地雷と詰みの合わせ技
語り部は語る者だ。
物語を語って各地を歩く旅人。
アンロック後の選択画面にはそう書かれていたから、たぶんそういう位置づけだ。
だけどこのゲーム、いや世界には、よく似た設定が付与されている『吟遊詩人』というものがサービス開始時からすでに存在している。正直なところ、向こうの方が圧倒的に有能だ。
吟遊詩人は『戦士』などに比べて、レベルが上がりにくくて下積みは長い。
けれど、鍛えあげるとパーティに無くてはならない存在になる。例えば味方の各種回復能力やステータスを上げるだとか、そういうの。支援特化で、軽い物理攻撃も可能だ。
高レベルで、鍛えた優良なスキルを持っている吟遊詩人は、それだけで大手ギルドから誘いの言葉が来るほどの存在。中には傭兵よろしく、ギルドを渡り歩く人もいるという。
一方、語り部は何もできない。
――そう、何もできない。
これという固有の戦闘系スキルは一つもなく、あるのは汎用ばかり。生産系なら『執筆』なんてものがあるけど、未実装部分らしくてゲーム中ではエラー音を発するだけだった。
現状、特に使い道は思いつかない。
ほかは各種生産系が、一式ずらりとそろっているだけ。
サブの『召喚術師』とは、特定の魔物などを呼び出して従える魔法が使える。主に何らかの攻撃を担当する職業に組み合わせることが多く、単体では魔物を使役することしかできない。
その『魔物』というのが強く、生半可なプレイヤーよりよっぽど頼りになる。
だがしかし、便利なものには裏があるもので、その下積みは実に恐ろしいものだった。実用的な魔物を従えるにはそれ相応に鍛えたスキルが要求されて、レベルはなかなか上がらない。
さらに、その先に待っているのは巨大な壁。
――呼び出す相手は、特定のアイテムを所持した上で倒さねばならない。
そうすることで、討伐後にイベントが起きて仲間になってくれるのだそうだ。
そのアイテムというのが、標準装備されているアイテム図鑑を見たところ、かなり手に入れるのが難しいレアアイテムばかり。取りに行くのも、そして作るのも大変なのは明らか。
そのうえ、肝心の召喚スキルで呼び出す相手というのは、どれもこれも高レベルのダンジョンのボスという仕様。元は人気の出た彼らと冒険する、的なサービスだったのだとか。
美形から美女、美少年から美少女。ついでにもっと幼い見た目まで。
いろいろ揃っている、らしい。
僕は見たことがないけれど。見れる気もしないけど。
ちなみにもっと楽に呼び出せるものもいる。だけどあえて高レベルダンジョンボスと限定したくなる程度には、彼らの能力はとても貧弱で微妙。今の僕よりは強いけど、基本的には呼び出したり還したりして、スキルを鍛えるぐらいにしか使えないような感じなのだという。
職業ボーナスでステータス的なものはかなり優遇されているけど、基本的にこのゲーム最大のアレな職業といえる。まぁ、最大の武器が使い物にならないんだから、仕方がない。
あぁ、無理すぎる、無理ゲーすぎる。
そりゃ課金してでも即転職するだろう。
僕だって許されるなら今すぐに変えたい、普通になりたい。
だけどそんなことは無理だ。どうやって転職するか、僕は知らない。たぶんアイテムを手に入れたら大丈夫なのだろう、しかしそんなものを探しに行くだけの力なんてない。
当然ながら、購入するお金なんてあるわけもなくて。
マイナス面がないことが唯一の幸いで、それ以外が不幸まみれ。
まさに、絵に描いたような何もできない役立たず状態。
シリアルコードが配布されてから半月ほど。
そしてゲームのサービス開始から、すでに一年以上。
きっと誰もが知っていたに違いないダメっぷり、それもダブル。
友人じゃなくてもそりゃ笑うよなって、すべてを知った僕も乾いた声で笑った。
あぁ、ただゲームの世界だったらキャラを消せばいいだけなのに、どうして僕や友人やそれ以外の数万人は、ゲームの舞台そのものといっていい作りの異世界にいるんだろう。
――だがしかし、僕に嘆く余裕なんてものはない。
ここは異世界、つまり現状『リアル』になるのはこちら側だ。
一人で、自分はなんて役立たずなんだろうと嘆いてもどうにもならないのだ。働かなければお腹は減るし、お腹が減ったらいずれ死んでしまう。いやだ、そんな死に方、絶対にやだ。
たしかうろ覚えのゲームのチュートリアルでは、国営の『冒険者組合』に行けばいいんだったのかな。そこで受付の人などに教わりながら、依頼を受けること、戦うこと、などを覚えていくような流れだったはずだ。できればゲームの通りのままだったら、いいな……と思う。
僕はひとまず『冒険者組合』の事務所に向かった。
途中、明らかに呆然としているふうな冒険者を何人も見かける。いや、僕みたいに落ち着いているのが少数派なんだろうなと思う。僕だってそんなふうに、嘆いて現実逃避したい。
だけど僕は、ゲームをはじめたばかりで何もない。
それを目当てに始める人がいるほど生産スキルが発展しているゲームで、その流れで食べ物関係も無意味じゃないかとつこまれるほどたくさんの種類が揃えられていても。
悲しいことに、僕はそのほとんどを口にはできないのだ。
だって、僕にはお金がなくて。
自力で食べ物を取る、そのための力もないのだから。
正直、嘆いて悲しんで悲観するヒマがないんです、そういうことをする側に回りたいけれどおなかがすく行動はしたくない。死にたくないなら動かなきゃ、死んだら終わりなんだから。
あぁ、もしかしたらこんな状態でよかったのかもしれないなぁ、なんて。
そんなことを僕は思った。
……うん、現実逃避なのはわかっている。
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