拍車かかる円安 焦点は?
9月12日 17時05分
円安ドル高に拍車がかかってきたように見えます。
今月に入って、円相場は、連日のようにことしの最安値を更新。
12日には1ドル=107円台の約6年ぶりの円安水準まで下落しました。
日本経済に重くのしかかってきた超円高は是正されましたが、にもかかわらず経済界の顔色は必ずしも明るい色だけではありません。
今後の円相場を見るうえでの焦点について、経済部の菅澤佳子記者が解説します。
加速する円安
今月5日、1ドル=105円台後半を突破して、5年11か月ぶりの円安水準となった円相場。
その後もじりじりと円安ドル高の流れが続き、11日には、ほぼ6年ぶりに1ドル=107円台に値下がりしました。
今月1日は1ドル=104円台で取引されていましたから、10日余りの間に約3円、円安ドル高が進んだのです。
11日は、安倍総理大臣と会談したあとの黒田総裁の発言をきっかけに一段と円安が加速しました。
その発言とは「2%の物価目標の達成が困難になれば、ちゅうちょなく追加の金融緩和などを行う」というもの。
内容自体は、従来の発言から踏み込んだ訳ではありません。
それでも為替市場は、黒田総裁みずから「追加緩和」ということばを使って語ったことなどに反応。
日銀が追加の金融緩和を行えば日本とアメリカとの金利の差が広がり、ドルを買ったほうが得をする可能性が高まったと解釈をしたのです。
円安ドル高の流れの強さを印象づけました。
ドル独歩高
日米欧、先進各国それぞれの今の経済状況を見ると、その背景が浮かび上がります。
▽日本は、8日発表されたことし4月から6月までの経済成長率の改定値が、年率換算でマイナス7.1%もの落ち込みに。
最近発表されている消費や生産、輸出についての経済指標も思わしくない内容が相次ぎ、消費税率引き上げ後の景気の現状に懸念が強まっています。
▽ヨーロッパでは、デフレに陥る懸念が続くユーロ圏で、ヨーロッパ中央銀行が今月4日に追加の金融緩和に踏み切ることを決定。
ユーロを採用していないイギリスでも、北部スコットランドの独立の是非を問う住民投票を巡って一部の世論調査で独立賛成派の優勢が伝えられるなど、政治・経済情勢に不透明さが立ちこめています。
▽一方、アメリカを見ると景気は着実に回復。中央銀行に当たるFRB=連邦準備制度理事会が、想定よりも早くゼロ金利政策を解除するのではないかという観測が日増しに強まっています。
実際、今月8日には、FRBの地方組織であるサンフランシスコ地区連銀(イエレン議長が4年前までここの総裁を務めた)が発表したリポートが、ドル買い円売りの加速につながりました。
リポートは「市場はFRBが考えるより金融緩和が続くと思っているようだ」と記述。当局が利上げに向けた地ならしをしているのではないかと受け止められたのです。
「強いアメリカに、弱い日欧」
こうした状況を見れば、ドルはおのずと“独歩高”になりやすい。
そう表現する市場関係者も多い状況なのです。
さえない顔色
「輸出産業が強い日本にとって、円安ドル高は歓迎だーーー」
円安ドル高が進む今、日本の経済界の間では、こうした声はむしろ少数派だという印象です。
円安が進んでいるにもかかわらず、日本の輸出は伸び悩みが続いています。
歴史的な円高局面に対処するため企業が生産拠点の海外移転を進めてきたことも背景にあります。
こうしたなかで一段と円安が進めば、今後、輸入に頼るエネルギー価格の上昇などを通じて企業収益や家計を圧迫し、景気へのマイナスの影響のほうが色濃く出てしまうという指摘が出ているのです。
「円安になると、輸入原材料や電気料金など、全体的なコストアップが中小企業にふりかかってくるが、商品の販売価格には転嫁しにくい。一方で、円安に伴う輸出のメリットを享受しにくいので、中小企業からすると円安というのは比較的好ましくない。これ以上の円安になると、中小企業も大企業も相当の企業にとってはコストアップのほうが問題になる」(日本商工会議所・三村明夫会頭)
「輸入のコストアップという面で電力コストや輸送コストが収益の圧迫要因になってきたという話を最近、企業から聞くことが多くなってきたので、一方的に円安歓迎ということでは必ずしもないのかもしれない」(ジェトロ=日本貿易振興機構・石毛博行理事長)
「半導体やインフラ事業などを輸出しているため、会社全体としてはプラスだが、あまり円安に振れると、材料費や燃料費が高騰する可能性がある。中期的には必ずしもプラスではなく、急激な円安円高もできるだけ起きないでほしい」(東芝・田中久雄社長)
歴史的な超円高へのえんさの声から相場の安定を望む声へ。
経済界の発言の変化は日本経済の構造変化の証しでもあると感じます。
こんな調査もあります。
みずほ銀行産業調査部が、財務省の法人企業統計などを基に推計したところ、円相場が10円、円安になった場合、業種別に見た企業の営業利益は
▽「機械・電気機器」で1兆8577億円
▽「輸送用機器」で5786億円
▽「化学・医薬」で3630億円
それぞれ増えるとしています。
これに対して
▽「卸売・小売業」では2兆6476億円
▽「サービス業」が4546億円
▽「繊維・パルプ・印刷」が2027億円
それぞれ営業利益が減ると言います。
すべての業種を合計すると、営業利益を6581億円押し上げるとしているものの、業種によっては、円安が業績に大きな打撃を与えることを示しています。
今後の注目点
今後の円相場を見るうえでの焦点は何でしょうか。
市場が最も注目しているのは、来月にも量的緩和を終えようとしているアメリカが、いつゼロ金利政策を解除し、利上げに踏み切るか、です。
利上げの時期については、来年の半ばごろという見方が多いのですが、アメリカの景気の強さから「思ったよりも早いかもしれない」という観測が浮上しやすくなっています。
一方、冷めた見方もあります。
たとえば今月5日に公表されたアメリカの8月の雇用統計では、景気の現状を反映する農業分野以外の就業者数が市場の予想を下回ったため、アメリカの景気回復の力強さがどこまで本物か見極める必要があるというのです。
そうしたなかで、アメリカのFRBは、今月16日と17日に金融政策を決める公開市場委員会を開き、会合のあとにはイエレン議長の記者会見も予定されています。
景気の現状やゼロ金利を解除する時期などについて、会合後の声明や記者会見でどのような言及があるのか。
当面はその一点に市場の注目が集まっていると言えそうです。