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【昭和天皇実録公表】「退位により戦争責任者の聯合国への引渡しを取り止めることができるや否や」 主要記述抜粋(終戦~崩御)
2014.9.9 12:10
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昭和27年10月16日 靖国神社御参拝のため、午前9時3分皇后と共に御出門、同社に行幸される。御着後、宮司筑波藤麿の先導により本殿の御拝座に進まれ、御拝礼になる。皇后も同様に拝礼される。(中略)天皇の靖国神社御参拝は昭和20年11月20日以来、皇后は同年5月5日以来のほぼ7年ぶりとなる。
昭和50年11月21日、靖国神社及び千鳥ヶ淵戦没者墓苑に御参拝のため、午前10時32分皇后と共に御出門になり、両所に行幸される。最初に靖国神社に御到着、本殿御拝座にて御拝礼になる。(中略)この御参拝に対して、日本基督教協議会ほか6団体から宮内庁長官に参拝中止の要望書が提出され、また野党各党からは反対声明が出された。さらには衆議院議員吉田法晴(日本社会党)から天皇の靖国神社参拝に関する質問主意書が国会に提出されるなど論議を呼んだ。なお靖国神社への御参拝は、この度が最後となった。
昭和63年4月28日 午前、吹上御所において、宮内庁長官富田朝彦(ともひこ)の拝謁をお受けになる。(中略)靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀(ごうし)、御参拝について述べられる。なお、平成18年には、富田長官のメモとされる資料について『日本経済新聞』が報道する。
訪米
昭和50年10月8日 (米カリフォルニア州のディズニーランドで観覧した建国200年祭記念パレードで)天皇は、次々と御座所の前を(山車などが)通過するのを御覧になり、拍手を送られる。これに寄せて詠まれた歌は次のとおり。
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