自分の皮膚細胞から治療に必要な別の細胞を作り出し、病気を治す。夢の技術といわれた万能細胞による再生医療が、ついに現実になった。理化学研究所などによる初の移植手術で、iPS細胞の研究は実用化に向け大きく動き出した。
ノーベル賞に輝いた京都大の山中伸弥教授がヒトでiPS細胞を作製したのは7年前。基礎医学の成果がこれほど短期間で医療に結び付くのは、まれなケースだ。日本で生まれた革新技術が応用面でも世界をリードする意義は大きい。
あらゆる細胞を作り出せる万能細胞を使った再生医療は、欧米で開発された胚性幹細胞(ES細胞)の研究が先行した。しかし、受精卵から作るため、患者にとっては異物である他人の細胞を移植することになり、拒絶反応が問題になる。iPS細胞は患者自身の細胞を使える利点があり、理研の高橋政代プロジェクトリーダーがいち早く臨床応用を計画した。
高橋氏は課題だった安全性の確保に心血を注いだ。今回の患者から作ったiPS細胞は、山中教授もより安全な作製法で協力した。医師でもある2人の日本人科学者が、二人三脚で成し遂げた偉業といえる。
再生医療は国の成長戦略の柱だが、広く普及するにはあと10年はかかるだろう。目の病気は治療の好条件がそろっているが、慎重な検証が不可欠だ。心臓や神経など他の病気では、さらに多くのハードルを越えなくてはならない。これからが本当の正念場だ。(長内洋介)