事業整理により、ウエアラブル・ビッグデータ領域へ転身
佐渡島庸平(以下、佐渡島) 矢野さんの『データの見えざる手』を読んで、「これはすごい本だ!」と思って、すぐツイッターに感想を書いたんですよね。いやあ、こんなに知的に興奮できる本は久しぶりでした。
『データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』
『データの見えざる手』という本はすごい。こんなに知的興奮を他に得た記憶がない。マンガHONZのレビューアーの角野さんに紹介してもらった。おととい買った時はアマゾンのレビューがゼロだったけど、今日すでに5つ星が3つもついている。
※編集注:9月現在5つ星8つ
矢野和男(以下、矢野) ありがとうございます。感想ツイートにリプライをさせていただいたことがきっかけで、この対談が実現しました。
佐渡島 本の内容の話に入る前に、矢野さんのご経歴をうかがってもいいですか?
矢野 はい。私はもともと物性物理学※ の研究をしていて、1984年に日立製作所の研究所に入ってからは半導体の研究をしていました。でも、2004年に日立が半導体の研究から手を引くことになり、自分たちも別の研究テーマを見つけないといけない状況になりました。
※ 物性物理学:物質のさまざまな性質を研究する物理学の分野。18世紀に発展した熱力学から発展し、現在では量子力学や統計力学を理論的基盤としている
佐渡島 それは大きな変化ですね。
矢野 その当時の華々しい研究テーマは、もうほかでも研究が進められている。我々はもうちょっと先を見据えたテーマを見つけないと居場所がないぞと。そして議論を重ねるなかで、これからはデータが重要になり、そのデータを収集するいろいろなセンサがどんどん小型化するだろうと予想しました。PCやケータイに搭載されるだけでなく、身につけられるところまでいくんじゃないかという話になったんです。2004年ころですかね、ウエアラブル技術とデータ収集・活用という方向性が決まりました。
そこから鳴かず飛ばずの時代が7年くらいありまして(笑)。いつまでこんなことやってるんだって、各所に詰められていましたね。
佐渡島 そうだったんですね。
矢野 ビッグデータという言葉が出てくるまでは、こんな研究絶対お金にならないと思われていました。しかも、最初はウエアラブルといっても、プロトタイプとしてつくったのが、電池パックがどーんとついていて、導火線みたいに線もむき出しのデバイスで(笑)。空港のセキュリティを通ろうとしたら「これはなんだ」って止められるような代物でした。
佐渡島 小型爆弾みたいな外見だったんですね(笑)。そこから、いまのスタイリッシュなデバイスに進化したと。
矢野 しかも最初は方向性も違っていて、腕につけていることで役立つ機能を実現しようとしていたんです。でも「席に戻ったらそのことが自動的に秘書に伝わる」とか、どうにもつまらないアイデアしか出てこない(笑)。この方向性でブレストしても埒が明かないということになり、24時間続けて生活を記録するという、データ収集をメインにしてみたらどうかという議論が出てきた。
そこで、自分が実験台になって、2006年の3月16日からリストバンド型のウエアラブルセンサをつけ始めました。そこから8年、24時間、365日、ずっと左手の動きを計測しています。お風呂に入る時と水泳するときにははずしますけど、それ以外はずっとです。
佐渡島 僕はこれまで、人間を理解するには文学的な方向からアプローチするのが近いと考えていました。むしろ、それしか方法はないと思っていた。でもこの本を読んで、科学的なアプローチがむしろ人間理解を可能にし始めてるんだと気づきました。それは、すごい転換ですよね。まさに、この本の第3章に書いてある「温度計」のエピソードのようです。温度計が初めて登場したとき、当時の科学者たちは温度計が何を計測しているのかわからなかった、という話がおもしろいと思いました。
矢野 自分たちの感覚とは異なっていたからですよね。我々は、気温が30度のときは暑いと感じられるけれど、お湯が30度だったらぬるいと感じる。「熱さ・暑さ」という感覚は多様なものなんです。でも、温度計では同じ「30度」と表示される。当時の人々にとっては、なにか複雑なものを測っているように感じられたといいます。でも、実は複雑でわかりにくいのは人間の感覚の方だった。
佐渡島 温度計というものが登場することで、「温度」という概念がだんだん浸透していったんですね。
矢野 アルコールなどの物質の熱膨張を利用して、体積の膨張を測って表したのが「温度計」です。これは客観的でわかりやすい温度の「ものさし」なんだ、ということが徐々に認識されだしたのが300年前のことでした。
佐渡島 そしていま、人間の行動や感覚に関する新たな「ものさし」ができようとしているんですね。
膨大なデータから、人間の行動を測る新しい「ものさし」が生まれる
佐渡島 温度計の場合は、アルコールの熱膨張から温度がわかった。人間の場合は何から何がわかるんですか?
矢野 いろいろあるのですが、この本でメインに取り扱っているのは、人間の身体運動の活発さから、時間の過ごし方、集中度、幸福感、積極性などが測れるということです。
佐渡島 アルコールは水に比べて熱膨張率が大きいですよね。だから、温度計は、アルコールを使うことで水ではわからなかった変化を読み取ることができるようになった。人間行動の場合は、ウエアラブルセンサでデータを膨大に収集できようになったから、変化が見つけられるようになったということなのでしょうか。
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