかく学校一のマドンナに言い寄られたら喜んでもいいはずですが、ひたすら怯えっぱなし。というのも、やたらモテだすようになったのと同時に、周りの人間がサルやらクマやらジャガーやら、人間以外の動物に見えるようになってしまったからなのです。
斑類は感情が高ぶると魂のかたち(魂元)があらわれて動物に変身します
斑類の分類図
男同士じゃ子供ができない? ご心配なく!
この『SEX PISTOLS』(以下、セクピス)世界をささえる「斑類」という概念、まずSF好きの心をくすぐる、大変興味深い設定となっています。
そもそも、ノリ夫が男なのになぜ男女問わず追いかけまわされるかといえば、実は斑類には力の強い者ほど極端に繁殖しづらいという性質があり、それゆえ同性同士の結婚がみとめられているため。え、でも同性同士だと子供できないじゃん……とお思いのあなた、ご安心ください! 斑類たちは「懐蟲」という技術を使うことで、同性同士での子作りを可能にしているのです。
斑類の名家にとって子孫繁栄は重大な問題
「男同士でも妊娠できる」BL自体は実はけっこうあるのですが、セクピスはそのトンデモ設定をただポンと使うのではなく、そうした同性同士での出産のしくみから、斑類が厳格につくりあげた階級社会、さまざまな動物の存在する斑類のなかでなぜか「有翼類」だけが存在しない謎、斑類の名家・斑目家が全力を持って隠している人魚とライオンの「接木雑種(キメラ)」などなど……きっちりと世界観を練り上げているのです。
ライオンのキメラ「ヴァルネラ」
最新刊では、斑類ヒエラルキーの頂点とされながらも伝説の存在であった「人魚(マーメイド)」そのものがついに登場、他人の姿やモノを自在にコピーする能力を使ってノリ夫に接近し、暗雲をもたらしています。
個体の幸せか、種族の繁殖か
そうした緻密な世界観のなかで、ノリ夫の奮闘や周囲のドタバタが描かれていくのですが、そのようすももちろんタダのラブコメにはなりません。それは斑類が「繁殖」を至上目的とし、セックスアピールの強い者が勝つ、徹底的な弱肉強食の階級社会を築いているから。憧れていたはずのモテモテ状態を手に入れたように見えても、ノリ夫に迫ってくるのは、彼の超プレミア種としてのフェロモンに引き寄せられた者ばかり。ぶっきらぼうながらも世話を焼いてくれる国政に惹かれてはいくものの、国政もまた、斑類のなかでも階級の高い「ジャガー」であるがために、自分にふさわしい繁殖相手としてのノリ夫を求めているのです。
だからこそ、国政に惹かれれば惹かれるほど、彼が「繁殖相手」としての自分しか見ていないと感じ、傷ついていくノリ夫。そして惹かれている自分のこの気持ちも、結局は国政の強いフェロモンに屈服しているだけなのでは……と葛藤したりもします。
国政が自分を愛していないと聞かされ、絶望するノリ夫
セクピスにはノリ夫のほかにも、斑類である身の上に翻弄されている者たちが登場します。貴重な血筋だからと好きでもない相手と無理やり婚姻させられそうになるツキノワグマ、体温調節が自分でできないために病的な女好きとなってしまったクロコダイル、ハブのフェロモンに屈服するのが癪で相手のことが好きなのに逃げ続けているマングース、先祖が蛇と混血してしまったがために奇形となり完全な子供を生むためのつがいを探し続けている鷲、などなど。
斑類たちの社会は、恋愛至上主義的な現代日本社会とはまったく違う論理で動いています。そして、その論理はノリ夫たちだけでなく、読み手の心をも激しくゆさぶります。BLには本来、「性別」という壁を「恋愛」という武器で突き崩していくのを楽しむものという側面があります。しかし、男同士でも子供をつくれるし、そもそも種族を超えても繁殖可能なセクピスの世界では、ぶっちゃけ「性別」は大した障害ではない。
さらに厄介なことに、現実世界においてわれわれの気を散らし、「恋愛」の切れ味を鈍らせてしまう、出産・子育て・嫁姑・跡継ぎ・愛人などといった問題が、バンバン取り扱われる。都合のいい「ファンタジー」であるはずのBLにおいて、本来考えずに済んでいた現実のあれやこれやが盛りだくさんなのです。
それなのに、どうしてセクピスが多くの読者に支持されているのかといえば、そうしたしがらみのなかであっても、というより、むしろしがらみがあるからこそ、彼らが恋や愛のようなものに近づくためにとる努力や選択に説得力があり、応援したくなるからなのではないかと思います。男同士の話を中心として、読者が自分の現実そのものからは距離をおける隙間はつくりつつも、現実でも遭遇している問題を彼らに負わせることで、読者にもそれを一緒に考えるように促す。「斑類」という概念はそれを実にうまくやってのける思考実験装置となっているのです。
曲者ぞろいの「斑類」たち
この作品はボーイズラブなので、登場するキャラの大半は男なのですが、個人的におすすめなのは、国政の生みの母・巻尾です。巻尾は、世界各地を放浪してあちこちの男女と子をつくり、その世話を妻・カレンにさせたうえに、そうして育てた息子の国政を種付けビジネスにかりだすというとんでもない女。その、斑類の「強い個体こそが正義」という信条と、個人的な拝金主義とに正直に行動するさまは、作品のなかでもっとも“男性的”ですらあり、ひょっとしたらセクピス中で一番嫌われているキャラクターかもしれません。
国政を力でねじふせる母・巻尾
しかし実は、もともとは実父の愛人だったカレンと駆け落ちして名家の跡継ぎの地位を捨てていたり、カレンの本気の怒りに対しては全然強気に出られなかったりと、なかなか憎めない人間なのです(蛇だけど)。ほかにも曲者な美男美女がよりどりみどりなので、きっとお好きなキャラが見つかることでしょう。設定もストーリーもキャラクターも、三拍子そろっているのがセクピスなのです。
寿さんは、短篇集『GARDEN』においても、人間を食らう「天使」の話や、自分の世界と平行世界の幼なじみが入れ替わってしまう話、「世界で最も有名な人間」のクローンの話、などいろいろなSFなBLを描かれていますので、ちょっとシリーズものは……という方はまずはそちらをお読みになることをおすすめします。
実はpixivでも大人気
ちなみに、最近では2次創作業界、とくにpixivにおいて、「セクピスパロ」というのが一大ジャンルになっています。これはセクピスのキャラクターたちを使って二次創作をするのではなく、別の作品に「斑類」というシステムを導入して二次創作を行う“ダブルパロディ”と呼ばれる手法のものです(参照)。
それだけ斑類とそれを取り巻く世界観が創作心をくすぐるということかもしれません。私も、数ヶ月に一度はセクピスを読み返しては「あーーー寿たらこ先生こそがこの世界を創りたもうたのではないか!」と五体投地しています(まあ創造神か!と思う作家さん、801人くらいいらっしゃいますけど……)。
あなたもセクピスを読んで「もしかして自分も猿じゃなくて○○から進化したのかも……」と妄想してみてはいかがでしょうか?
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