徹子の部屋 岩本恭生 2014.08.21

(黒柳)これがご家族の写真です。
子供たちはもっと大きくなりました。
大変悲しいことがあったんですけど今日は何が何でもお願いいたしまして。
何といっても遅れてきた天才といわれていらっしゃるモノマネの天才でいらっしゃるので…。
岩本恭生さん。
今日一番最初にジュリーをお願いいたしました。
しばらく私たちは見ていないあのジュリーをぜひ見せていただきたいということでどうぞお楽しみいただきますね。
じゃあ沢田研二さんお願いいたしましょう。
じゃあいつものように…ジュリー!「壁ぎわに寝がえりうって背中できいている」「やっぱりお前は出て行くんだな」「悪いことばかりじゃないと想い出かき集め」「鞄につめこむ気配がしてる」「行ったきりならしあわせになるがいい」「戻る気になりゃいつでもおいでよ」「せめて少しはカッコつけさせてくれ」「寝たふりしてる間に出て行ってくれ」「アアアアアアアアアア」「アアアアアアアアアア」ジュリー!いやージュリー!ありがとうございます。
どうしてそういうふうに色っぽくいくんでしょうね?もう…はい必死です。
えっ?必死なんです。
随分しばらくぶりでしたね。
そうですね。
テレビでこうやって真剣にやるのはすごい久しぶりで。
でも遅れてきた天才でいらっしゃるので大丈夫。
ジュリーの色っぽいジャケットの脱ぎ方とかってあるんですって?なんか。
はい。
別に色っぽくはないんですがこの衣装は七変化…ジュリーの8曲七変化の1曲の『勝手にしやがれ』で。
ええ。
それで普段はこの…歌い終わった後に着替えるんです。
早替えを。
なるほどなるほど。
色っぽく脱ぐというよりはこんな感じなんです。
相当ですね。
本邦初公開でございます。
これ暗い時に…徹子さんバッと着替えて。
すぐできるように早替わりを。
で後ろこうやって…。
あっ次のやつに。
こんなのになってるんですね。
なるほど。
もうあっという間に着替えるという。
そうですか。
じゃあちょっと着替えていただいて…。
そうですね。
私もこれじゃあなんか…すごいぶざまですから。
その間にあなたがやってらっしゃる…大体メーキャップとかなんか全部おやりにならないとモノマネねいつもなさらないのできちっとやってらっしゃる録画を拝見してますのでその間に次の格好になってていただいてよろしいですか?皆様にはどうぞ…ビデオで岩本恭生さんご覧いただきますから。
じゃあちょっとお着替えください。
じゃあビデオです。
「真綿色したシクラメンほど」「清しいものはない」わあすごい!そっくり。
「ちいさなことと」
(観客)「アッコ!」「笑って許して」
(観客)「アッコ!」「こんな私を」ハハハ…。
すごい。
「名もなき星たちよ」「せめて鮮やかに」「その身を照らせよ」「我は行く」そっくり。
「心の命ずるままに」すごい…。
「我も行く」「さらば昴よ」谷村さんこんなに前似てましたっけね。
それですよ今。
そうですよね。
進化をしているという…はい。
あの鼻のセロテープなんかすごいと思いましたね。
そっくり。
いやどうもどうもどうも。
どうも。
お着替えしてくれて。
今拝見してたんですけど。
まあ布施さんはね前も本当にそっくりと思いましたけどもまあますますもって和田アキ子さんが。
もう和田アキ子さんとしか見えないですよねあれではね。
それから今の谷村新司さん。
笑っちゃいましたね。
セロテープこうつけてらして…前ああいうふうにしてやってらっしゃらなかったですよね?確か。
そうですね。
あの…さほど似てなかったかもしれないですね昔は。
だんだんと…。
もうね谷村さんそのもの。
ありがとうございます。
びっくりしました。
すごいですね。
写真があるのでちょっと見せていただきますね。
お写真はそのまたね上手…。
これ谷村さん。
もう本当に谷村さんとしか見えないですよね。
谷村さんに本当に私見せてあげたい。
「これあなたですよ」って。
ねえ。
びっくりすると思います。
恥ずかしいですね。
もう谷村さんそのものです。
それから他…。
この布施さん。
この布施さんはやっぱり似てらっしゃるんだけど写真だと一番似てる形がね。
そうですね。
この角度とかこの口の閉め方とか筋肉…頬骨をちょっと硬くするとか。
そう…。
これなんかもうそっくり。
布施さんとしか見えないですよね。
そうですかね。
どうしたって布施さんって言っちゃいますよね。
それから和田アキ子さんも見せていただきます。
これまたね…この時はお洋服白いんですけどね。
これよりもっと白いのだともっと似てる。
そうですね。
どうしたってパッと見たら和田アキ子さんだと…。
和田アキ子さんから全然クレーム出ません?ええおかげさまで。
大丈夫?今北海道のほうにお暮らしなの?そうですね。
2年前に父がちょっと他界しまして母親一人になったので…。
東京に来ないかと言ったんですけどやっぱりね当時86ですから…ちょっと来たくないと。
お年召した方によるとお友達やなんかとかね…。
そうなんですよ。
兄弟それからね親戚友達。
そういう方たちと離れて一人で知らないとこへ行くのはやっぱりね。
結局それでじゃあ母親のいる札幌へ家族全員で行こうという。
あっそうなんですか。
で今は札幌にいらっしゃるっていうことですね。
それでまあ今日はとても素晴らしい…もっと本当は似てらっしゃるのがあるのでやっていただきたいんですけどちょっとお話もと思って…。
実は奥様が?はい。
ねえ。
そうですね。
2月?はい。
今年の2月9日に…。
亡くなったんですってね。
はい。
そうなんですね。
前においでになった時…とてもね素敵なね奥様。
ちょっとこの時お体の具合で…。
お母様と息子さんあとお嬢さんとあなたとそれで奥様だったんですけど。
この前2011年の時ここへいらしていただいた時に奥様が脳腫瘍におなりになってね手術をなさったんだけど。
でもまあ後遺症残ったんだけど…。
奥様奇麗な奥様なんですよ。
それで左手がちょっと不自由だけど…。
でもこの2月に奥様がお亡くなりになることは考えてもいないぐらいの急のことだったんですって?あまりにもちょっと想像もしていませんでしたから。
あまりにも突然でびっくりしたほうが強かったですね。
で奥様はその時仰ったのはそういった脳腫瘍の後遺症は残ったんで車椅子になったりはしたんだけども色んな…お台所とかね色んなことを随分やるようになってって…。
やっぱり訓練っていうか毎日家事を手伝うことで多少はできるようになるんですね。
これもそうなんですよ。
左…。
そうです。
左手にマヒが残ったんですか?そうですね。
だけど右のほうで切って。
あなたあそこで見て…。
心配そうな顔をしてると思うんですけどね。
でも奥様ね一生懸命何かお野菜かなんかね切ってらっしゃるんですね。
でもこんなふうに…バリアフリーのお家にお住みになるようになって奥様もお母様もそこでいいと…。
でもいざ住んでみるととてもいいんだけど…お母様もいい方なんだけど嫁姑って今まで一緒に暮らしていなかったので…。
いやそうなんですよね。
僕自身も久しぶりに母と一緒に生活しましたから。
まず30年ぶりぐらいですかね。
あっそうですか。
ですからやっぱりちょっとギャップがありましたし。
まして嫁と姑とそれからうちの妻が障害者ということもあってそれはなんか一緒に生活するとなるとなんか受け入れられないみたいなんですね。
なるほどね。
お互いに気も使うみたいだし。
お買い物になんか3人で行くと行ったところでばらばらになる…。
もうそれはね戦争のようですね。
あっそう。
うちの母もちょっと足が不自由なので2人を車に乗せるだけでもまず15分ぐらいかかるんですね。
そうですよね。
奥様車椅子だしね。
車椅子を畳んでそうやって必死な思いをして…。
スーパーに行って買い物するんですけど。
でもやっぱりね外に連れていってあげないと…。
そうですよね。
人のいるところとかね人声とかね物とか。
そうなんですね。
目で実際見てなんか楽しむんでしょうね。
お母様87でいらっしゃる?はい。
今年87です。
それで一緒にいらっしゃるのはいいんだけどあっという間にばらばらの方角行っちゃうんで…。
いや本当ですね…。
わかってはいたりですね想像はしてたんですけど。
やっぱりその…何ていうんですか?同居するというのは…僕の母親なんですけどえっこんなに…。
まあねちょっとテレビ見てたら言いづらいんですけど頑固なんですね。
ああそうなの?元々がお父様も亡くなったりして…頑固ではいらっしゃるんでしょうけど。
あなたを育ててくださったんですからね。
そうなんですよね。
でもやっぱりどうしても自分の親っていう甘えがあってね。
僕も最初は我慢してうんうんうんうんと聞き流すように。
否定はしないように。
お年もね…だしっていう。
そうですね。
決して否定をしちゃいけないと。
だから5回ぐらい聞いた話もそれ5回言ったよとは絶対言わないように。
そうそうそうそう…。
「へえー」って…。
努力してるんですけどだんだん大きく深くなってくるとですねもうおばあちゃんいいかげんにしてよって…。
わかりますよねそういうのってね。
毎日の生活で仕事もあるしねあなたはね。
そりゃ大変。
もう自分で情けないですねでも。
60過ぎてそんなちっちゃなことでイライラしてぶつけてしまう。
ちょっと怒ったりケンカしたりするんですよ。
もうそのケンカした後は反省ですね。
自分ってなんてちっちゃな人間だろうとか。
でもなかなかそういうふうに何ていうんですかね?「大丈夫大丈夫。
うんいいよ」っていうふうには…。
毎日の積み重ねなんでね。
はい。
子供たちは子供たちでね毎日毎日色んなことやってくるわけでしょ?そうですね。
もう子供たちは7年前に僕が主夫をやった時とまたすっかり変わってますから。
ああなるほどなるほど。
7年前は小学校1年生と小学校3年生だったんです。
うんうん。
その2人がもう高1と…。
奥様が倒れた時ね。
はい。
もうそんなになってますから。
お嬢さんが…。
高校1年生。
高校1年生。
で弟が中学2年生です。
まあね大きくなったらね。
でも奥様が亡くなった日のことを子供たちもみんな自分のせいみたいに思ってるんだそうですけどもなんか…。
そうなんですね。
僕が仕事でたまたま東京に行ってた時なんですね。
あなたいらっしゃらなかったの?はい。
そうなんですよ。
息子がサッカーで…練習で早く出かける時にやっぱりちょっと…普段は起きてくるのに起きてこない。
なんか心配だったみたい…。
で昼の10時すぎにお姉ちゃんが起こしに行って発見したという…。
息をしてらっしゃらなかった…。
はい。
そうですね。
それでもう本当に…電話がかかってきて「ママが!ママが!」と。
びっくりしたでしょう?ねえ…。
なんか…亡くなった晩ですか?息子さんがなんか布団に潜り込んできたんだって?そうですね。
あの…実を言うと潜り込んだんではなくて僕が息子のベッドに潜り込んだんです。
あなたが?ずっと自分のその部屋に寝られなくてですね。
あっそう。
ええ。
僕の奥さんと自分が寝てたんですね寝室。
そこでやっぱり寝れなくて息子のちっちゃいベッドに間借りをしてですねそうですね…四十九日ぐらいまではずーっと居候させてもらったんです息子の部屋に。
そうですよね寂しいですよね。
四十九日が経ってから僕やっと自分の部屋で寝れることができたんですけど今度息子が僕のベッドに…。
奥様の介護用の上等なベッドがあったんで…。
はい。
それはちょっと…やっぱり捨てる気はしなくてですね今そのベッドで…。
そうですってね。
あなたと息子さんとね。
息子さんはあなたのところに潜り込んで寝てるってね。
まあそんなふうだと思いますよ。
でも随分あなたは子供たちのお弁当を?はい。
昔は月〜金で…土日お休みじゃないですか。
今は部活を始めたので高校入って。
休みないんですお弁当の。
サッカーだ何だって?うん。
弁当の休みないって結構つらいんですね。
お弁当も全部1週間お作りになって。
毎日作らなきゃいけなくてですね。
お掃除もしたり色んなことして。
お母様も一緒に暮らしてらっしゃるんだけどお母様そんな具合で87歳にねおなりだからそんな用事をねお母様に…。
でもお母様色々やってくださるでしょうけど…。
なかなか思うように動けないんでまあね…。
でも一生懸命心配して手伝ってくれるんですけど。
そうですよね。
でも子供たちにしてみるとお弁当のおかずも黙って文句は言わないけどお母さんのはこうじゃなかったとかさ色んなことがあるんだろうけど。
たぶん言いたいことはあると思うんですけどね。
あと10年後ぐらいじゃないですか?本音で話してくれるのは。
そうでしょうね。
今はもう真っ最中っていう感じですよね。
この2月に奥様亡くなったんですからね。
でも奥様としては本当にご自分がちょっと…半身不随みたいになってそれでもご飯作ろうとしてらしたりしてやってらしたんだから奥様は奥様でつらかったでしょうよね。
うんそうですね。
かなり心残りだったと思うんですよね。
おいくつでした?奥様。
えっと…52ですね。
ああねえ。
そりゃねお若いですよね。
今みんなね80いくつまでね生きる時代ですからね。
そうですか。
でもお母様は元気にやろうと要支援…。
はい。
「1」ですけど。
「1」なんだけど一生懸命色んなこと日常ご自分のことでできることはなさってらっしゃるそうですけども…。
僕が東京に仕事行ってる時はおばあちゃんが子供たちを朝起こして…。
あっそう。
はい。
食事を作ってくれて。
でもそれはいいですよねそういう肉親のね。
留守番をしてくれる人がいるっていうことがやっぱり子供たちも学校から帰ってきて誰もいないところに帰るよりは…。
でも息子さんサッカーやってらしてお嬢様も何か?高校入ってソフトボールを。
それすごいですよね。
そうなんですよ。
走って?なんかソフトボールを初めて始めて。
ですから僕は2人の応援に行かなきゃいけないんですね。
それも大変ね。
やっぱりお父さんお母さんね応援に行きますから本当に応援のダブルヘッダーみたいに。
ソフトボールの試合を…お姉ちゃんのを見て終わったら息子のサッカーの試合を見て戻ってソフトボールの第2試合を…。
また見て?見て。
もうね一日中…。
日のところで?ですからゴルフ焼けじゃなくて応援焼けなんですね。
応援焼け。
子供の応援…。
突然なんですがお嬢様からお手紙を頂いたんですよ。
うわ…勘弁してくださいよ。
でもちょっとねいつもこんなことはあなたがきっとお嬢様から聞けないことだと思います。
ですからちょっと読みますので。
よろしいですか?いやー…ちょっと待ってくださいよ。
聞いてないですよ僕。
もちろん秘密のうちにいって担当の者がお願いして。
麗奈ちゃんと仰るんですね。
で息子さんが黎音君っていうんですけど。
「パパへ」「ママが天国に行ってしまってからもう6か月も経つね」「麗奈もやっと高校生活に慣れたところだよ」「ママがいない分またパパの主夫生活が始まったね」「汗のマーク」「毎朝どんなに前の日帰りが遅くても朝早く起こしてくれてお弁当を作って笑顔で見送ってくれるよね」「いつもありがとう」「家事も仕事もこなしてすごいなと思う気持ちと疲れてないかなって少し心配になります」「麗奈がソフトボール部に入ってからパパは熱血になって色んなことを教えてくれるよね」「応援の時も誰よりも一番大きな声で“麗奈打ってやれ!”って言ってくれてとってもうれしい反面パパの声が聞こえて緊張しちゃうので適度にお願いします。
笑い」「でも期待には応えられるように頑張るからね」「パパはなんだか今年は違うなって思うよ」「きっとママからたくさんエネルギーをもらってるんだね」「だからもっともっと活躍できるように頑張ってね」「体に無理のないようにお酒も飲み過ぎないでね」「麗奈と黎音は大丈夫。
心配しないでね」「かっこいい岩本恭生としての姿と家でのお父さんとしての姿の全部が大好きだよ」「パパのファンとして応援し続けます」「麗奈より」まあいいお手紙ですね。
すいません…。
よくわかってらっしゃるんですねお嬢さんはね。
でも「かっこいい岩本恭生としての姿と家でのお父さんとしての姿全部大好き」って素敵なねお嬢さんですよね。
高校生になったりするとお父さんのことを何だかんだって言ったりする子もいるみたいだけどお宅のお嬢さんはよく育ってるんだなと思いますよね。
おかげさまで。
麗奈ちゃんお手紙書いてくだすってありがとうございました。
とてもうれしかったです。
ありがとう。
どうもありがとう。
うれしかった?今伺ってたんですけど子供たちがいなかったら一人では立ち上がれなかったって。
奥様亡くなってね。
あんな奇麗な奥様だった…。
幸せそうな元気そうなねお二人だったんだから。
だけど子供たちがいてくれたんで乗り越えることができたっていうのはね本当に…。
これからもお母様大事にしてねお暮らしくださいね本当にね。
それからあなたの芸を見守って…。
最後に…これお願いしても何なんですけどサザンの『蛍』っていうのは封印してるんですって?いやえーと…『蛍』を封印してるんじゃなくてうちの奥さんの遺言だったんですね。
えー…。
去年の8月に出た時に「この曲いい曲でしょ?」って…全員を集めてですね。
ええ。
それで夜の10時ぐらいだったんですかね?呼ばれてみんなで行ってその曲を聴いて…『蛍』を聴いて「あっいい曲だね」…。
「私が逝ったら私のお葬式にこの曲を流して」って言ったんですね。
『永遠の0』っていう映画のテーマにもなった…。
そうですそうです。
はい。
もう…。
あれですよね?だから封印してるって言ったんですがモノマネはしない…。
桑田さんのモノマネは…。
そうですそうです。
でもあれですよね?桑田君のこの曲は『蛍』っていう曲なんだけど本当にこの…『永遠の0』のテーマにはぴったりだったけどなんかその…別れとか色んなことにぴったりですよね。
本当に蛍たちが連れてきてくれたっていう…。
なんかもう本当にうちの奥さんの遺言になっちゃってですね。
でも奥様もなんかそういう覚悟があったんですかね?どこかに。
そうですね。
でもまさか…まさかこんな早く来るとは思わないんですけど。
この曲を妻の遺言で…。
でもこれはやっぱり歌いたい…。
そうですね。
歌いたいですね。
あなただったらお歌いになれるしね。
桑田さんも喜ぶと思いますもんね。
はい。
だからあの…封印っていうのはそういうモノマネみたいなのは…。
モノマネはしないで…はい。
心を込めて…。
そうです。
歌っていらっしゃるのをぜひ拝見したいと思います。
ありがとうございます。
でもあれですよね?こんなはずじゃなかったって思いながらお暮らしだと思って…。
頑張ってくださいね本当にね。
頑張ります。
皆さん応援してください。
ありがとうございます。
岩本恭生さんでした。
続いては上沼恵美子さんです。
おいしいお料理どうぞ。
2014/08/21(木) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 岩本恭生[解][字]

〜愛妻が急死…遺された子どもたちと〜岩本恭生さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
技巧派モノマネで人気の岩本恭生さんがゲスト。今日は黒柳さんのリクエストに応え、沢田研二さんのモノマネを披露!
◇番組内容
おととし父が亡くなり高齢で一人暮らしになった母を心配し、妻子を連れて故郷の札幌に戻った岩本さん。妻・恵美さんは7年前に脳腫瘍を患い、手術後は車いす生活を送っていたという。結婚して初めて嫁姑が同じ家に住むことになり、多少の波風はあったものの徐々に落ち着いた生活ができるようになった矢先…妻が52歳の若さで急死。妻の死を悲しむ余裕もなく、87歳の母と子どもたちの食事の支度や洗濯に忙殺される日々だと語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
◇解説放送
小松靖(テレビ朝日アナウンサー)

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
映像
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
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