(杉本)
今から69年前広島に原子爆弾が投下された日
今日8月6日なんですけども何の日かってご存じですか?
私も大学生のころまではみんなと同じように戦争に関心がなかった
去年の春NHKに入局した私
今は事件事故を取材する毎日
将来は防災のために役立つ情報を伝えていきたいと思っている
そんな私が一つの手記をきっかけに初めて戦争の取材をする事になった
亡くなったおじいちゃんが残した手記
戦時中アメリカ軍によって撃沈された対馬丸の救助に携わった様子が書かれていた
あの日何が起きたのか
(大島)え?どこに埋めたのかっていうのを。
おじいちゃんが書き残した戦争ってどんな事なのか
孫としてそして記者としてあの戦争と向き合った
杉本記者が取材を始めたのは今年3月
まず祖母の家を記者として訪ねた
おばあちゃん。
・
(佐賀子)は〜い。
おかえり。
(鈴)
20年前に亡くなった…
戦時中どんな体験をしていたのか杉本記者は知らない
志織ちゃんこれおじいちゃんの。
寛さんが自らの戦争体験を記した手記
この取材に入るまで杉本記者は読んだ事がなかった
「四方八方でイカダの上で助けを求めている」
手記に書かれていたのは沈没した対馬丸の救助の様子だ
昭和19年8月21日
沖縄から学童疎開のため九州に向け出航した対馬丸
翌日鹿児島県の沖合でアメリカ軍の潜水艦による魚雷攻撃で沈没した
1,500人近くが亡くなったとされているがいまだに正確な犠牲者の数は分かっていない
私が受け取ったおじいちゃんの手記は全部で3枚
かつお釣り漁船の船員だったおじいちゃんは海に飛び込み50人から60人を船に救い上げたと記している
手記の最後は「その方達はどこでどうして生きているのか知りたい」と結ばれていた
対馬丸が沈没した時救助された人は確認されただけで280人
あれから70年生存者の数は減り続けている
私はそのうちの一人に会う事ができた
国民学校の先生をしていた…
当時19歳だった
救助のした時の様子を書いたものなんですけれどもちょっとこれをいろいろ書いて…。
糸数さんに手記を読んでもらった
う〜ん…。
正直驚いた。
糸数さんはおじいちゃんが手記を残していた事に感謝したのだ
でもなぜ糸数さんはそう思ったのか
70年前に起きたあの悲劇の事を私たちの世代にも知ってほしいと糸数さんは願っていた
その後私は糸数さんの家を何度か訪ね話を聞いた
これは糸数さんの言葉を記した取材ノート
「生きているだけでありがたいと思う」と語っていた糸数さん
もっと糸数さんの気持ちを知りたい
私はそう考えるようになった
最初の出会いからおよそ2か月後糸数さんが引率していた子供たちの写真を見ながら取材していた時の事だった
引率していたのは初めて受け持った教え子たち
対馬丸の沈没によって全員が亡くなった
また来ますから。
(糸数)どうも。
お元気でね。
頑張りますので。
また。
70年前の戦争は終わっていなかった
杉本記者の祖父が救助活動に携わった対馬丸
10年前那覇市に記念館が建てられた
戦争の記憶を風化させないために犠牲者の遺影や遺品が展示されている
しかし関係者の高齢化もあってそこで何が起きたのか聞き取り調査は進んでいないという
生存者や遺体が流れ着いた奄美大島もその一つだ
対馬丸が沈没した場所から南におよそ150kmに位置する奄美大島
海流の関係で多くの犠牲者が流れ着いた
島の南西部に位置する宇検村
取材をしてみると当時の様子を知る人は一人しか生き残っていない事が分かった
おじいちゃんと同じように漂流した人の救助活動を行ったそうだ
大島さんは村の浜辺に多くの遺体が流れ着いていた光景が忘れられないと話してくれた
対馬丸の撃沈からおよそ1週間後大島さんたち村人は流れ着いた40体あまりの遺体を見つけた
遺体は激しく痛んでいた
大島さんたち村の人はそれでも素手で遺体を運び埋葬する事にした
焼酎をあおらなければそのあまりの惨状に向き合う事ができなかったという
大島さんはこれまで自身の経験についてほとんど話をしてこなかった
口にすると当時の記憶がよみがえり冷静でいられなくなる事が不安だったからだという
それでもこの日大島さんは記憶を手繰り寄せながら4時間以上かけて話をしてくれた
「この世の地ごく」
大島さんがずっと心に秘めていた70年前の経験
今も心の傷を抱えながらあの時を伝えてくれた人たち
私はテレビを通じて何を伝えられるだろう
焼酎を飲んだうえで遺体を埋葬した話は放送しない方がいいと考えていた
遺族がその事実を知った時どんな思いをするか不安だったからだ
その事を上司に伝えたところ改めて村人たちが焼酎を飲んでいた理由を尋ねられた
そういうエピソードってさ。
放送では大島さんの話をそのまま伝える事にした
(テレビ)「大島さんをはじめ村の人たちは素手で遺体を集める事になりました。
あまりにも悲惨な状況でみんな焼酎をあおらなければ対処できませんでした」。
(テレビ)「酔っ払わん事にはそばに寄りつけないんですよ。
臭くて臭くて。
もうこの世のものとも思えない形相でしょう。
とてもじゃないが当たり前の感覚では寄れない」。
(テレビ)「浜の木の根元辺りなどに穴を掘って遺体をようやく埋葬する事ができました」。
・
(大島)あもしもし。
あもしもし。
NHKの杉本です。
・
(大島)ああどうもどうも。
放送後大島さんに電話した
ご覧になられましたか?そうなんですね。
・
(大島)初めて知ったっていってですね。
やっぱし取材をあれしたなと思ってね…。
杉本記者の祖父が書いた3枚の手記
今は記念館に展示され多くの人にあの時の事を語りかけています
この夏手記に導かれた数々の出会いがありました
皆さんの周りにも戦争を経験した人はいませんか?
その人は若い人たちに自分の話を伝えたいと思っているかもしれませんよ
2014/08/21(木) 00:10〜00:30
NHK総合1・神戸
ドキュメント20min.「おじいちゃんからの宿題」[字]
戦時中に沈没した学童疎開船「対馬丸」。その救助にあたった祖父の手記が見つかった。平成生まれの若い世代が戦争にどう向き合い、何を伝えていくのか。ひと夏の物語。
詳細情報
番組内容
戦争を意識せずに暮らしてきた24歳のNHK女性記者。自らの祖父の手記と出会ったことをきっかけに、この夏、戦争と向き合う取材を行うことになった。戦時中、鹿児島県沖で沈没した学童疎開船「対馬丸」。記者の祖父はその救助にあたった。しかし、「対馬丸」についてはこれまで証言が少なく、全容がいまだに明らかになっていない。生存者や、漂流者の救助を行った離島の住民への取材を通じて浮かび上がる新たな戦争の真実とは。
出演者
【語り】阪脩,【ナレーション】杉本志織
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
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