う〜んどこか懐かしい顔をしていますね。
古い木造の小学校でしょうか?まずはこの玄関を通り抜けた人々をちょっとご紹介したいと思います。
1922年に訪れたのは世界的な物理学者相対性理論のアインシュタイン。
他にも歴史に名を残す20世紀の偉人やハリウッドのスターも訪れました。
更には銀幕の妖精からローマ教皇まで。
このそうそうたる人々が利用した建物とは何か?設計したのはこの人です。
明治時代国家のテーラーと呼ばれた男。
近代建築界の大御所辰野金吾。
その辰野が手がけたのが100年の歴史を持つとある名門ホテルなのです。
ヒントはこの枕ことば。
何それ?知らないだろう。
平城京が置かれて1300年。
いにしえの都奈良です。
今日の作品は市内にあります。
奈良公園の南の外れかつて飛鳥山と呼ばれた小高い丘の上に建っています。
鴟尾と呼ばれる棟飾りを頂く甍の屋根の建物。
今日の作品辰野金吾作建てられたのは105年前の明治42年。
日本を代表するクラシックホテルです。
建物の幅は140mにも及ぶ桃山御殿風の木造建築。
関西の迎賓館とも呼ばれてきました。
釘隠しの乳唄が打たれた重厚な門柱。
まるで古いお寺を訪ねるような趣です。
では中へとご案内いたしましょう。
ロビーは2階までの吹き抜け。
豪壮な檜造りの空間が広がります。
壁は舟肘木や柱を露出させた漆喰仕上げの真壁造り風。
日本建築の伝統的な工法です。
折り上げた優美な曲線が2階の回廊を支えています。
ロビーから続く大階段。
目を引くのはこの擬宝珠です。
戦前は青銅でしたが戦時中の金属供出により陶器の擬宝珠が使われています。
橋の欄干のような重厚な手すりは1本の檜から削りだしたもの。
木材の扱いに長けた職人の匠の技です。
もうお気づきかもしれませんがホテルという空間は西洋のものですがその構造や造りは日本の伝統建築なのです。
まだまだ見どころはあるのですがまずはぜひ見ておいてほしいものがあります。
玄関を入ると真っ先に目に飛び込んでくるロビーの暖炉。
マントルピースの周囲には赤い鳥居。
両脇には魔よけの狛犬が鎮座しています。
日本と西洋の強烈な組み合わせ。
これが辰野金吾の和洋折衷の美学なのです。
『奈良ホテル』の近くに広がる奈良公園です。
おやモデュロール兄弟じゃないか。
はいお久しぶりです。
僕らは建築家のコルビュジエ父さんが設計のときに考案した寸法体型のモデュロールです。
ちなみに身長は183cm。
兄さん「あをによし」って何?花の都といえば「パリ」。
あをによしといえば「奈良」なんだよ。
へえそうなの?というわけで今年の夏休みは奈良で。
バカンスだ〜!兄さん門が赤いよ。
春日大社の入り口だよ。
鳥居っていうんだ。
ここに泊まるの?違うよ。
兄さんここ?弟よここはあの辰野金吾さんが造ったホテルなんだ。
そうなの?さすがは兄さんだ。
なんだか別世界だね。
いらっしゃいませモデュロール兄弟。
(2人)お世話になります。
兄さんこのカウンター低いね。
なのに天井は高い。
不思議な建物だね。
エキゾチックだけど…。
何て言うか懐かしいね。
うん懐かしい。
初めてなのに。
どうしてなんだろう。
辰野金吾の代表作彼は石とレンガの西洋建築を初めて取り入れた日本人の建築家です。
その彼がなぜ日本の伝統建築のスタイルで木造のホテルを造ったのか。
冒頭のゲストリストにもその理由が隠されています。
辰野金吾は驚くべき構想を抱いていたのです。
それはいったい何か。
今日の作品辰野金吾作神は細部に宿るといいますが『奈良ホテル』の細部に目をやると浮かび上がってくるのです。
例えば鴟尾と呼ばれる屋根の棟飾り。
ロビーの吹き抜けに吊られたシャンデリアの造形。
その細部に辰野金吾の目指したものが隠されています。
辰野金吾は日本の近代建築の父と呼ばれた人です。
代表作はそして『東京駅』。
まさに明治の日本をデザインした建築界の大御所でした。
明治40年『東京駅』の設計が佳境を迎えていた頃辰野のもとに鉄道院からある建物の設計依頼がありました。
それが『奈良ホテル』の建設です。
日露戦争に勝利し西洋から一目置かれた日本には外国人の旅行者が急増しホテルの建設が急務だったのです。
しかし一つ問題がありました。
奈良公園の敷地内にひときわ異彩を放つ建物があります。
旧宮内省が明治27年に建てたこの威風堂々たる洋風建築が奈良の人々にはすこぶる評判が悪かったのです。
作者は迎賓館の設計で知られる宮内省所属のエリート建築家…。
辰野金吾と他のところではあまり問題にならなかったんですよね。
東京は帝国ホテルってドイツ風に造ってます。
だけど奈良はやっぱり…。
議会でいろいろ問題になって以降…。
…と決議される。
奈良とは何か?この土地にふさわしいホテルとはどんな形なのか?そして辰野は巨大な木造建築を構想したのです。
全長130mを超える2階建ての空間に客室は52。
大勢の腕利きの大工を集め着工からわずか1年2か月あまりで完成させ明治42年の10月オープンにこぎつけたのです。
鹿鳴館の総工費が18万円ですから『奈良ホテル』は大がかりな国家プロジェクトだったのです。
創業当時大食堂と呼ばれた1階の三笠の間。
席数130のメインダイニングです。
高い格天井には大小の行灯を組み合わせた和風のシャンデリア。
壁の時計はホテルの外観をモチーフにした切妻型の屋根があしらわれています。
ホテルという西洋の空間に何の破綻もなく取り入れられた日本の伝統的なデザイン。
窓からは興福寺の五重塔という古都ならではの眺望。
兄さん何だか落ち着くね。
ああリラックスするとお腹も空くな。
ビーフカレーでございます。
(2人)わ〜いいただきます。
ねえ兄さんカレーってインドの食べ物だよね?ん〜仏教と何か関係があるのかな。
でも日本の国民食ってガイドブックに書いてあったよ。
洋風のカレーっていうのも聞いたことがあるな。
ということは日本風の洋風インドカレーってことかな。
どういうこと?でもおいしいね。
うん。
モデュロール兄弟ようこそいらっしゃいませ。
食事はいかがですか?
(2人)大満足です。
食事が終わればぜひ見ていただきたいものがあります。
兄さんバーだよ。
1杯おごってくれるのかな。
昨年度バーの改良工事を行ったところ隠れていたガラスが出てきました。
105年前のエッチングガラスです。
今なおきれいなシルエットを映し出しております。
大発見ということか?うん。
辰野金吾がガラス作家に発注したという化粧ガラス。
そのデザインどこかで見覚えがあるような。
特徴的な屋根を持つその姿をエッチングガラスの技法で描いてあるのです。
もう1つは五重塔です。
これはホテルから見えるそればかりではありません。
大階段の吹き抜けに吊られた灯籠を思わせる衣桁型の和風のシャンデリア。
そのデザインのもととなっているのは…。
更に鴟尾と呼ばれる屋根の棟飾り。
世界最大級の木造建築である東大寺の大仏殿の屋根に置かれているものと同じ形をしています。
『奈良ホテル』には奈良のモチーフがふんだんに盛り込まれているのです。
なぜなのか。
ロビーの傍らにある桜の間に古いアメリカ製のピアノが置かれています。
大正11年に宿泊したアインシュタインが弾いたピアノです。
創業当時のレジスターブックが残されています。
宿泊客のほとんどは外国人だったのです。
そこに辰野の狙いがありました。
西洋を取り入れ西洋に学べという時代に辰野は奈良の伝統的なデザインを駆使して世界を受け入れようと構想したのです。
あをによし古都のエッセンスで。
ここが僕らの部屋か。
わ〜い!兄さん『奈良ホテル』ってどこも天井が高いね。
モデュロールからしても高すぎるね。
外国人はみんな大きいと思ったのかな?でもなんだか気持が穏やかになるね。
うん心がゆったりするよ。
あっこの部屋にも暖炉が!でも使われてないな。
『奈良ホテル』のもう1つのシンボルが暖炉です。
館内にはおよそ50もの暖炉が設置されています。
しかし今はまったく使われていません。
なのになぜ残されているのか。
この暖炉に辰野金吾の本当の狙いが隠されているのです。
それはいったい。
『奈良ホテル』は占領軍に接収されました。
アメリカ兵のホテルとなったのです。
そして最大の危機を迎えます。
その名残がベランダに残されていました。
この赤い塗装です。
戦後米軍に接収されまして米軍から建物すべてにペンキを塗れと支配人が指示を受けました。
支配人はバックヤードの社員スペースと欄干だったら塗ってもいいかなということで米軍のキャプテンを説得しましてこの色に塗って現在に至っております。
なぜ占領軍の命令を最小限で食い止めることができたのか。
辰野金吾は知っていたのです。
奈良の本当の力を。
『奈良ホテル』の中に入ると目に飛び込んでくるのは玄関ホールに置かれた赤い鳥居と暖炉です。
この鳥居は春日大社の鳥居の形を模したものです。
『奈良ホテル』は全館スチーム暖房にするために一大改修工事を行いました。
暖炉は必要がなくなりマントルピースともども撤去が計画されました。
ところが…。
どういうわけか辰野金吾は暖炉とその周囲の設えを空間の要であり床の間のような存在だととらえていました。
奈良の人々はその暖炉がなくなればホテルの魅力が一気にうせてしまうと考えたのです。
ということはこれは…。
うん日本の心と。
西洋の心が。
合体しているんだね。
そうだったのか。
天真爛漫な組み合わせって感じがするね。
辰野金吾さんって結構おもしろい人だったんじゃないかな。
顔を見るとおっかなそうだけどね。
奈良は木造建築のふるさとです。
堅牢さを誇る校倉造りの正倉院。
東大寺は世界最大級の木造建築。
誰よりも西洋建築を知っていた辰野金吾は奈良の木造建築の強さと美しさを知っていたのです。
二度と造れない豪勢な木の空間です。
ホテルという空間は西洋そのものですがその造りは日本の伝統工法。
たわむこともなく歪むこともなく100年の歳月を支えてきた確かな木組みの技術。
無名の匠たちの繊細な技が雅な空間をつくり出しています。
西洋とは何か。
日本とは何か。
辰野金吾は2つの文化を伸びやかに融合させたのです。
この奈良という土地で。
懐かしいって実用性がないんです。
おそらくねそうかわかったぞ。
兄さん何が?初めて来たのに懐かしいと感じた理由さ。
コルビュジエ父さんもスイスにいた若い頃いくつも木造の家を造ってたろ。
だからなのか。
って兄さん何食べてるの?餡パンだよ。
和洋折衷を味わっているのさ。
ひと口ちょうだいよ。
やだよ。
兄さんずるいよ!1300年の歴史を誇る奈良の都です。
かつて飛鳥山と呼ばれた小高い丘に今も優美な姿を広げています。
時のぬくもり。
古都の薫り。
辰野金吾作『奈良ホテル』。
あをによしまほろばの宿。
この料理あなたはおそらく食べたことがないはず。
2014/08/23(土) 22:00〜22:30
テレビ大阪1
美の巨人たち 辰野金吾『奈良ホテル』[字]
毎回一つの作品にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎を探る美術エンターテインメント番組。今日の作品は、日本の建築シリーズ第3弾、辰野金吾作『奈良ホテル』。
詳細情報
番組内容
4週連続日本の建築シリーズ第3弾!今日の作品は“関西の迎賓館”辰野金吾作『奈良ホテル』。日本の伝統的な工法、技術を駆使した100年以上の歴史を持つ名門ホテルです。重厚な桃山御殿風の木造建築の中は豪壮な檜造り。大階段には擬宝珠、太い一本の檜を削り出した手すり。奈良に相応しいホテルを問い続けた辰野は、そこに和洋折衷のホテルを造りあげたのです。“日本近代建築の父”だからこそ辿りついた辰野ならではの美学とは?
お知らせ
★8月の「美の巨人たち」は日本の建築シリーズ★
【今後の放送予定】
8/30 国宝・醍醐寺五重塔
ナレーター
小林薫
音楽
<オープニング・テーマ曲>
「The Beauty of The Earth」
作曲:陳光榮(チャン・クォン・ウィン)
唄:ジョエル・タン
<エンディング・テーマ曲>
「終わらない旅」
西村由紀江
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/
ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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