自分が傷つけられたような痛みと恐怖が、心に張りついて消えない。埼玉で、もの言わぬ盲導犬が刺された事件に続き、全盲の女子生徒が駅で蹴られた▲
別々の事件ではあるが、弱者を狙って恥じない卑劣さに身震いする。加害者の目には白杖はくじょうも点字ブロックも、いたわりの気持ちも映っていない。大切なものを何も見ていない、荒涼たる貧しいまなざし▲
女子生徒の学校が「塙保己一(はなわほきいち)学園」と知り、教科書を思い出した。埼玉の国学者塙は7歳で光を失い、晩年の40年で膨大な史書集「群書類従」を編さんした。40年の労苦が、今になってやっと少し想像できる▲
193年前の旧暦9月12日は、塙の命日。郷土の偉人もきっと「一人で歩くのが怖い」とおびえる女子生徒を心配し、多様な人が互いを尊重し合う社会の到来を願っていよう▲
人は五感の8〜9割を視覚に頼って情報を得ている。それでも「もし、世界の全体を見ようとしたら目を閉じなければ駄目だ」(「ちくま日本文学全集」筑摩書房)と、寺山修司は言う。時に目を閉じ、他者の痛みを想像する力を持ちたい。体調の悪い日や年老いて歩みが遅れるその日まで、分かろうとしないのではあまりに寂しい▲
目を転じれば、原発事故も被災者の姿も、特定秘密保護法への2万件の意見も、どうやら「見えていない」人たちがいる。「見たいもの」しか見ないで突進する人は、危うい。目を閉じて、しっかり注視を。