朝日新聞による「吉田調書」スクープは誤報だったのか? ノンフィクション作家の門田隆将氏が5月31日にブログ上で疑義を投げかけて以降、週刊誌を巻き込んで議論が広がっている。
吉田調書の土台になっているのは、東京電力・福島第一原発所長で事故対応の責任者だった故吉田昌郎(まさお)氏の証言だ。その意味で、調書を分析するとしたら門田氏はうってつけの専門家だ。何しろ、生前の吉田氏に長時間インタビューしたほか、90人以上の第一原発現場関係者に取材して『死の淵を見た男』(PHP)という本にまとめているのである(朝日は門田氏に取材していない)。
門田氏の問題提起をきっかけに吉田調書スクープに改めて注目が集まるなか、朝日は自らの紙面上では静観を決め込んでいる。本来なら、議論の中心に同紙がいなければならないはずなのに・・・。
命令に違反したのか、それとも従ったのか
5月20日付朝刊の第一報以降、朝日はデジタル版も活用しながら連日1面で続報を放ち、異例の力の入れようだった。
それもそのはず、「原発 命令違反し9割撤退」という見出しが示すように衝撃的な内容を含んでいたからだ。東日本大震災から4日後の3月15日、福島第一原発にいた所員の9割が待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していたというのだ。
日本ばかりか世界でも注目された。韓国では、船長が真っ先に逃げ出したセウォル号沈没事故が連想され、「日本版セウォル号」と報じられた。吉田調書スクープは埋もれていた重大ニュースを掘り起こしたと見なせたからこそ、5月23日付の当コラムでもお手本とすべき調査報道として紹介したのである。
その吉田調書スクープに疑義を挟む週刊誌が相次いでいる。週刊ポストは6月20日号で「虚報」、写真週刊誌FLASHは同月24日号で「ウソ」と断じている。いずれも門田氏への取材を基に記事を構成。さらにはサンデー毎日が同月29日号でジャーナリストの布施祐仁氏の記事を掲載し、「異議あり!」と報じている。
詳しくは上記の3誌を読んでいただきたいが、3誌共通のポイントは「所員は命令に違反して退避したのではなく、命令に従って退避した」である。
確かに、吉田調書からは「明確な命令違反」というニュアンスは伝わってこない。吉田氏は調書の中で「福島第一の近辺で(中略)一回退避して次の指示を待てと言ったつもり」としながらも、「2F(福島第二原発)に行った方がはるかに正しいと思った」とも語っているのだ。
これに対し、朝日は「(スクープは)確かな取材に基づいている」と主張し、週刊ポストとFLASHの記事について「誤っている」と断定。「報道機関としての朝日新聞社の名誉と信用を著しく毀損する」として抗議するとともに、訂正と謝罪の記事掲載を求める文書を送っている。
門田氏や布施氏の指摘は誤っているのか
どちらが正しいのか。キーパーソンは吉田氏だが、故人であるので確認のしようがない。その意味で、生前の吉田氏への長時間インタビューを基にして門田氏が書いた『死の淵を見た男』は貴重な判断材料を提供してくれる。
同書を読むと、避難先として出てくるのは常に福島第二原発であり、誰もがそれを当然のように受け止めていたことが分かる。たとえば、原子炉の中央制御室当直長だった伊沢郁夫氏は同書の中で「最小限の人間を除いて、2Fへの退避を吉田さんが命じたんです。退避を命じることでができたことで、吉田さんはある意味、ほっとしただろうと思った」と語っている。この文脈では「所長の命令に従って所員は第二原発へ撤退した」だ。
朝日が第一報を掲載した5月20日付朝刊には次の記述がある。
〈 朝日新聞が入手した東電の内部資料には「6:42 構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう(所長)」と記載がある。吉田調書と同じ内容だ。 〉
これは東電内部資料からの引用であり、3月15日午前6時42分に吉田氏が社内のテレビ会議で発した命令だ。この資料は「柏崎メモ」として知られ、門田氏も持っている。吉田氏が第一原発構内にとどまるよう明確に指示している記録を含んでいるという点で、スクープ性では柏崎メモは吉田調書を上回っているようにも思える。
これについて門田氏の意見を聞いてみた。同氏は「柏崎メモをどこまで信頼していいのかという問題がある。さらには、午前6時42分の時点で所員の大半はすでに福島第二原発への退避を始めており、構内に残れという指示を聞いていないはず」と説明してくれた。
ここはサンデー毎日の記事内容と一致する。筆者の布施氏は当時の福島第一原発所員に改めて取材し、「僕らは2F(第二原発)へ退避という指示しか聞いていません。(中略)使命感が強かったので、残れと言われれば残っていました」というコメントなどを紹介している。
繰り返しになるが、これに対して朝日は「確かな取材に基づいている」と主張し、法的措置も辞さない姿勢を見せている。朝日から抗議文を受け取った門田氏は「私は言論活動を通じて問題点を指摘したのに、朝日はいきなりけんか腰で法的措置をちらつかせている。言論機関としていかがなものか」と語る。
この点では門田氏の言う通りだろう。朝日は自らの紙面を通じて「確かな取材」とは何であり、門田氏や布施氏による指摘のどこが「誤っている」のか具体的に説明すべきではないのか。世間がこれだけ騒いでいるというのに静観を決め込んでいては、読者に対する説明責任を放棄していると言われても仕方がない。
「確かな取材」の根拠を紙面上で示すべき
そもそも、吉田調書を入手して「命令違反し9割撤退」と報じる際、取材対象として誰が最も重要なのか。「命令違反を承知で現場を放棄し、福島第二原発へ逃げた所員」だ。朝日がそのような所員を何人か見つけ出し、実名で「怖くて現場を放棄してしまいました」と証言させていたら、スクープの信憑性は揺るがなかっただろう。第三者が検証できるからだ。
朝日は「命令違反を承知で現場を放棄し、福島第二原発へ逃げた所員」をどれだけ見つけ出したのだろうか? それとも、そのような所員を見つけ出さないまま「命令違反し9割撤退」と報じたのだろうか? 少なくとも布施氏の取材ではそのような所員は出てこなかったのだから、読者にしてみれば朝日の反論を聞きたいところだろう。
私は朝日に対して、①担当記者は『死の淵を見た男』を読んだのか②読んだとすればこれまでの報道でなぜ触れていないのか③週刊ポストなど3誌の記事のどこが間違っているのか④「取材は確かであり、検証の必要性ない」と判断しているのならその理由は何か---といった質問を送ったが、回答を得られなかった。
実は、大手新聞社の紙面を点検すると、自らの報道について自らの紙面上で検証する機能がそろって弱い。朝日は有識者で構成する紙面審議会を年に数回開催し、要旨を紙面で紹介している。検証機能という面では大手新聞社の中では積極的な方だ。だが、年に数回では機動的に対応できないし、学者や経済人ら有識者が委員では専門的な批評も期待しにくい。
朝日が「クオリティーペーパー」を自認するならば、米ニューヨーク・タイムズの「パブリックエディター」に匹敵する機能を備えるべきだろう。パブリックエディターはベテランジャーナリストが務め、編集局からも論説委員会からも独立して是々非々で紙面を批評するポストだ。
パブリックエディターは読者からの声を直接聞き入れ、紙面を通じて答えているので「読者代表」ともいえる。自らの定期コラムを持ち、取り上げる記事の内容については担当者に取材して書いている。吉田調書スクープであれば、同スクープを担当したデスクや記者に「確かな取材とは具体的に何か」などと質問し、紙面上で実名でコメントさせるわけだ。「逃げ出した所員の証言がない」などの反省点があれば、遠慮なく紙面上で指摘することになる。
今からでも遅くない。吉田調書スクープについて紙面上で「確かな取材」の根拠を示せれば、それで読者に納得してもらえるし、法的措置を取らなくても済む。仮に取材不足が明らかになっても気にする必要はない。問題点を浮き彫りにし、今後の教訓にする姿勢を示せば、むしろ紙面の評価を高めることになろう。法的措置をちらつかせるだけで黙っていては、「新聞不信」を助長させるだけだ。
著者:牧野 洋
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