吉田調書をめぐる報道で、朝日新聞社の木村伊量社長が11日、「読者の信頼を大きく傷つけた」として謝罪した。慰安婦問題についても訂正が遅れたなどとおわびした。東京本社(東京都中央区)で開かれた会見には、国内外のメディア関係者約250人が詰めかけ「吉田調書について、いつ疑義が生じたのか」「朝日新聞の構造的な問題か、記者の資質か」などの質問が出された。朝日新聞社からは、木村社長のほかに杉浦信之取締役・編集担当、喜園尚史執行役員・広報担当が出席した。主な質疑と本社側の回答は以下の通り。

■吉田調書報道

 ――吉田調書報道に関していつ、どんな疑義が生じて会見に至ったのか。

 「記事掲載後しばらく、東京電力の社員をおとしめる記事ではないかといった批判があった。そうした意図はなかった。調書を入手しているのは我々だけという認識でいた時点では批判はあたらないと考えていた。8月下旬以降、我々の資料と同じものを入手した報道機関が朝日新聞と違う方向の記事を報じる中で、真剣にこの報道の問題について向き合うようになった」

 ――事実の誤りなのか、評価の誤りなのか。

 「吉田所長が『線量が低いところに残るように』と話した記録は朝日新聞が独自に入手した資料にある。テレビ会議で吉田所長が話したその内容から、所長の命令があったと理解した。福島第一原発から第二原発に多くの方が移ったことが、形式的には命令と違う形の行動になったということで、命令違反と考えた。しかし、多くの方にその命令が伝わっていたかどうかを十分に吟味しないまま記事にしたということが8月末から9月の調査ではっきりした。結果的に事実ではないと判断した」

 ――吉田所長の命令はあったが伝わっていないと。それを命令違反と言った。

 「その通りです」

 ――調書を全文読めば、そのように読めない。吉田所長の「第二原発に行った方が正しかったんじゃないか」という大事な部分を掲載しなかったことには、意図的ではないかとの批判がある。

 「意図的ではない。非常に秘匿性の高い資料であったため、調書を見ることができる記者を限定していた。福島原発事故の取材が長い専門的な記者が取材にあたった。結果、取材班以外の記者やデスクの目に触れる機会が非常に少なく、チェックが働かなかった」

 ――当時の作業員に命令違反の事実があったか、取材を試みたのか。

 「所長の命令を聞いていながら第二原発に行った、という社員の声は聞けなかった。取材が極めて不十分だった」

 ――聞けないまま記事にしたのか。

 「それが、裏付けが不十分だったということです」

 ――調書で、吉田所長が第二原発に行った方が正しかったと言っている。どのように評価したのか。

 「取材班の説明では、吉田所長は事後的な感想としてそう答えた、と。朝日新聞デジタルではこの発言は取り上げたが、新聞は割愛した。載せるべきだった」

 ――海外メディアも報じたことで、多くの作業員が勝手に逃げ出したとの印象を広げた点について。

 「まさにおわびしないといけない点。記事取り消しの発表後、早急に英文で発信していきたい」

■慰安婦報道・池上さんコラム問題

 ――慰安婦問題で池上彰さんの連載コラムを掲載しなかった判断について、批判がある。

 「原稿の内容が朝日新聞にとってかなり厳しいものであるという話は聞いたが、私(木村社長)は編集担当の判断にゆだねた。言論の自由の封殺であるという思いもよらぬ批判をいただいた。結果的に読者の皆さまの信頼を損なうような結果について、責任を痛感している」

 ――コラムの見送りは誰が最終的に判断したのか。

 「掲載見合わせを判断したのは私(杉浦編集担当)です。結果として間違っていた。社内の議論、多くの社員からの批判も含め、最終的に掲載する判断をした」

 ――慰安婦問題では会見をしなかったが。

 「8月5、6日の紙面で検証し、内容は自信を持っている。ただし、吉田清治氏の証言を取り消したにもかかわらず、謝罪しなかった。もう一つは、訂正するのが遅きに失した。読者の皆さまにおわびすべきだったと反省している」

 ――一連の慰安婦報道が国際的な日本批判に影響を与えたと思うが。

 「報道が一般的に政府や国際関係に影響を与えるのは、報道に携わるものにとって当然のことと考える。朝日新聞が自身でどう総括していくかは、なかなか難しい問題。その点も含めて、第三者委員会に具体的な検証を委ねたいと考えている」

■今後の対応など

 ――社長の進退は。

 「私が先頭に立って、編集部門を中心とする抜本改革におおよその道筋ができた段階で速やかに進退をお伝えする」

 ――何をもって道筋をつけたといえるのか。

 「信頼回復委員会を早急に立ち上げ、新しい編集担当を中心に今度の問題はどんな問題か、構造的な側面を含めて、スピード感をもってやってもらう。経営トップとして危機管理の観点から、社内の立て直し、読者の信頼回復にリーダーシップを発揮していきたい」

 ――今回の問題は朝日新聞の構造問題か、記者の資質に問題があったのか。

 「一部の取材陣に問題があったのか。チェック体制がどうだったのか。構造的な問題がなかったかも含めて社内の(信頼回復)委員会でも検証を深めたい」

 ――(社内の)委員会はどういう構成でいつごろやるのか。

 「新たな編集担当と、各本社の局長が一緒になって考えていこうと思っている。東京だけでなく、大阪や名古屋、西部の編集局の仲間もこの問題を心配しているので、全社あげての参加を考えている」

 ――雑誌メディアに朝日新聞が抗議書を乱発しているが。

 「抗議の前提となる事実が覆ったと認識しており、誤った事実に基づいた抗議ということで、撤回、おわびしたい。実際こちらから抗議書を出したメディア、ジャーナリストの方には別途、誠実にこちらの対応を検討したい」

     ◇

■慰安婦問題の特集記事を巡る経緯

 朝日新聞は8月5日と6日の朝刊で、特集記事「慰安婦問題を考える」をそれぞれ2ページにわたり掲載した。5日の朝刊で過去の自社の慰安婦報道を点検し、一部に事実関係の誤りがあったことを明らかにした。1面では「慰安婦問題の本質 直視を」との見出しの論文で、杉浦信之・編集担当が「裏付け取材が不十分だった点は反省します」と釈明した。

 5日の特集記事の焦点の一つが、日本の植民地だった朝鮮で戦争中、慰安婦にするため女性を暴力を使って無理やり連れ出したとする「元山口県労務報国会下関支部動員部長」を名乗る吉田清治氏(故人)の証言に関する報道。取材班が済州島を再取材するなどした結果、吉田氏が慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽と判断したとし、吉田氏を取り上げた記事16本を取り消した。

 吉田氏の証言をめぐっては、現代史家の調査などで1992年に疑問が投げかけられていたことなどから、「訂正に至るまで20年以上も時間がかかった理由がわからない」「記事を取り消しながら謝罪の言葉がない」などの批判の声が相次いで寄せられた。

 また、90年代初めの朝日新聞の記事に、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身(ていしん)隊」(挺身隊)とまったく別である慰安婦の混同が見られたことから、特集記事で当時の報道で誤用があったことを明示し、訂正した。93年以降は両者を混同しないよう努めてきたと説明したが、「混同に気づいた時点でなぜ訂正を出さなかったのかが明らかでない」などと特集の不十分さを指摘する声が出ている。

 また、朝日新聞が吉田氏の証言を報じた記事を取り消したことを受け、慰安婦問題で謝罪と反省を表明した河野洋平官房長官談話(河野談話)の根拠が揺らぐかのような指摘も出た。このため、同28日の朝刊で改めてポイントを整理し、「慰安婦問題、核心は変わらず 河野談話、吉田証言に依拠せず」との見出しの記事で、河野談話への影響はないと結論づけた。

■池上さんコラム問題の経緯

 慰安婦問題の特集記事を取り上げたジャーナリスト、池上彰さんのコラム「新聞ななめ読み」を8月29日の朝刊で掲載予定だったが、朝日新聞社は掲載を見合わせた。これに対して読者から多数の批判が寄せられた。

 朝日新聞は9月4日の紙面で、掲載見合わせは「適切ではなかった」として、読者や池上さんへのおわび記事と併せ、「慰安婦報道検証/訂正、遅きに失したのでは」の見出しでコラムを掲載した。同6日の朝刊で、市川速水・東京本社報道局長が改めておわびし、読者に連載の掲載見合わせに至る経緯を説明した。

     ◇

■池上さんがコメント

 池上彰さんは11日、訪問中のイスタンブール市内で日本の報道陣に対し、「(記者会見の内容を)正確には把握できていないが、本来、新聞社は紙面で勝負すべきだ。訂正なりおわびなり、紙面ですべてを報告すべきだ。ただし、朝日新聞は、慰安婦報道の検証などが十分ではなかったと批判を受けた。新聞紙面で展開すべきことに批判があったから、今回の会見になったと思う。本来やるべきことをやっていなかったのは極めて残念。その一方で、批判を受けて、社長が会見したことは遅きに失したが、評価して良いと思う。私は、朝日新聞が慰安婦報道の一部の記事を取り消したことについて謝罪すべきだとコラムで書いた。今回、それについては、社長が謝罪されたようなので、事実であれば、私の主張を受け止めてくれたと思う」と語った。朝日新聞のコラムを続けるかどうかについては、「現時点ではコメントできない。日本に戻って、会見内容を見てから判断したい」と話した。

     ◇

■東電「コメント控える」

 〈東京電力のコメント〉 朝日新聞社の会見の内容については、コメントを差し控えさせていただきます。

 なお、当社は福島の復興が原点であることを肝に銘じ、長期にわたる廃炉作業に正面から向き合い、事故の「責任」を全うしてまいります。