1ららら♪クラシック「いとしさと切なさと…〜ドボルザークの“新世界から”〜」 2014.08.18

あのクラシックの名曲をあなたのものに。
人生を豊かにしてくれる一曲を一緒に見つけませんか?今回は…。

(「新世界から」)郷愁を誘うメロディーが特徴ですよね。
この新世界実はある国の事だったんです。
一体どこ?その新世界を訪れたドボルザーク。
ホームシックにかかってしまったんです。
そんな時ひとときの安らぎを与えてくれたのが…どういう事?この曲を聴くと懐かしい気持ちになる訳その鍵はある音にあったのです。
知ってびっくり!ゲストの野々すみ花さんも…。
今日はこの曲を聴きながら懐かしい気分に浸ってみませんか?「ららら♪クラシック」今日はドボルザークの「新世界から」をご紹介します。
このメロディーを聴くと何とも言えない懐かしい気持ちになりますよね。
学校から帰りたくなりますね。
おうちに帰りたくなる感じですね。
今回のゲストは女優の野々すみ花さんです。
はじめましてよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
野々さんは宝塚でご活躍後おととし退団なさってテレビ等に活躍の幅を広げていらっしゃるという事ですがテレビカメラってお慣れになれました?全然慣れないです。
今もいろんな方向にテレビカメラがあるのが…野々さんは宝塚にいらっしゃったんですけれどもクラシックというのは距離としては近いんですよね宝塚だと。
クラシックというものに近いというよりかは…オーケストラの方々と親近感はある方かなとは思います。
今日は「新世界から」という事なんですけれどもこの曲はどういう印象を持っていらっしゃいますか?なんか私の中では…小学校の下校の音楽とか。
では突然ですが「ららら♪クイズ」。
まいりたいと思います。
VTRでちらっと写ったので多分分かっちゃったんですけど…野々さん正解!新世界とはアメリカの事。
ドボルザークが見たアメリカってどんな国だったんでしょう?19世紀後半アメリカは製鉄石油採掘発電など産業が急速に成長した時代。
経済は目覚ましい勢いで発展していました。
音楽の世界にも活気が満ちていました。
大きなオペラハウスがオープン。
オーケストラも次々と生まれました。
しかし…そのためアメリカならではの音楽をつくる人材の育成が求められていました。
そこで白羽の矢が立ったのがチェコの作曲家ドボルザークでした。
母国チェコの民謡や舞踊を取り入れた民族色豊かな彼の作品は世界的に高い評価を受けていました。
1892年51歳のドボルザークは長い船旅の後アメリカのニューヨークへとやって来ます。
この国の巨大さと活気にドボルザークは大きな衝撃を受けました。
ドボルザークは音楽学校で作曲の指導をする事になっていました。
ところが教えるつもりが逆に生徒に教わる事も多かったのです。
この学校は当時としては珍しく黒人や先住民も学んでいました。
その中でも1人の生徒がドボルザークに大きな影響を与えます。
奴隷だった祖父の歌を聴いて育ち後にアメリカを代表する音楽家となる人物です。
ドボルザークは度々バーレイを自宅に招き彼の歌に耳を傾けました。
その多くが奴隷としてアメリカに来た人々が苦労や希望を歌い継いだ「黒人霊歌」でした。
その響きにドボルザークは心をつかまれたのです。
彼らの音楽がクラシックいわゆる高級な音楽として使うという事ではなかったわけでそういうところを見てドボルザークはじゃあ自分がそういう素材といいますか文化を使ってアメリカ自身が気付いていない黒人や先住民の音楽を自分のやり方で音楽にしようとそういうふうに考えていたんだろうと思います。
渡米から3か月後ドボルザークは「新世界から」の作曲に着手します。
彼はこの曲に黒人霊歌や先住民の音楽などアメリカの音楽の要素を取り入れました。
ニューヨークで行われた初演は大成功を収めました。
その様子を報じた新聞には「偉大なる交響曲」。
アメリカの聴衆は大喝采しました。
新世界それはドボルザークが大きな刺激を受けたアメリカの事だったのです。
野々さんいかがですか?ドボルザーク50歳にして新しい土地に渡って新しい事を始めようっていうそこにすごく刺激を今。
あの言葉ありましたよね。
「アメリカの音楽は黒人霊歌をベースに成っていくものだ」って。
ほんとにそのとおりでその後ジャズやロックンロールが生まれてドボルザークの言うとおりになったんですよね。
すばらしい慧眼ですね。
野々さんも宝塚を退団されて新世界にチャレンジの最中だと思うんですが舞台の仕事と例えば映像ドラマとかの仕事は違いを感じました?感じました。
感じている最中です。
何が一番違うんですか?女性を更により女性らしくするというような。
そうですね。
そういう点が自然と体になじんでしまっていたので今テレビのドラマの撮影をしてるんですけどもちょっと振り向くだけでも何かこう…。
ほんとだ!なるほど分かります。
でもプライベートでそういう事されると…。
ドキッとしますね。
今はそこを取っ払いたいなと思っていますね。
ではこのドボルザークの「新世界から」なんですけれども…アメリカの先住民の伝説的な英雄を描いた叙事詩「ハイアワーサの歌」。
これから非常に大きなインスピレーションを受けて特に第2楽章のメロディーの部分というのは森のお葬式のシーンから霊感を受けていたという事なんですよ。
うちに帰ろうではなく天国にかえるっていう感じだった。
ちょっと聴き方が変わってきますよね。
新世界とはドボルザークが多くの刺激を受けたアメリカでした。
実は当時この曲を……と厳しく批判する者もいました。
しかしドボルザークは反論します。
そうドボルザークはアメリカ音楽の担い手になったわけではありません。
彼はどこに行ってもチェコの音楽家としての精神を忘れませんでした。
1841年ドボルザークはチェコ西部のボヘミア地方にある小さな村で生まれました。
実家は肉屋と宿屋を営んでいました。
音楽好きだった父の影響でドボルザークも小さい頃から楽器に親しみ父と一緒に客の前で演奏していました。
当時チェコの農村では音楽は身近なものでした。
国内を支配していたドイツ系の貴族が自分の城や館で楽器を演奏させようと農民に音楽を学ばせていたため人々は日頃から楽器を演奏したり踊りを楽しんだりしていました。

(「おお牧場はみどり」)ドボルザークはそんなふるさとの音楽を生涯愛し続けていました。
その思いは異国の地でより強くなります。
アメリカで「新世界から」を書いていた頃ドボルザークはひどいホームシックにかかってしまったのです。
田舎で規則的な生活を送ってきた彼には大都会の暮らしは肌に合いませんでした。
仕事が終わると演奏会やパーティーに度々誘われましたがドボルザークはほとんど全ての誘いを断りました。
どこにも寄らずまっすぐ帰宅。
そこには家族のぬくもりが待っていました。
もう一つホームシックを和らげてくれる存在が毎朝欠かさず散歩に出かけた公園にいました。
ドボルザークはチェコでハトを大切に飼っていました。
彼は公園にいるハトの姿に遠いふるさとを重ねていたのかもしれません。
アメリカにインスピレーションを受けた「新世界から」ですがそこにはチェコらしさも漂っています。
例えばこの短いフレーズ。
もう一度聴いてみましょう。
これチェコに伝わる踊りの音楽にも出てくるリズムなんです。
この曲のタイトルは…ドボルザーク自身が完成後に付けたものです。
その思いとは…?単純に…それは新世界に来る事によって新世界の音楽をつくるわけですが……という事でアメリカから再び故郷を見返してみると。
そういった過程で音楽が出来てきたという事だと思います。
アメリカでの任務を終えたドボルザークはチェコの自然に囲まれた町でのどかな生活を再開しました。
新世界アメリカで名曲を書き上げたドボルザーク。
しかし彼の心はいつもふるさとにあったのです。
いかがでしたか?「新世界」ではなくて「新世界から」っていうその意味がすごく分かったような気がしましたね。
でもチェコのあの町並みも美しかったですね。
ほんとにのどかできれいな景色。
あんな所でDNAが刻まれているわけですからやはりどこかホームシックというかふるさとを思う気持ちは…。
そうですね。
私自身も…ええ〜!今東京に出てきてすごく自分にしてみては都会的な暮らしをしてるんですね。
だからやっぱり離れてみて懐かしいなとかちょっと恋しくなるっていう気持ちはすごくよく分かるような気がして。
おうちは何を作っていらっしゃったんですか?暖かい服着て長靴履いてってやってたんですね。
今でもそういう事をなさってるんですか?今はなかなかできなくなりましたけども…なのでサニーレタスとかバジルとかそういう簡単なものですけどそういう事はひっそりとやってます。
なのでふるさとが無性に恋しくなるっていうのはちょっと分かるような気がしますね。
ドボルザークもねかつてチェコに住んでいた時の習慣を変えずにハトを見つめたりしてずっと初心を変えずにアメリカでも同じ暮らしを続けた。
その辺をきちんとやっている事が逆にアメリカで新しいものを取り入れられるでしょうし…すばらしい生き方だなとは思いますね。
今日の名曲は…曲のタイトルにある新世界。
それはドボルザークが見たアメリカでした。
刺激的な日々の中ドボルザークはいつも愛するふるさとチェコの事を思い続けていました。
郷愁を感じさせる美しいメロディー。
実はある音の秘密が関係していたんです。
作曲家の美濃さんがその秘密を解き明かします。
最後のキーワードは…この「新世界から」の第2楽章はなんかこう郷愁を感じるとても親しみ深いメロディーですよね。
どうしてそう感じるのか。
この曲には音楽的な特徴が隠されているんです。
え?まず有名なフレーズありますね。
ターンタターンターンタターンターンタターンタターン。
いいですね。
このメロディーに実は音階の中で…それが何なのかよ〜く私の弾く鍵盤もしくは使っていない指を見るといいヒントになるかもしれません。
あのメロディーを分かりやすくハ長調全部白い鍵盤になるようにして弾いてみたいと思いますので使われてない音発見して頂きたいと思います。
はい。
どうぞ。
いいですね〜!これがとても重要なので鍵盤に赤でマークをしておきたいと思います。
実はこの4つ目の音ドから数えて123…まずは「赤とんぼ」。
ほんとだ。
見事によけてますね。
しかも…
(「赤とんぼ」)ほんとですね。
これいわゆる「ヨナ抜き音階」と言われる音階なんですけれどもちょっとこうおうちに帰りたくなるようなデパートの閉まる時の音楽ですけど他に…あっはいはい!ピンポンピンポーン!せっかくですので野々さんにも演奏して頂きたいと思います。
楽しみですね。
では頑張ってみましょう。
こちらにどうぞ。
お邪魔しますね。
・「蛍の光」…いってみましょう。
今赤いとこどうでした?ええ〜!ヨナ抜き音階はドボルザークの故郷チェコの民謡にも。
そしてアメリカで古くから親しまれているこの曲にも。
そうヨナ抜き音階は世界中の民謡などで使われる音階なんです。
見事に弾いてないんですよね。
ほんとですね。
そして…例えばこちら。
へぇ〜!いかがでしょう?今紹介してきた曲共通点みたいなものは感じられました?やっぱりちょっとさみしい感じ。
あとは何か懐かしい感じ。
まさにね…
(拍手)ありがとうございます!すごい!それではドボルザークの「新世界から」をお聴き頂きましょう。
第2楽章のカット版お送りしましょう。
いかがですか?聴くだけではなくてこうやってオーケストラが演奏されているのを実際に見るとやっぱりイメージも広がるし人が音楽をつくってるんだなというのがすごく体感できて今日はほんとにすごい幸せな時間でした。
僕今日聴いていて1つ気付いたんですけどこの曲ただ日が暮れるからおうちに帰ろうっていうんじゃなくて今日いろいろあったけれどでも今日もいい一日だったなって満足感とか充実感がちゃんとあるのでそれで世界中で親しまれているんじゃないかなと思いましたね。
でもドボルザークも想像もしなかったでしょうけどね。
デパートの閉店に使われるとは。
この曲が心にしみいるような一日を送りたいですね。
「ららら♪クラシック」今日はこの辺で。
2014/08/18(月) 10:25〜10:55
NHKEテレ1大阪
ららら♪クラシック「いとしさと切なさと…〜ドボルザークの“新世界から”〜」[字][再]

今回は「家路」などの編曲でおなじみのドボルザーク作曲「新世界から」。新世界ってどこのこと?この曲を聴くと懐かしい気持ちになるワケ。それにはちゃんと理由があった!

詳細情報
番組内容
今回の名曲はドボルザークの交響曲「新世界から」。第二楽章は日本でも「家路」など日本語歌詞でカバーされ、長きにわたり愛されてきたおなじみのメロディー。曲名の「新世界」ってどこのことか知ってますか?この曲を聴くと懐かしい気持ちになりますよね。それにはちゃんと理由があったんです!世界各国の音楽にも共通する郷愁を感じさせる音の秘密とは?【ゲスト】元宝塚歌劇団宙組トップ娘役の女優野々すみ花
出演者
【ゲスト】野々すみ花,【出演】指揮者…尾高忠明,東京フィルハーモニー交響楽団,【司会】石田衣良,加羽沢美濃,【語り】服部伴蔵門

ジャンル :
音楽 – クラシック・オペラ
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
劇場/公演 – ダンス・バレエ

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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