NHKスペシャル「水爆実験60年目の真実 ヒロシマが迫る“埋もれた被ばく”」 2014.08.21

氷点下の漁村を一軒一軒訪ね歩く人たちがいました。
長年被ばくの調査を行ってきたヒロシマの科学者です。
探していたのは60年前太平洋ビキニ環礁周辺にいた漁船員の歯です。
漁船員の歯を調べる事でヒロシマの科学者たちはこれまで国が認めてこなかった被ばくを明らかにしようとしています。
日本から南へ3,700km…アメリカは水素爆弾の実験を行いました。
威力は広島に投下された原爆の1,000倍でした。
大量の放射性降下物いわゆる死の灰が周辺に降ります。
この時160km離れた海で日本の遠洋マグロ漁船第五福竜丸が操業していました。
23人の漁船員全員が被ばく。
半年後無線長の久保山愛さんが亡くなります。
水爆実験は2か月半で6回。
周辺には数多くの漁船が操業していました。
しかし日本政府はほかに漁船員が被ばくしたとは認めませんでした。
実験の翌年アメリカから200万ドルの見舞い金を受け取る事でこの問題を終わらせたのです。
それから60年。
ヒロシマの科学者たちが第五福竜丸以外の漁船員の被ばくを初めて明らかにします。
被ばくの痕跡が歯や血液から次々と見つかりました。
更にアメリカでも新たな事実が判明します。
公開された極秘文書の中にこれまで存在しないとされてきた漁船員たちの検査記録があったのです。
アメリカに送られていた漁船員たちの被ばくの記録。
この事実が隠されてきたのには訳がありました。
東西冷戦が激しさを増していた1950年代。
アメリカはソ連との核開発競争で優位に立とうとしていました。
アメリカは核開発の邪魔になるものは全て取り除きました。
この日本人漁船員の被ばくも同じように隠してしまったのです。
日米両国で見つかったデータを重ね合わせると更なる事実が浮かび上がりました。
死の灰を浴びた可能性がある漁船は100隻近くにも上っていたのです。
国家の思惑の陰で亡き者にされた漁船員たちの被ばく。
広島が解き明かす60年目の真実です。
去年4月広島でビキニ水爆実験の被ばくを明らかにするプロジェクトが立ち上がりました。
集まったのは被爆者の体に残る放射線の影響を長年調べてきた専門家たちです。
リーダーは放射線物理学の第一人者広島大学の星正治さん。
統計学で被ばくと病気の関係を明らかにしてきた大瀧慈さん。
そして血液学を専門とする田中公夫さん。
多くの漁船員が暮らす高知からもメンバーが加わりました。
元高校教師の山下正寿さんです。
昭和54年の調査。
プロジェクト発足のきっかけになったのは山下さんが長年にわたって行ってきた漁船員の追跡調査でした。
それは25年前高校の生徒たちと行った一つの調査が出発点となりました。
地元の漁師からビキニ周辺で操業していた船が港の近くに捨てられていると聞き放射線量を調べてみる事にしたのです。
(測定器の音)どういう事?これ。
なぜ?水爆実験から30年以上たっているにもかかわらず毎時1.5マイクロシーベルト。
自然界の37倍の放射線量が検出されました。
漁船員は水爆実験のあとどうなったのか。
山下さんは204人の実態調査を行いました。
健康状態について返ってきた答えは驚くべきものでした。
ガンなどの病気で全体の3割61人が既に亡くなっていました。
更に一般の男性ではおよそ1万3,000人に1人発症するとされる白血病で亡くなった人が3人もいたのです。
しかし山下さんには病気と被ばくを結び付ける術はありませんでした。
そこに協力を申し出たのが長年被ばくを研究し続けてきたヒロシマの科学者たちでした。
アメリカが投下した2発の原子爆弾によってその年だけで21万人以上の命が奪われました。
生き残った人たちもその後次々とガンや白血病などの病気に襲われます。
病気は被ばくのためだと人々は国に原爆症の認定を求めました。
しかし認められない人が相次ぎます。
そうした人々の体に残る放射線の痕跡などからヒロシマの科学者たちは被ばくを証明してきました。
これまで培ってきた技術があれば60年前の事実でも明らかにできると考えたのです。
プロジェクトは今回漁船員の被ばく線量を測り健康への影響が現れるとされる国際基準の100ミリシーベルトを超えるかどうかに注目します。
リーダーの星さんは漁船員の歯を集める事を提案しました。
絶えず細胞が入れ代わるほかの組織と異なり歯は入れ代わらないため被ばくの痕跡が残ります。
歯の表面を覆うエナメル質。
ここに放射線が当たると組織に異常が起きます。
異常は原子と原子をつなぐ電子に現れます。
放射線が当たると2つの電子のうち1つが飛ばされます。
異常が見られた電子の数を数える事で浴びた放射線量を導き出す事ができるのです。
プロジェクトチームの山下さんは漁船員たちの歯を探し始めました。
以前調査で訪れた事がある漁船員の家を回ります。
おはようございます。
三崎丸という船の事でヤスヒロさんにお聞きしたいんですけど…。
分かりませんけど。
(山下)寝ておられるんですか?漁船員本人に出会えてもなかなか歯は見つかりません。
おはようございます。
(山下)自分の歯はありますか?
(山下)ない?全部。
全部ない。
60年の空白が調査の前に立ちはだかりました。
プロジェクトチームが被ばくの実態に迫ろうとするビキニ水爆実験。
それはアメリカが広島長崎の原爆投下から9年後に行いました。
この時被ばくが公になったのが…日本政府は脱毛ややけどなど放射線による急性症状が現れた漁船員23人の被ばくを認定します。
実験はその後も繰り返されました。
大量の放射性降下物死の灰が太平洋に降り注ぎました。
この間周辺の海域では多くの漁船員たちがマグロを追っていました。
被ばくを疑う声が上がりましたが国が認める事はありませんでした。
なぜ漁船員たちは自ら声を上げてこなかったのか。
そこには漁船員たちが抱える事情がありました。
桑野さんが乗っていたのは高知県室戸市の遠洋マグロ漁船…1954年2月下旬日本を出港。
1か月後にビキニ環礁から1,300kmの所で2回目の水爆実験に遭遇します。
その時乗っていたのは平均年齢25歳20人の漁船員。
実験から20年が過ぎた頃からガンや心臓病などで次々と亡くなっていきました。
今生き残っているのは3人だけです。
桑野さんは仲間の死が被ばくによるものだと思いつつも声を上げる事はできませんでした。
隠してましたね。
国の対応に不信感を抱きながら被ばくの疑いを口に出せなかった人もいます。
桑野さんと同じ第二幸成丸に乗っていた…当時17歳。
ビキニから日本に戻った直後国による体の放射線検査を受けた事を覚えています。
測定器は激しく鳴っていたと言います。
しかし国から結果を知らされる事はなくその後も何も対応はありませんでした。
国が漁船員に対して行った検査の結果はどうなったのか。
山下さんが当時の資料を探したところ厚生省が作成した放射線検査のマニュアルが見つかりました。
船体や魚だけでなく人の体の被ばく線量を測るよう指示しています。
水爆実験の翌年に国に出された検査の報告書も見つかりました。
第二幸成丸の検査結果。
船体と魚から出た放射線量は記載されています。
ところが漁船員の体の測定結果はどこにも記されていませんでした。
マグロよりも人間大事ですからね。
マグロよりも人間の影響を記録したものを真っ先に出さなきゃいけない。
そこに意図的なものを感じる。
なぜ最も重要な体の記録が示されないのか。
山下さんが国や県に説明を求めたところ答えが返ってきました。
「体の検査記録は残っていない」というものでした。
高知県選出の議員も国会で国の見解を問いましたが答えは同じでした。
国は当時の検査記録がない事を理由にその後も一切の対応を拒み続けたのです。
国に何か言ってももう窓口は厚生省は閉じてます。
「解決済みです。
資料はありません」の一点張りですからそこから全然進めません。
何度も諦めましたよ。
諦めかけたですよ。
この壁の厚さというのは並ではない。
被ばくの疑いを持ちながらもそれを証明する術がない中で漁船員たちの沈黙は続いてきました。
ヒロシマの科学者たちが被ばくの実態を明らかにしようと動き出して半年。
抜いた歯が見つかったという知らせが星さんのもとに届きました。
度々すみませんね。
・ご苦労さんです。
星と申します。
どうも。
よろしくお願いします。
男性は9日前歯医者で歯を抜いたばかりでした。
これ歯。
どうもありがとうございます。
乗っていた遠洋マグロ漁船…水爆実験の現場から1,300kmの海域にいました。
一緒に乗っていた2つ上の兄は皮膚ガンで亡くなりました。
歯は仲間の研究室に持ち込まれ表面のエナメル質だけを分離しました。
マイクロ波を当て成分を分析する特殊な機器を用いて異常な電子の数を数えます。
分析を重ねて1か月。
結果が出ました。
割り出された放射線量は414ミリシーベルト。
この値には日常生活での被ばくも含まれています。
自然に浴びる放射線過去のレントゲンの記録などから計算した医療被ばくの推定値。
これらを引くと319ミリシーベルト。
星さんたちが注目する100ミリをはるかに超えていました。
ビキニから1,300kmで検出された319ミリシーベルト。
これは広島の原爆で爆心地から1.6kmで被爆者が浴びた放射線量とほぼ同じです。
広島では被爆者健康手帳が交付され医療費の全額補償を受けられます。
ビキニの被ばくっていうのは何か見過ごしてきた感がありますね。
(星)初めてですねビキニの被ばくは。
全く初めてですねこれは。
国が60年間認めてこなかった漁船員の被ばく。
ヒロシマの科学で初めて明らかになりました。
去年11月血液解析が専門の田中さんも高知を訪れました。
より多くの漁船員が提供できる血液で更に被ばくの実態に迫ろうと考えたのです。
調べるのは血液の細胞の中にある染色体の異常です。
放射線が人の体を貫くと細胞の中にある染色体のいくつかが切断されます。
切断された染色体は元に戻ろうとしますがその時誤って別の染色体と入れ代わったり2つの染色体が1つになったりしてしまいます。
この手法では歯による調査ほど正確な被ばく線量を測る事はできません。
しかしより多くの漁船員を調べる事で被ばくの広がりを把握できます。
この日室戸市で行われた採血には9人の元漁船員が集まりました。
これまで口を閉ざしてきた元漁船員たちが進んで血液を提供しました。
水爆実験の直後国の放射線検査を受けながら結果を知らされなかった…船に乗っていた仲間たちのために調査を受ける事にしました。
一緒に炊事当番をしていた同級生の寺尾良一さん。
水爆実験から23年後2人の幼い子どもを残し40歳で突然亡くなりました。
肝臓ガンの疑いでした。
久保さんは寺尾さんの死は被ばくの影響だと思ってきましたが証明する術はありませんでした。
60年目にして受ける事になった今回の調査。
自らの検査結果で被ばくした事を明らかにしたいと考えています。
高知や愛媛宮城などから集まった血液は8隻18人分。
3,000人以上の被爆者の染色体を見てきた田中さんが解析に臨みます。
田中さんは染色体の異常を一つずつ確認していきます。
2本の染色体が誤ってくっついています。
原爆被爆者にも多く見られる異常です。
一つの細胞の中には46本の染色体があります。
見ていくのは1人当たり1,300個の細胞。
そのうち異常が見つかった細胞がいくつあるのか数える事で被ばくの程度を明らかにしていくのです。
体の中に残る僅かな痕跡から被ばくを見つけ出す作業が続いていました。
ヒロシマの科学によって明らかになり始めたビキニの真実。
水爆実験を行ったアメリカでも今年2月新たな事実が見つかりました。
実験から数十年を経て公開された当時の極秘文書の中にそれはありました。
日本の厚生省がまとめ外務省を通じてアメリカ国務省に渡った検査の記録です。
被ばくした船のリストです。
船名帰港した港日付。
魚と船体が浴びた放射線量。
その隣には漁船員の被ばく線量が記されていました。
国がこれまで存在しないとしてきたデータです。
漁船員の被ばく線量は最大で500カウントまであったと記されています。
複数の専門家による推計に基づいて計算すると毎時2.5マイクロシーベルトという値になります。
水爆実験から数週間たって帰港した時点でも漁船員の体から被ばくによる影響が認められていたのです。
問診の記録もありました。
血便など広島や長崎の被爆者の急性症状にもよく見られた症状です。
記録によれば14隻の漁船員の体から放射線が検出されていました。
しかしアメリカは被ばくの事実をつかみながら水爆実験を続けました。
被ばくによる人体への影響に目を向ける事はなかったのか。
核兵器の開発を担うエネルギー省で機密文書に接していた…前の年ソ連が水爆実験に成功したという情報が伝わる中でビキニの実験に臨んだアメリカ。
アメリカ政府はこれまでにない焦りを感じていたといいます。
アメリカは核兵器の開発に不可欠だった核実験が中断される事を最も恐れていました。
実験の邪魔となる不都合な事実は全て極秘としました。
だからこそこの日本人漁船員の被ばくの事実も隠してしまったのです。
アメリカに渡っていた検査記録。
日本には残されていないのか。
当時アメリカに記録を渡したと見られる外務省に情報公開請求を行いました。
こちらが今回公開されたビキニ事件に関する公文書です。
出てきたのは水爆実験の年厚生省が独自にまとめた放射線の検査報告書です。
魚船そして人体。
厚生省は確かに漁船員の体の被ばくを調べ記録を残していたのです。
久保さんや桑野さんが乗っていた第二幸成丸の記録もありました。
亡くなった通信士の頭髪からは224カウント。
毎時1.1マイクロシーベルトの放射線が検出されていました。
アメリカの文書にあった14隻のほかにも新たに14隻の漁船員に被ばくがあった事が分かりました。
国に何度問い合わせても資料はないと門前払いされてきた山下さんです。
こんなのあるんだ。
ちょっと許せんねこれは。
これだけのものがあって「ないない」と言ってたんだからね。
資料があったんだったらなぜ早く明らかにして救済とか治療とかの方に生かさなかったのか。
当時の厚生省の事情を知る人物が初めて取材に応じました。
蔵田さんは第五福竜丸以外にも被ばくした漁船員はいたと感じていました。
しかし検査は途中で打ち切られたといいます。
歯がゆいというかもっとしっかりせないかんと自己反省しますよね。
しかもあの当時厚生省にいたんだからもうちょっとしっかりせえと自分に責めたいですよ。
日本の国にとってこれはおぞましき事で消すべき事だと思う訳ですよ。
国民全部にそういう被害者みたいな感情を持たれて行動でも起こされると困る。
問題は深いですよ。
そのために死んだり病気になったりした人がどれだけいるかっていう事ですよね。
その調査もろくにしていない。
補償もろくにしていない。
当時の極秘文書からはアメリカが水爆実験で被害を受けた日本に対しある秘密工作を行っていた事も明らかになりました。
当時のアイゼンハワー大統領はその秘密工作を行うため直属の組織を設けていました。
OCBと呼ばれる組織です。
OCBは他国の世論を動かす心理作戦を担っていました。
当時最も神経をとがらせていたのがソ連がアジアで推し進める共産化の動きでした。
水爆実験の年ベトナムではホー・チ・ミン率いる共産党が勢力を急激に拡大。
日本では第五福竜丸事件を機に激しい反米反核のデモが繰り返されOCBは警戒感を強めていました。
事態を打開するためOCBが推し進めたのが前の年アイゼンハワー大統領が打ち出した戦略…OCBは原子力は兵器だけでなく夢のエネルギーにも使えるとアピールする事で水爆実験への批判をかわそうとしたのです。
水爆実験の翌年OCBが提案した原子力平和利用博覧会を日本は受け入れました。
「広島の原子力平和利用博覧会で6月1日100万人目の入場者を迎えました」。
被爆地広島を含む全国11か所の会場に延べ300万人が押し寄せました。
水爆実験の2年後OCBがアイゼンハワー大統領に提出した報告書にはこう記されています。
水爆実験への反発をかわそうとしたアメリカ。
その思惑に乗った日本。
多くの漁船員の被ばくは顧みられなくなったのです。
ヒロシマの科学者たちの1年余りに及ぶ調査の結果がメンバーに報告されました。
最初は田中さんが進めてきた血液の染色体の調査結果です。
水爆実験当時現場から1,300km以内にいた8隻18人の染色体の解析結果。
染色体に異常が見られる細胞の割合を同年代の平均値と比べると18人中黄色で示した13人が高い値を示しました。
第二幸成丸の久保さんもその一人です。
異常が見られた細胞は1,300個のうち14個。
水爆実験によって被ばくした可能性が高いと田中さんは報告しました。
更に異常がある細胞の割合を基に推定被ばく線量を導き出しました。
用いたのは田中さんが長年被爆者の血液を調査する中で得た相関式です。
そこに今回解析した人たちのデータを当てはめました。
異常の割合が1.14%の人は128ミリシーベルト。
2.72%の人は306ミリシーベルト。
18人のうち8人が健康への影響が現れるとされる国際基準100ミリシーベルトを超える被ばくをしている可能性が示されたのです。
続いて統計学が専門の大瀧さんからどれだけの船が被ばくした可能性があるのかを示す調査結果が報告されました。
解析に使ったのは当時アメリカが観測していた…太平洋の20か所以上にモニタリングポストを設置し毎日データを収集していました。
形を変えながら広がる赤いエリア。
空気中の放射線量が自然界よりも高い海域を割り出しました。
更に今回日本の漁船103隻の航路データを新たに入手しました。
緑の点が漁船の動き。
水爆実験が繰り返された期間周辺海域を操業しています。
この2つのデータを重ね合わせます。
最初は狭い範囲にとどまっていた赤いエリア。
次第に範囲を広げ3月14日第五福竜丸が日本に戻った頃から操業海域を覆うようになりました。
しかし国は漁船の操業を止める事はありませんでした。
2回目の水爆実験。
その1か月後。
その9日後。
2か月半に及ぶ水爆実験の期間中少なくとも98隻の漁船が死の灰が漂う海で操業を続けていたのです。
これは非常に大きな問題だと思うんですよ。
予防的にですねもう少し危険範囲というかそういった領域を広めに取って立ち入りできないような状況を少なくとも作っておけばあんなに高い線量の被ばくを受ける事はなかったんじゃないかなとは思いますけどね。
60年もの間なかった事にされてきた漁船員の被ばく。
歯や血液などに残された痕跡や当時のデータから大きな規模で被ばくが起きていた可能性が明らかになったのです。
先月山下さんは厚生労働省に向かいました。
存在しないとしてきた検査記録が見つかった事そして漁船員の被ばくが科学で裏付けられた事を伝えるためです。
第二幸成丸の桑野さんが思いをぶつけます。
以上よろしくお願いします。
山下さんは早急な調査を求めました。
担当者は「まず資料が残っているかどうか確認する」と回答するにとどまりました。
公文書を隠されて被災の事実を隠されて被災者も自分が被災した事も分からずに苦しんで亡くなったりしていたからね。
やっぱり早くから事実を明らかにして被災者に自覚する事ができたら医療とか補償の問題とかが確立されていてこんな事はなかったと思うね。
血液検査の結果が伝えられた…同じ漁船に乗り40歳で亡くなった親友寺尾良一さんのもとに向かいました。
ようやく明らかになった被ばくの事実を報告します。
被ばくを疑いながら何もできないまま仲間を失っていった60年。
あまりに長い歳月でした。
熾烈な核開発競争のさなか大国の思惑に翻弄され埋もれていった漁船員たちの被ばく。
亡くなっていった命。
60年の空白を超えて私たちに突きつけられた重い事実です。
2014/08/21(木) 00:35〜01:33
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「水爆実験60年目の真実 ヒロシマが迫る“埋もれた被ばく”」[字][再]

60年前、アメリカの水爆実験によって日本人漁船員が被ばくした第五福竜丸事件。国が一貫して認めてこなかった大規模被ばくの実態にヒロシマの科学者たちが迫る。

詳細情報
番組内容
第五福竜丸以外の漁船員も被ばくしていたのではないか。長年、原爆被爆者の研究を行ってきたヒロシマの科学者たちがこの疑いに挑み、当時、太平洋ビキニ環礁周辺で操業していた20人以上の歯や血液から、被ばくの痕跡を探す。さらに、国が存在しないとしてきた、第五福竜丸以外の漁船員たちの被ばくの可能性を示す資料を入手。東西冷戦による核開発競争の陰で埋もれてきた大規模被ばくの真実に迫る。
出演者
【語り】伊東敏恵

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番

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