※本文中に登場する名前は、全て仮名です。
近ごろ、サークラと並んで語られるのが「オタサーの姫」だ。
- 男性の割合が多い文化系サークル(オタクが集まるようなサークル)に存在する数少ない女性メンバー。サークル内では希少な存在であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバーに姫扱いされることから「姫」の名を冠している。 オタサーの姫がサークルク.. 続きを読む
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定義がいまひとつ解らないが、オタクサークルのなかの紅一点で、決して可愛くはないものの周囲の男たちにちやほやされている存在、と言った認識かと思う。
断言できるが、オタサーの姫とサークラは似て非なるものだ。
オタサーの姫は、あくまで「グループ内での立ち位置」だ。彼女を中心として取り巻きが生まれ、グループは円滑に進んで行く。
逆に、サークラは「1対1での関係性」だ。集団から対個人の関係に持ち込むからこそ、サークルは“クラッシュ”への道を辿る。集団のなかで女の子の立ち位置が、仮に姫であったとしてもきちんと定まっていれば、破壊には追い込まれないはずだ。
だからこそサークラ時代のわたしは「ふたりっきりの関係」を築くべく、さまざまな手口を使って砕身していた。
そのひとつが、服装である。
サークラ、オタサーの姫双方にゴスロリやニーハイのイメージがあるようだが、わたしはその場にいる全員に『良い子』のイメージを持ってもらうべく、“無難”な格好を心がけていた。品が良く見える服装を心がけ、膝上5cmのフレアスカートに白のブラウスや、シンプルな形のワンピース、靴は低めのヒールを選んでいた。
そしてふたりで出かける時には、会話やTwitterからリサーチした相手の好みの服装をする。そのためジャンパースカートを履き、リボンバレッタで髪をまとめた翌日には、ミニスカートに巻き髪、ピンヒールなんて時もあった。
この『服装』がきっかけで破壊に繋がったことがある。
10人ほど飲み会に混ぜてもらったとき、そのうちのひとり、田中くんと連絡先を交換し、1週間後、わたしから誘って食事に行くことになった。飲み会で彼は黒タイツへの愛を熱く語っていたし、時期的にも10月ごろと肌寒かったので、当然、黒タイツを履き、ミニスカートにブーツという出で立ちで行った。
いつものように相手の話に耳を傾けながら、相づちを打ったり褒めたりしていると、田中くんは突然怒りだした。
「そうやって騙そうとしてるわけでしょ。俺が黒タイツ好きだっていうの知っててそういうの履いてさ、頭おかしいよ。俺、金なんてないし、騙そうったってそうはいかないからな!」
といった主旨のことを早口でまくしたてると、彼はわたしを置いて帰ってしまった。当然彼に金銭を要求したわけではなく、そもそもふたりで話し始めて40分程度の出来事だったので、わたしは混乱した。
その日の深夜、携帯には彼からの長文が書き連ねられたメールが連続して入っていた。どうやら田中くんが怒った原因は、彼が同じ飲み会にいた彼の友人・鈴木くんを「人当たりが良いし、才能もある」と手放しで褒めるので、わたしも「確かに話し易いひとだった」と、同意したことのようだった。
『俺のことを褒めながら、他の男も褒める』+『わざわざ俺の好みの格好をしている』=「こいつはビッチだ!」という思考である。
わたしは彼のメールに対して、黒タイツを履いたのは確かに田中くんに好かれたいという気持ちがあったが、鈴木くんとは個人的に連絡を取っているわけではなく単に飲み会での印象だ、気を悪くさせたのならばごめんなさい、と返信した。
翌日、勝手に渦中に放り込まれてしまった鈴木くんから、田中くんに何かしたのか、というメールを貰った。サークルの中心者であった鈴木くんは、田中くんからあの女を早急にサークルから追放するように、という連絡を受けたらしかった。
どうやら気分を害してしまったらしい、大事なメンバーと揉め事を起こしてごめんなさい、と言うと、鈴木くんは良ければ詳しく聞かせてほしい、というので会う約束をした。
鈴木くんに指定されたのは、ゆったりとしたソファのあるおしゃれなカフェだった。実際に会ってみると、鈴木くんは確かに優しくて人当たりが良く、爽やかな好青年だったし、無口で大人しい田中くんが彼に嫉妬心を抱くのをやむを得ないのかも知れなかった。
しかし鈴木くんは鈴木くんで、ほかの人に優しくするあまり自分の抱えている悩みや苦しみを外に出せない、というジレンマを抱えていた。わたしはそこを掬い取り、彼の話を聞いた。後半涙ながらに、このサークルを運営して行ける気がしないと言う彼を、一生懸命慰め、抱きしめた。
鈴木くんとの会話を重ねるうちに、田中くんから唐突に連絡が来た。「この間のことは取り消して欲しい。許してくれるなら、一度食事に行きたい」と言われたので、わたしは食事に行った。
食事に、とはいえ、田中くんからは別段店を指定されたわけではなかったので、近くのチェーン居酒屋に入った。田中くんは小さな声で謝った後、いかにわたしのことが好みなのか、今後デートにはどこに行きたいのか、そしてこれまで女の子からはキモいとばかり言われ、好きになった女の子とは話もできなかった自分を褒めてくれていかに嬉しかったのか、を語ってくれたので、わたしは笑顔で「そう言ってくれて嬉しい、ありがとう」と受け取った。
そして、彼らの所属するサークルの飲み会に呼ばれたときのことだった。
ほかのメンバーと話していたときに、水族館の話題になった。わたしは水族館がとても好きなので、是非行ってみたいと話すと、田中くんが「一緒に行こう」と声を掛けてきた。ほかの人もいる手前、そうだね、と曖昧に答えていると、急に鈴木くんが間に入ってきて、田中くんに怒鳴った。
「あれだけ鶉さんのことを酷く言っておきながら、お前いきなりその態度は何だよ!」と、普段はサークルメンバー全員に気を配り、いつもにこにこしている鈴木くんが、今まで誰も見たことがない怒鳴ったことで、場は静まり返った。田中くんは何も言えず、わたしもただ黙っていた。
鈴木くんの人柄もあって集まっていたメンバーは、散会した。おそらくほかのメンバーからすれば、あの女の所為でふたりがおかしくなり、大事な居場所を失った、という結論になったかと思う。
わたしが田中くんとも鈴木くんともふたりっきりにならなければ、クラッシュは起きなかったはずだ。つまり、オタサーの姫としてサークルメンバー全員に愛されていれば、サークラにはならなかった。
わたしは集団のなかでの立ち位置を見つけるのが、今でも全く上手くない。成長過程のなかで、家族やクラスなど、幾度か訪れる集団での生き方を全て失敗してきた。
サークルがクラッシュする瞬間というのはものすごく地味だ。ひとりひとりの水面下で進んでいた事案が表に噴出したときに、心がばらばらになる。
だから、もし女性で男性の多い趣味に属しており、サークラになりたくないと願う場合に、「ふたりっきりにならない」のは手かと思う。食事でも喫茶店でも何でも出かけるなら、あるいは連絡を取るなら、同じサークルの誰かを巻き込んだ方が良い。
サークル全体に愛されるのではなく、目の前のあなたに愛されたいと望みすぎた結果、わたしはオタサーの姫ではなく、サークラになってしまったのだろう、と今振り返れば痛感する。