新時代の事業開拓者をつなぐコミュニティー
 
科学者の魂を探して

“馬の骨”に投資する米国、無視する日本

中央研究所なき後のイノベーション・モデル

片岡 義博=フリー編集者
2014/09/05 00:00
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 知の創造プロセスである「創発」をモデル化した「イノベーション・ダイヤグラム」によって、科学革命を起こした物理学者たちの発見を読み解く。京都大学大学院総合生存学館(思修館)の山口栄一教授が新たに著した『死ぬまでに学びたい5つの物理学』(筑摩選書)の白眉は、この部分にあるといえるだろう。今回は、米国と日本のイノベーションのあり方の違いから、新たな知を生み出す仕組みについて聞いた。(取材・構成は、片岡義博=フリー編集者)

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米国人は勇敢で日本人はヘタレか

――この連載は「日本では科学を論じないしきたりがある」という話から始まりました。それはつまり、日本に創発を促すような環境がないということですか。

山口 そこを考える必要があります。教育から企業、政治、行政まで、日本のすべてのシステムが、創発を生み出す仕組みにはなっていません。システムがないので、個人の努力でやるわけです。

 だけど個人の努力ではどうにもならない部分があって、それは例えば企業です。企業にも創発という要素がすごく必要です。創発によって「今まで思いもよらない物事を見つけたり、あらしめたり」して、新しい製品を生んでいるのです。ところが、冒頭でお話したように、技術系の大企業は結局、中央研究所を次々に縮小させてしまって、日本は創発を生むシステムを捨て去った。

――それは、「資本の論理」ということでしょうか。

山口 資本の論理です。だから、創発は短期的利益を追求しようとすると、絶対に出てきません。

――米国や欧州でも企業の中央研究所は縮小したのでしょうか。

山口 はい、すべては米国から始まりました。ベル研究所が基礎科学の研究打ち切りを決めたのが1990年、その翌年にはIBMのワトソン研究所も基礎研究の打ち切りを決定しました。それから、ゼロックスのPARC(パロアルト研究所)もなくなって、ヒューレット・パッカードも規模を縮小しました。

 その結果、中央研究所から追い出された人たちが、大学に行くなりベンチャー企業をつくるなりした。1990年代に大幅な経済再生を遂げた「米国の奇跡」は、そこから生まれたベンチャー企業によって実現したと一般に信じられているでしょう?

シリコンバレー発祥の場、ショックレー・セミコンダクター社の社屋。建物はまだ残っていて、果物店として使われていた。
[画像のクリックで拡大表示]

――違うのですか。

山口 ある側面では、当たっていると思います。だから、自分で企業を興した米国人は勇敢で、日本人はヘタレだというのが一応の定説ですね。日本人の企業内研究者のほとんどは、どこにも行けずに会社内でつぶされていった。ほんの一部はサムスン電子をはじめとする韓国企業、さらに中国企業に移って揶揄(やゆ)されましたね。

 でも、彼らは偉いと私は思います。日本の企業は、何が贅肉(ぜいにく)で何が脳みそか分からなくなってしまい、贅肉を切るつもりで脳みその方を切ってしまった。切り取られたイノベーターたちは、それでも自分の技術を世に生かしたい。そのために沈みゆく船を脱出していったのですから。日本のためにはならなかったけれど、中国や韓国のためにはなりました。それは全体最適にとって良かった。彼らの持つ技術が実用化されて価値が生まれたのです。

――だけど、会社に残ってその技術を死なせてしまった日本人は、大学やベンチャー企業に行った米国人に比べると、技術を世に生かせなかったと。

山口 必ずしも個人の問題とは考えていません。シリコンバレーを10年以上にわたって定点観測してきた私は、この問題を個人の勇気に帰するのではなく、何らかの制度的要因があるという仮説を立てました。結果的にそれは正しかったのですが、調べていくと、米国のSBIRがカギだということが分かったのです。

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コメント
TypeTutor
70年代に日本の大学に研究予算がつくようになってから、論文を書くことが研究であるという誤解が広まってしまいました。そして、だれも読まない論文をたくさん書くことが研究費を獲得する最も良い手段となってしまったことが、日本で研究者が育たなくなってしまった原因だと思います。論文は研究の結果として書く必要はありますが、研究活動の後始末作業にすぎません。これが目的化してしまったことが、貧しい研究環境を生んだのだと思います。何が研究なのか、という根本的な議論から始めないと、何も進まないと思います。
初老人
日本の補助金制度が新産業育成に不適切である事は同感致します。ただその原因を論じるに机上の手法を頼ると、かくも奇妙な散布図を持ち出さなくてはならないのかと驚嘆致しました。そこから導き出された結論は【米国は、SBIR被採択企業の代表者の74%が博士号を持っています】⇒【純粋科学者であればあるほど、イノベーターとして成功している】となりましたが同図からは≪博士号を持った被採択者がイノベーターとして成功している≫かどうかは推論できません。日本の補助金制度失敗の原因を調査したければ他国比較では無く、直接国内実体を精査するのが科学的アプローチではないでしょうか。小生が中小企業の運営に生涯を費やした経験から申上げれば日本の補助金制度失敗の原因は制度の(裏の)位置付けが【大企業優先の経済政策の一環】であった為と私慮致します。さらにその原因は、政治献金制度悪用による経団連傀儡政権にあると考えます。新たに行われる1800億円補助金制度の設計に関して【有給大学院制度】を提案させて頂きます。40年前の大学生は就職先で企業人としての育成を受ける機会が有りましたが昨今は即戦力を求められます。大企業は投資家から配当のための利益を求められ・中小下請けは親会社からコストダウンを求められ、教育費がカットされるのです。その実状を踏まえれば第二話で山口先生がおっしゃっていた大学院活用で人材を育成する方法が有用であると考えます。昨年は約一割(25万人)程度の在学率ですが大学院生に給与を与えるとすればその進学率は飛躍的に向上する筈です。現在の四倍の100万人になっても月給6万円を支給するのに7,200億円程度の予算で済みます。但し現在の修士課程と専門職学位課程を就職課程と起業課程に変更して教科項目も課程内容に相応しく変更する必要が有ります。 2014,9/7 投稿
STKHKN
いかに“馬の骨”に投資する米国とはいえ、群がる馬の骨全てに
金をばら撒ける訳ではないでしょうから、ある程度マシな馬の骨を
選別する“目利き”が政府機関内にどうしても必要になる、
ということだと思います。
おそらく真の課題は、日本国内でこの“目利き”を
どう育成・評価・選別し、目利き力の品質を維持していくかに
他ならないのではないでしょうか。

何しろ相手が“馬の骨”なのですから、選別する根拠は
“目利き”のセンス以外にありません。しかもベンチャー育成は
そう簡単に成果が見えてくるものでもありません。
そうすると、ある“目利き”が本物であるかどうかについても、
これまた客観的な判断は短期的には不可能であり、
そんな“目利き”のセンスを信頼して数1000億円の裁量権を
白紙委任することになります。
こんな“目利き”を選別して登用し、必要に応じて首をすげ替える
能力が現在の日本政府に備わっているかについては、
非常に懐疑的にならざるを得ません。

そもそも、能力的に“目利き”が務まりそうな人材を日本国内に
探す場合、現段階ではおそらく大学や国立研究機関の研究者、
大企業の研究所員等を当たるしかないと思いますが、
前者に予算権限を与えればどうなるかはコラム中に述べた
通りでしょう。また、大企業の技術系幹部はだいたい「自分には
目利き力がある」と自認している方々ばかりですが、
近年の大企業の凋落ぶりを見ればその実態は推して知るべきかと
思います。

しかし、米国が実際に成功している訳ですから、
上記のような制度を運用する具体的な方法は必ず存在するはずです。
単なる根性論やあるべき論に留まらず、具体的に政府・大学・企業の
仕組みをどのように改めればよいかまで含めて、実践的な提言を
期待しております。

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