2014-09-11
「あなたの使っているその日常というのはどういう意味なんですか?」
「日常系アニメ」
多くの場合、便宜的に使っているだけとわかっているのに、妙な引っかかりを覚えてしまう言葉。そもそも、アニメにおける日常とはなんぞや。これは押井守も高畑勲に問われた経験があるらしく、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」(庵野秀明回)で明かされている。
高畑さんて曖昧じゃないからねえ……むかし押井守とそれこそ雑誌で対談したときに、押井守が『赤毛のアン』の第1話、 これが僕がね、アニメーションをやるときに非常に大きな影響を与えられた。それで簡単に言うと30分の話を30分でやってた。 こんなことをテレビのシリーズでやっていいのか、と勇気づけられた覚えがある。 そこで描かれていたのはね、日常を描くということで……って言って、言った瞬間。 高畑さんがね「あなたの使っているその日常というのはどういう意味なんですか?」 って言ったんだ。したら押井さんがね、黙りこくったんですよ。
押井さんを黙らせるのは凄いですよね。
鈴木敏夫の ジブリ汗まみれ 1 鈴木敏夫 by G-Tools |
『アルプスの少女ハイジ』まで遡ることになる「日常系アニメの発祥」(正確には生活アニメといった方がしっくりくる)が70年代の出来事。日常の中に起きる喜怒哀楽、出会いと別れ、そして成長の様子を丁寧に拾ってテレビシリーズを作る。つまり、高畑勲の手によって「日常系」の原型となる要素はすでに揃えられていたといっていい。加えて、日常に潜む“悪意的なもの”を客観的に汲み取っていた。たとえばアルムの山の怖さ。一歩間違えば大惨事となる危険な崖のそばで駆け回るハイジ。天候の変化に気付くのが遅れたときの対応。「何かが起こるかもしれない」緊張感を滲ませた日常、高畑勲の考える「客観性」を垣間見た瞬間だった。
続く80年代、押井守の初期代表作『うる星やつら』が打ち出したのは、非日常が日常化するラブコメ。「常に何かが起こっている状態」を基本としたハチャメチャなアニメ(この日常/非日常の考え方は後の作品群にも引き継がれている)だった。その押井守が在籍していたスタジオぴえろは「ぴえろ魔法少女シリーズ」というオリジナルシリーズを制作する。そこで生まれた「日常」のマスターピースが『魔法のスターマジカルエミ 蝉時雨』(1986)。
同シリーズのOVAとしてリリースされた本作の特徴は、「何も起こらない」ことだ。今の日常系アニメと比べても、その手つきは極まっている。些細な変化の積み重ねを予感として描き、「ささやかな予感の連鎖」だけでひとつの作品にしてしまった。ある夏の日々を振り返る回想の形式をとっていることもあって、視聴者は予感の先に何が起こるか知っているのだ。何が起こるか知っているのに、何も起こらない。しかし淡々と積み重なっていく予感が生む臨場感たるや、「何か」を感じずにはいられない。
少し横道に逸れるが、『マジカルエミ』はアニメの評論や研究をしたい筋の人が熱中していたのだという。
参考リンク:WEBアニメスタイル アニメ様365日 第246回『魔法のスター マジカルエミ』
裏付けるように、「OUT86’年7月増刊号 マジカルセンチュリー」収録の座談会で同様のことが話されている。
――ファンの反応はどうでしたか?
安濃 僕のところにはぜんぜんきませんでした(笑)。
深草 すごかったですよ。『ペルシャ』のときは「ここがかわいかった!」「悲しくて泣いちゃった」という手紙が多かったんですけど『エミ』に関しては、大学の論文みたいなものが来まして。『からっと秋風もよう』(『エミ』22話)に対して、ここで進はこう言って、ここではこうで、計算の上に計算された演出である。とかね。
※安濃高志/『マジカルエミ』監督 深草礼子/『マジカルエミ』アシスタントプロデューサー
今も昔もかわらない。「日常を描くアニメ」が獲得した「何か」、あるいは「日常とは何か」について、分析し語りたくなる欲求は同じなのだろう。(結果的に)ターゲットとなる層も。
『蝉時雨』を再観して、自覚したのは「予感に対して共感している」のだ、ということ。
日常は一見共感を呼ぶように思える。しかし厳密に実際の生活を比べると違いも多く、似通っているところばかりではない。そこで予感だ。「未来は何が起こるかわからない」「何かが起こりそうな未来」になら、無条件に共感できる。「日常」の同義語/対義語として「予感」を据えることで見通しが晴れやかになった。
『蝉時雨』に感服するのは、「何も起こらない中で起こっている何か」というきわめて小さな予感に手を伸ばしていることだ。伏線とは言えず、布石と称するにも儚げなものを束ねる演出の手つき。終盤の連続カットバックは、そんな小さな予感を連鎖とすることで生まれる形容詞。「日常」を演出する完成形のひとつだと思った。日常とは何か、どういう意味で使っているのかという問いに、『蝉時雨』を引用するなら返答できる。それが傑作だと思っている由縁だ。
さらに2000年代以降ならば、『涼宮ハルヒの憂鬱』の「サムデイ イン ザ レイン」に惹かれるものがあったのだけど、それはまた別の機会に。両作に共通するFIX主導の演出、時系列、非日常との対比、切り口は揃っているので書いてみたい題材。……ところで、90年代は? あれ?
EMOTION the Best 魔法のスター マジカルエミ DVD-BOX1 バンダイビジュアル 2011-11-24 by G-Tools |