土曜ドラマ 芙蓉の人〜富士山頂の妻(3)「天空の笑顔」 2014.08.18

明治28年正確な天気予報を得るために富士山頂に観測所を自費で建てまだ誰も成しえた事のない極寒の気象観測に挑んだ野中到。
その妻千代子。
(到)観測所を建てるのだ。
(一同)万歳!必ず成し遂げてみせる。
(千代子)私は主人の後を追って富士山に登るつもりです。
ごめんなさい…園子。
福岡の実家に娘を預け4日かけて再び御殿場へ。
夫の後を追い富士山頂に登るためである。
(赤ちゃんの泣き声)1つ下さい。
へえ。
お待たせしました。
わさび漬け主人が好きなので山に登る時持っていこうかと。
ままごと遊び?そんな…私は真剣です!
(與平治)和田先生は奥さんに伝えてもらいてゃあと言ってほかにいろんなこんを話しただよ。
いいのよいちいち話さなくても。
大体分かってますから。
それによ野中家からもよ…。
手紙が来てるのね。
分かってます。
和田先生に叱られたから慌てて…。
いや見えてるだよ。
え?
(勝良)状況が変わったのだ千代子。
一度は登ってもいいと手紙で言ったがああも和田先生に反対されては…。
到も手紙をよこしてきた。
「お前の登山なんとしてでも思いとどまらせるように」と。
到のこの度の富士山冬季観測は中央気象台の委託を受けた。
いわば官命だ。
お前も観測所に籠もるというのであればあらかじめ許可を得るべきだしその手続きをとらないで無断で登ったという事であれば和田先生の顔を潰しかねない。
手紙ならここに用意してあります。
登山の当日投函して頂こうかと。
責任問題という事もあるのだよ。
女のお前を冬の富士山にやるなどと。
正直申し上げて私和田先生のお顔を潰そうとそんな事は一向に構いません。
妻として夫を助けたいただその一心です。
少し頭を冷やせ千代子冷静に。
いいえ今度ばかりは引けません。
過酷な場所である事は重々承知しております。
お父様お考え下さい。
そんな危険な所で到さんお一人一日12回2時間置きの気象観測をなさるなんて本当に可能でしょうか?東京の家で到さんが1週間ばかり2時間置きの練習観測をなさっているのを見て私はこんな事続けられる訳がないと思いました。
まして一冬そんな事が本当にできるのでしょうか?まあこの計画は到が決して病気をしないという仮定に基づいているが。
ほとんど寝ずに観測をやりながら水の調達火のお守りごはんの支度…その上ご存じですか?観測所にはお便所さえ設けてはないのですよ。
皆様は私が行くと足手まといになると考えていらっしゃるようですけれどそれは大変な見当違いというものです。
到さんには誰かがそういった事を全て引き受ける私のような者が本当に必要だと思います。
すみません。
生意気申し上げました。

(風の音)何だろう?この音は。
山の音です。
「天気が変わる前には山から音がする」と與平治さんが。
雪にならないといいが…。
せめて天気に恵まれないとお前にとって初めての富士登山なのだから。
ありがとうございます。

(與平治)お願あだ。
うんと言ってくんにゃあか。
どう考あてもおみゃあらしか頼めにゃあだよ。
体はええし山にゃあ強えし口が堅あ。
もしお二人が案内人として来て下さればこれほど心強い事はございません。
登山は半ば成功したも同然です。
(鶴吉)山の神さんが怒るだ。
山の神?山はもう神さんのもんだ。
てっぺんまで行けにゃあ。
(與平治)今年の初雪は9月の9日だ。
それから4度は雪が降ってるだ。
となりゃあてっぺんは氷に覆われてよ絶対近寄っちゃいけにゃあ。
地元の者はそう考あるずら。
でも主人は登りました。
私が女であるから山に登ると罰が当たると?皆さん同じように考えるのですね。
私が女であるから中央気象台の先生は許可を下さらない。
私が女であるから富士山頂に籠もって夫を助けてはならない。
ですが女だからこそできる手助けもあります。
冬の山にだって登れます。
そのためにずっと足を鍛えてきたのですから。
私がしようとしている事が罰当たりかそうでないかは一緒に登って頂ければ分かってもらえるかと。
(熊吉)おらっち旦那さんのために今まで働いてきただよ。
旦那さんがどうしてもって言うならよ話は別だけんど奥さん勝手に行くだら?そんなこんに体張れって言われてもよ。
おみゃあそんな言い方あるかよ!それによ!こいつんとこはもうじき赤子が産まれるだ。
行ったこんにゃあ冬の山。
おまけにてっぺんまでなんてよ。
土台無理だ。
(與平治)待てってばよ鶴熊!では!せめて行ける所まで…。
行ける所までで結構です。
もし行って無理だという事であれば主人のところへ行くのを諦めます。
ですからどうか行ける所までご一緒に。
お願いします!どうか…どうかお力を!お願いします!
(與平治)この分じゃ明日にゃあたてるずら。
明日…。
山ん3合目に重三郎っちゅう男の小屋があるだ。
わしんちの親戚だもんで天気が悪い時にゃあそいつんとこに逃げ込んでよそう話しとくからよ。
熊吉も鶴吉も「危にゃあ時にはそうするだ」とそう言ってるだ。
何から何までありがとうございます。
だもんで逃げてくんな。
いざとなったら1人で登るなんて考えはしにゃあで。
絶対生きて戻ってくんにゃ。
その時は一番にこちらに顔を出します。
主人と一緒に。
(清)ごめんください野中です。
東京の野中です。
清さん。
姉さん。
清さんどうしたの?何かあったの?姉さんのお供に参りました。
お供?母上がどうしても行けって。
お母様が?
(勝良)どういう風の吹き回しだ?
(とみ子)何がですか?反対一転清を応援団として送り込んでやっただろう。
何でまた急に?それはもう世間体からですよ。
野中家の嫁がたとえ登山とはいえよその殿方だけに任せるなんてあまりにも体裁が悪いじゃないですか。
本当は?あの子はね到と違って登山家でも何でもない。
かまどを預かる主婦です。
いざ登る段になって不安に思わない訳がない。
いざ雪煙の中に立ったら手足がすくんでしまうかもしれない。
そんな時そばに身内がいたら少しは違うでしょう。
お母様…。
こう見えて僕富士山には何度か登った事が。
といっても夏場兄さんと一緒にですが。
しかし経験はあります。
本当に心強いわ。
ありがとう清さん。
いえ。
いらっしゃい。
どうも。
おかばん預かるずら。
あ…はい!すいません。
回想背振山の頂上で拾うた。

(清)姉さん出発です。
はい。
では。
(けさ)どうぞ気ぃ付けてな。
行ってまいります。

(鈴の音)
(只圓)とうとう今日たい。
無事に着くとよかばってん。
(糸子)もし成功したらあなたのお母様は冬の富士山に登った初めての女性になるとですよ。
富士山。
そう富士山たい。
あなたくらいちっちゃかったとにいつの間にかとんでもない事ばしでかす娘になってしもうて。
(只圓)どっちに似たとかね?
(糸子)さあ?ハハハハハハ…。
は〜い。
(和田)どうも。
中央気象台の和田です。
和田先生?手紙拝見しました。
もう千代子さんは出発されたそうで。
千代子もこの度の登頂分をわきまえず差し出がましき行為である事重々承知しとります。
ですがどうしても到の体調が心配だと…。
失礼ながらこれは?
(勝良)気象学会の入会費でございます。
千代子が富士山頂で観測業務に携わる以上正規の手続きを踏むのが道理かと思いまして。
お返しします。
女性会員は受け付けておりません。
お納め下さい。
いつか近い将来認められた折に。
その予定はありません。
近い将来もない。
気象学はれっきとした科学であって洗濯日和虫干しくらいの知識しかない婦女子には到底理解できない学問です。
そのかわり婦女子には婦女子の仕事がある。
家を守り子を育てる義務がある。
それを放棄して夫のもとへ押しかけ物見遊山で観測の邪魔をされたらたまったものではない。
千代子さんの観測所への滞在私は反対です。
(戸が開く音)不躾ながら勘違いでございましょうか?和田先生は確か洋行帰りであり進歩的な先生だと伺っておりました。
まだ誰も信用しない頃から到の話に耳を傾けて下さった最初の専門家で度量が大きく広い視野をお持ちの方だと。
いやそんな。
ですが先ほどの女に対してまるで幕藩時代のような古い凝り固まったお言葉先生がおっしゃったとはとても思えぬような物言いに私何か勘違いしたのかととても混乱してしまいまして。
おいとみ子。
そもそも今度の観測千代子の申す事ももっともな事でございます。
一日12回2時間置きの観測を到がなぜ1人でやらねばならぬのか。
助手の派遣ぐらい考えて下さっても…。
とみ子いい加減にしろ!申し訳ございません。
洗濯日和虫干しぐらいの知識しかない婦女子が出過ぎた事を。
それが到君の希望であったからです。
助手などいらぬ。
ほかの誰も巻き込めない。
そういう思いがあったからです。
なぜなら過酷だからです想像を絶するほどに。
もし千代子さんが観測所に滞在しすぐさま倒れでもしたらその看病で到君は更に追い詰められる。
それこそ命取りだ!だがしかしまだ登頂に成功した訳ではない。
是非途中で挫折し断念して頂きたい。
私は心よりそう願っています。
きれいねとても。
よかった。
まだ余裕がありそうですね。

(熊吉)時がにゃあ。
行くべ。
はい。
雪だ。
急に風が冷たくなってきましたね。
ここえらで足ごしらえするだ。
はい。
(清)さすがに厳しくなってきましたね。
ええ。
(鶴吉)万が一つるっといきゃあ滑り落っておしみゃあだ。
もしもよ誰かそうなっても助けにゃあ。
助けりゃ一緒に落っちみゃあ。

(鶴吉)来るぞ!
(風の音)
(熊吉)行くべ!必ず成し遂げてみせる。
(園子)お母様!はっ!危ない!はあ…はあ…はあ…。
(風の音)
(熊吉)お〜い!大丈夫きゃあ!?はい!
(熊吉)気ぃ付けろ!そこを滑ったら真っ逆さまだ!
(鶴吉)これを…。
これを縛るだ!回想
(熊吉)こいつんとこはもうじき赤子が産まれるだ。
何してんだよ早く!道連れにはできない。
姉さん!いいから早く!大丈夫…大丈夫…。
登れます!さあ参りましょう。
ここが頂上…。
姉さん。
おみゃあ先に行って旦那さんを。
いえ。
こちらから。
到さん。
先に行ってくんな。
兄さんきっと喜びますよ。

(戸をたたく音)
(戸をたたく音)兄さん!
(戸をたたく音)兄さん!
(戸をたたく音)さあ中へ。
(清)暖かい。
上がれ。
何で連れてきた?何でって…。
私が頼んだんです。
鶴吉さんと熊吉さんに案内してほしいと。
清さんは私を心配して…。
皆を巻き込んで。
お前一人のわがままのためにもし何かあったらどうする?
(熊吉)先生。
奥さんはようやっただ。
こんな雪ん中朝から登って夕方にゃ着いただよ女の足でよ。
(清)そうですよ。
姉さんがこの日のためにどれだけ準備をしたか…。
それなのにそんな言い方…。
いいえ主人の言うとおりです。
皆さんを煩わせてしまい本当に申し訳ないと思ってます。
でも…もう到着してしまったのですから私はここに…。
駄目だ!今夜はここで寝て明日帰れ。
いいな。

(せきこみ)午後になると風が強くなる。
なるべく早く下山しろ。
私は帰りません。
来年の春までここにいます。
迷惑だ。
仕事の妨げになる。
これを持ってきました。
(清)ああわさび漬け。
到さんお好きだから。
山の上でそんな匂いが強い物が食べられるか。
(熊吉)あの…おらっちそろそろ…。
お前も千代子を連れていけ。
私は下山致しません。
今更連れて帰れと言われても困ります。
僕は母上の言いつけでお送りしたのですから。
この事は東京のお父様お母様にもお許し頂きましたし博多の両親も了解しています。
園子はどうする?ですから博多の家に。
母にもなついたようで。
無責任な事を言うな!園子の母親は誰だ?お前だろう!熊吉さん鶴吉さん。
ひとまず先に下りて下さい。
千代子と清はもう一晩ここに置いて明日下山させます。
くれぐれもお気を付けて。
(2人)へえ。
これ道中召し上がって下さい。
ご無理を言って本当にありがとうございました。
赤ちゃん無事の誕生お祈りしております。
奥さんも元気でよ。
頭が痛いのか?いいえ。
高山病だ。
下りれば治る。
下りません。
ここは女がいられる所ではない。
恐ろしい所だ。
そのように恐ろしい所ならなおさらあなたを一人にここにしておく訳にはいきません。
お前の体がもたない。
あなたの方こそもたないわ。
昨夜一晩中見てましたけど一晩中出たり入ったり。
あれじゃ寝てないも同然じゃないですか。
現にあなたのお顔どう見ても疲れ切ってます。
議論の余地はない。
帰れ。
帰りません。
帰れ!帰りません!いいわそんなに離れたいなら私が外に出ます。
ちょっと頭を冷やしてきますからあなたはゆっくりお休みになって下さい。
(風の音)キャッ!千代子…千代子!危ない何してる!?石が…。
下がれ!今風で…。
千代子!でも今下に…。
いい加減にしろ!ここは新雪だ。
こんなとこ踏んだらあっという間に崩れて落ちるぞ!こんな様子でここにいられる訳がない。
いいか?お前の面倒を見てる暇などない。
帰るんだ。
無くしてしまったのあの石…。
石?あなた昔下さったでしょう背振山の…。
大事な…私の…。
でももう無くしてしまったの。
石だろう?石よ。
そんな物またいくらでもくれてやる。
と言ってもここでは石すら手に入らないが。
思い出してたんです。
あのころからあなたはお山が好きで空や星が好きで気象学を勉強して…。
観測所を造るという夢が出来て…。
夢がかなったんですね。
本当に建てておしまいになったんですから野中観測所を。
おめでとうございます。
あなたは偉い人です。
我が夫ながら本当にご立派です。

(戸が開く音)千代子。
お前も手紙を書いたらいい。
え?次はいつ手紙が出せるか分からないからな。
やはりお前がこしらえてくれた物はうまいな。
火元がこれしかないですから時間はかかりますけどだいぶ慣れました。
頭痛は?ずっと薄らいで頭が重いぐらいにまで。
そうか。
しかし…本当にこれでよかったのか?え?正直言って恐怖だ。
もしお前の身に何かあったら…。
そう考えると今までになく身がすくむ。
恐怖を感じてしまう。
それだけは避けたかった…そんな弱い自分は。
では分かってもらえますね私がどうしてここに来たのか。
もしあなたに何かあったらとそう考えたら身がすくむほど怖かったからです。
居ても立っても居られなかったからです。
でもこうしてお顔が見られて安心致しました。
これからここでいろんな困難があるかと思います。
でもどうか観測をやり遂げて下さい。
一生懸命お手伝いします。
あなたは存分にお仕事をなさって下さい。
そうだ。
あれもらおうかな。
わさび漬け。

(とみ子)あなた!あなた出てます。
ここに。
おお本当だ。
「野中到富士山頂での観測始まる」。
ここですここ!ん?千代子の事か。
(とみ子)「夫婦で越冬し気象観測に挑む」と。
これはいよいよ注目を集めるな。
無事成功するといいが。
フフッ。
うまい。

(風の音)・「涙のような雨が降れば」・「私が傘を差しかける」・「風が泣いて寒い夜は」・「あなたが抱きしめてくれる」・「共に歩み共に生きて」・「ここまで来たけれど」・「二人でいられたから」・「怖いものはなかった」・「運命で結ばれた愛」・「二人を分かつ時が」・「たとえ巡り来ようと」・「永遠に生き続ける愛」2014/08/18(月) 00:50〜01:48
NHK総合1・神戸
土曜ドラマ 芙蓉の人〜富士山頂の妻(3)「天空の笑顔」[解][字][再]

千代子(松下奈緒)は富士山頂の夫・到(佐藤隆太)のもとへと周囲の反対に屈することなく登山に臨む。鍛錬を活かして着実に歩を進め強風の中で山頂にたどりつくが…。

詳細情報
番組内容
千代子(松下奈緒)は、富士山頂の夫・到(佐藤隆太)のもとへ向かおうと、再び御殿場にやってくる。気象台の和田(勝村政信)は女を見下し観測での妻の支えを否定するが、千代子は屈せず、女の登頂の手助けに難色を示す強力(ごうりき)をも説得する。いよいよ富士登山が始まると、鍛錬を活かして着実に歩を進める千代子。強力たちとも信頼関係が芽生える。強風のなかの厳しい登山の末、ようやく山頂の観測所にたどりつくが…。
出演者
【出演】松下奈緒,佐藤隆太,三浦貴大,勝村政信,苅谷俊介,市毛良枝,堀内正美,平田満,余貴美子,【語り】益岡徹
原作・脚本
【原作】新田次郎,【脚本】金子ありさ

ジャンル :
ドラマ – 国内ドラマ

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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