実録で179カ所に典拠資料として採用された「富田メモ」は、1975年を最後に昭和天皇が靖国神社を参拝しなくなった理由が、78年10月のA級戦犯合祀(ごうし)だったことを明らかにした。富田朝彦元宮内庁長官は天皇が合祀ゆえに参拝をやめたと語った言葉をメモしていた。
その後、『卜部亮吾侍従日記』、天皇の和歌を指南した歌人の岡野弘彦氏の『四季の歌』など、同様の事実を裏付ける資料が出版され、近年の昭和天皇研究では定説となっている。
実録では、88年4月28日の項に「靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀、御参拝について述べられる。なお、平成十八年には、富田長官のメモとされる資料(靖国神社におけるいわゆるA級戦犯合祀の経緯や御参拝に関する記述が含まれる)については『日本経済新聞』(七月二十日付朝刊)が報道する」と記述された。