君が僕の息子について教えてくれたこと 2014.08.16

日本人の自閉症の少年が書いたエッセーが今世界中で読まれています。
著者は東田直樹さん。
自閉症である自分の心の内をつづったエッセーです。
大手通販サイトには世界から1,000を超えるレビューが寄せられベストセラー入りも果たしました。
実はこの本は日本では8年前に出版されたものです。
その本が今になって突然世界的なベストセラーとなったのは一人の著名な作家の目に留まったのがきっかけでした。
アイルランド在住の…ミッチェルさんにも重度の自閉症の息子がいます。
息子が何を考えているのか分からずどう愛せばいいのか途方に暮れていたミッチェルさんはずっと探していた答えをこの本の中に見つけました。
ミッチェルさんはこの本は多くの人を救うはずだと考えすぐさま翻訳に取りかかりました。
そして世界20か国以上で出版される事になったのです。
人と人との出会いは時に奇跡を起こします。
日本の自閉症の少年とアイルランドの作家の出会いから生まれた希望の物語です。
エッセーを書いてから8年。
少年だった東田直樹さんは22歳になり今本格的な作家を目指しています。
(取材者)おはようございます。
(美紀)おはようございます。
自宅近くに執筆専用の仕事場を1か月前に構えたばかりです。
みににもむすめ。
自閉症は状況の変化にうまく対応したり対人関係を築く事が難しい脳の先天的な機能障害と考えられています。
うんうん。
自閉症を抱える人はアスペルガー症候群など軽度のものを含めると100人に1人といわれています。
直樹さんが一心に眺めているのは車のタイヤです。
ふだんから回り続けるものや丸いものに強く引かれます。
机に向かわないといけないのは分かっていても自分の気持ちをコントロールできません。
ううん。
(美紀)ハハッいい?到着して20分。
母親の美紀さんが気持ちを落ち着かせ執筆が始まります。
日常会話はできない直樹さんですがパソコンを使うと自分の考えを存分に表現できるのです。
会話ができないほど重度の自閉症を抱える人が高い表現力を持つのは世界でも極めてまれな事です。
幼い頃から文字に強い興味を示していた直樹さんはキーボードを使う練習を母親と繰り返し意思を表現できるようになりました。
この日書いていたのは月に2度の雑誌の連載エッセーです。
3月!
(美紀)3月になったね。
サブウェイ!また行こうね。
サブウェイ!また来週。
来週!来週行きましょう。
うん。
執筆中も突然数日前の記憶がよみがえり自分の意思とは関係なく言葉が飛び出してしまいます。
2日間で800字の原稿を書き上げました。
「重度の自閉症者の場合は発語があっても自分が見たものは何かそのまま答えることが多いと思います。
思いを伝えられない自閉症者にとっての精一杯は自分の目の前にある物の名前を答えることだからです。
僕も目からの記憶は鮮烈で次々と写真のようにストックされます」。
いいです。
直樹さんはキーボードと同じ配列で並んだ母親手作りの文字盤を使うと他人と会話する事が可能になります。
終わり。
伝えたい言葉の頭文字を常に目で確認しておく事で頭に浮かんでいた言葉を記憶にとどめられると言います。
終わり。
直樹さんは幼い頃から周りからの言葉に反応を見せず5歳の時自閉症と診断されました。
ただ両親が驚いたのは言葉はほとんど発しないにもかかわらず漢字などの文字に関しては抜群の記憶力を見せ書き出す事でした。
両親はその能力を伸ばす事に希望を見いだしました。
粘り強く訓練を重ねた結果7歳の時には文章を書けるようになりました。
創作能力は見事に開花し書いた童話がグリム童話賞の大賞を2年連続で受賞しました。
そして13歳の頃に執筆したのがエッセー…「どうして上手く会話できないのですか?」。
「話したいことは話せず関係のない言葉はどんどん勝手に口から出てしまうからです。
僕たちは自分の体さえ自分の思い通りにならなくてじっとしていることも言われた通りに動く事もできずまるで不良品のロボットを運転しているようなものです」。
「いつも同じことを尋ねるのはなぜですか?」。
「今言われたこともずっと前に聞いたことも僕の頭の中の記憶としてはそんなに変わりません」。
「よく分かりませんがみんなの記憶はたぶん線のように続いています」。
「けれども僕の記憶は点の集まりで僕はいつもその点を拾い集めながら記憶をたどっているのです」。
そして7年後直樹さんのエッセーは遠くアイルランドの地で一人の作家の目に留まり物語は動き始めます。
「クラウド・アトラス」など世界的なベストセラー作家デイビッド・ミッチェルさん45歳です。
いつも元気なワンワンで〜す。
ミッチェルさんには重度の自閉症を抱える8歳の息子がいます。
突然床に頭を打ちつけるなど理解不能な行動をとる息子とどう接していいか分からず子育てに半ば絶望していました。
何か助けとなるものを探していたミッチェルさんは本の通販サイトの日本語版で自閉症の少年自身が書いたという珍しいエッセーがあるのを知りすぐに取り寄せます。
英語教師として日本で8年間暮らした事があり日本語が読めた事が幸運でした。
なぜ息子は突然パニックになるのか。
床に頭を打ちつけるのか。
大きな音におびえるのか。
全ての答えがそこにありました。
ミッチェルさんはすぐさま翻訳に取りかかりました。
自閉症の子を持つ世界の家族に向けて直樹さんのエッセーの存在を知らせ自閉症者への誤解を正そうと動き出しました。
7年前ひっそりと出版された直樹さんのエッセーはミッチェルさんという最高の翻訳者であり理解者を得たのでした。
今ではミッチェルさんは息子の行動には必ず意味があると考えられるようになりました。
ミッチェルさんの創作ノートに息子が描いた落書き。
以前ならいらだっていました。
物語は第2章に入ります。
この春ミッチェルさんが来日しました。
直樹さんの本がいかに自分を救ってくれたのか感謝の気持ちを伝えるためです。
つらい時うれしい時に直樹さんは跳びはねます。
この日はもちろんひときわ高い喜びのジャンプです。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。
こんにちは初めまして東田です。
楽しみにしていた対面なのに直樹さんはいつものように外の景色に目を奪われてしまいます。
お願いします。
こちらこそ。
よろしくお願いします。
大丈夫大丈夫。
出会って15分が過ぎた頃直樹さんの気持ちがようやく落ち着き始めました。
終わり。
よかった。
ありがとうございます。
ミッチェルさんは直樹さんを通して自分の息子の事を知ろうとしていました。
かわいい。
ありがとうございます。
おいくつでしたっけ?8歳です。
ミッチェルさんは最も聞きたかった事を切り出しました。
終わり。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
翌日もミッチェルさんは直樹さんの住む千葉を訪れ仕事場や豊かな自然の中で一日過ごしました。
タクシー来る。
さようなら。
さようなら〜。
(直樹母)さようなら〜。
お元気で。
バイバイ。
バイバイ。
なぜ重度の自閉症である直樹さんがこれだけ豊かな表現力を持っているのか研究者も関心を寄せています。
こんにちは。
どうもお世話になります。
東田です。
よろしくお願いします。
杉山登志郎医師は40年近く自閉症の研究に取り組んできました。
実際に直樹さんとコミュニケーションをとり診断します。
その結果直樹さんは感情は豊かに発達しているものの何らかの原因でそれが言葉に結び付かない言語失行という状態ではないかと診断しました。
杉山医師はその原因を探るために脳の状態を調べるMRI検査を行いたいと申し出ました。
終わり!
(杉山)正直に言います。
9時50分になったら…。
9時50分…。
(美紀)10時かな?9時50分になったら…。
(美紀)じゃ9時50分でもいいから。
10時になっ…。
(美紀)10時だね。
なんだって。
分かった?終わり!…8月!
(美紀)うん8月ね。
後日MRI検査が行われました。
脳神経の結び付きと脳の部分ごとの体積を調べます。
密閉した空間に40分間閉じ込められるこの検査は直樹さんには過酷なものです。
睡眠薬を服用して検査に臨みました。
検査結果から直樹さんの症状を解明する手がかりが得られました。
異常が見られたのは弓状束という神経線維の集まりです。
弓状束は言葉を話す役目を担うブローカ野と言語を理解するウェルニッケ野をつないでいます。
その伝達がうまく機能していない事が会話のできない原因と考えられます。
もう一つ分かった事があります。
他人の意図を読み取る役割をする右脳の一部分の体積が健常者よりも大きかったのです。
直樹さんの豊かな表現力と結び付いている可能性があります。
これは自閉症者は脳のある部分が機能していない分だけそれを補おうとほかの部分が発達する可能性を示すものだと杉山医師は考えています。
ハンディキャップがあるところにはその代償のための脳をうんと発達させた部分がある訳ですよね。
で我々は今までマイナスの部分に目を留める事が多かったんですね。
でもそうじゃなくてむしろこれだけ自閉症グループというか自閉症スペクトラムというのが広がりがあるという事が分かっている以上この代償的に伸びているところはどこなんだろうというそれに注目をするという事がこれからの療育の中心になってくると思います。
その子の脳が喜ぶ事をやってやればいいんですね。
それが一番自閉症の子を伸ばしていく道になると思います。
希望の物語は広がります。
ミッチェルさんの手によって翻訳された直樹さんのエッセーはその後各国の言葉にも翻訳されました。
小刻みに跳びはねる13歳の自閉症の少年…こうした場所では人の視線が気になって気持ちが落ち着かなくなり跳びはねる回数も増えます。
直樹さんと同じ行動です。
ノルウェー南部農場が広がる静かな町にスコット君の自宅があります。
家族はスコット君の事を考え人目の少ないこの町に1年前に引っ越してきました。
両親が最も手を焼いたのはスコット君がしばしば取りつかれたように跳びはねる事でした。
いくら止めても自宅の庭で1時間近く跳びはね続けるのです。
母親のアネッテさんも直樹さんの本に出会い息子の声が聞こえてくるのを感じました。
スコット君の前で本を読み上げながら気持ちを確かめるのが大切な日課になりました。
これまで意思を言葉にする事がほとんどなかったスコット君が少しずつ胸の内を開くようになりました。
スコット君は言葉がなくても気持ちが通じる動物が大好きです。
最近ペットが欲しいとねだりました。
プレゼントされたのは黒豚です。
将来動物と接する仕事に就きたいという夢も打ち明けました。
庭にはスコット君が足を痛めず思う存分跳びはねられるようにトランポリンを置いています。
直樹さんの本に出会い息子との向き合い方が間違っていたのではと大きな衝撃を受けた家族がいます。
ニューヨーク郊外に暮らす…重度の自閉症の長男を20歳の頃から13年間障害者専用のグループホームに預けています。
マイクさんは息子のために生活を犠牲にし全てをささげたつもりでした。
しかし直樹さんの本のある一節に出会いマイクさんは自分のやってきた事は息子が本当に望んでいた事だろうかという思いにとらわれました。
マイクさん夫妻は週に一度施設に自閉症の息子を迎えに行き自宅で過ごします。
33歳になる息子のブライアンさんです。
以前は義務感で気持ちを奮い立たせ足取りも重かった道中が今ではこの日を待ち遠しく思えるようになりました。
世話をするのではなく息子との時間を楽しめばいい。
自分たちが考えを改める事でブライアンさんの表情も変わってきたと感じています。
ブライアンさんは最近飽く事なく両親の結婚式の写真にキスをします。
自分を産んでくれた事への感謝の気持ちを伝えてくれていると両親は思えるようになりました。
物語は続きます。
7月直樹さんがニューヨークを訪れていました。
アメリカの医療機関から講演の依頼があったのです。
ベルトに縛られ逃げ場のない13時間のフライトは直樹さんには深刻なパニックを起こしかねない苦痛に満ちた時間です。
それでもここまで来たのは自分の言葉を聞きたいと願う人たちに直接会いたかったからです。
会場には研究者や自閉症の子どもを持つ親が集まりました。
ニューヨーク郊外に住むブライアンさんの両親マイクさん夫妻もやって来ました。
講演会は直樹さんの読み上げる原稿が事前に英訳されスクリーンに映し出されるという形で行われました。
(拍手)講演が終わりブライアンさんの両親マイクさん夫妻が駆け寄ってきました。
アイルランドの作家ミッチェルさんは日本で直樹さんと会った際に一つの約束をしていました。
自閉症についての本を一緒に書く事でした。
1年間メールを交わしながら自閉症の直樹さんしか持ちえない感性を引き出し自分と同じ立場にある人に希望をもたらす本にするつもりです。
この日ミッチェルさんは直樹さんに向けて人生の成功とは何だろうと問いかけました。
終わり。
自閉症の君が教えてくれた事。
それは世界を見つめる曇りのない目でした。
2014/08/16(土) 23:00〜00:00
NHK総合1・神戸
君が僕の息子について教えてくれたこと[字]

人と人との出会いが奇跡を生むことがある。日本の自閉症の若者のエッセイが、イギリス人の有名作家の目にとまり、翻訳されて世界的なベストセラーとなった。希望の物語。

詳細情報
番組内容
日本の自閉症の若者・東田直樹さんの書いたエッセイが20か国以上で翻訳されベストセラーとなっている。英訳したのは、イギリスの作家デイヴィッド・ミッチェル氏。彼にも自閉症の息子がいる。東田さんの本を読んでまるで息子が語りかけているように感じたと言う。ミッチェル氏の訳した本は、自閉症の子どもを持つ世界の家族に希望のともしびをともした。日本の自閉症の若者と外国人作家の出会いから生まれた希望の物語である。
出演者
【朗読】濱田岳,【語り】ayako HaLo

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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