知床のヒグマはサケを意外に食べない
ヒグマは秋に川を遡上するサケを大量に食べるとみられていたが、知床のヒグマは意外にサケを食べず、栄養源に占めるサケの貢献は5%程度に過ぎないことを、北海道大学大学院農学研究院の森本淳子准教授らが詳しい食性分析で突き止めた。最もサケを利用しやすい知床の結果だけに「衝撃的」と受け止められている。京都大学生態学研究センターの大学院生の松林順さん、北海道立総合研究機構環境・地質研究本部の間野勉課長、ニュージーランド・マッセー大学のAchyut Aryal研究員、北海道大学大学院農学研究院の中村太士教授との共同研究で、クマ類に関する米科学誌URSUS(今年12月発行)に論文を掲載する。
北海道にはヒグマとサケが共存している。サケが海から運ぶ窒素やリンといった元素は陸の動物にとって貴重な栄養源となる。研究グループは、ヒグマによるサケの利用がどのような条件で変動するかを調べるため、知床半島を対象に安定同位体を使ったヒグマの食性分析を行った。食性分析はこれまで、解剖したヒグマの胃の内容物や糞の調査で研究されてきたが、証拠が間接的で不十分だった。安定同位体による分析は、動物の長期間の食性を個体ごとにより正確に推定できるメリットがある。
研究グループは、知床半島内で1990 年代以降、捕獲されて保管されていたヒグマ191頭の大腿骨からコラーゲンを抽出し,炭素・窒素安定同位体比を測定した。骨に含まれるコラーゲンの同位体比には,その個体が死亡するまでの数年から一生分の食性情報が記録されている。ヒグマの主要な食物源である草本や果実、農作物、昆虫、陸上ほ乳類、サケの安定同位体比も測り、各食物の利用割合を個体ごとに推定して、各個体のサケの利用割合と年齢、捕獲地点の環境との相関を調べた。
知床半島は、北海道で最もサケを捕獲しやすい環境だが、ヒグマ個体群全体のサケ利用割合は 平均5%程度にとどまっていた。北米のアラスカのヒグマが栄養源の30%をサケに頼っているのと比べると、極めて少なかった。サケの利用は年齢・性別でも変動していた。子育てをするメスやその子どもは、サケの利用が相対的に低下していた。「オスによる子殺しのリスクを減らすため、サケを捕獲しやすくて、オスに遭遇しやすい場所を子連れのメスが避けて行動するため」と研究グループは解釈した。
開発の手がほとんど入っていない世界遺産地域のクマは、この分析で、その他の知床半島の地域に比べてサケの利用割合が高く、平均的なサケ利用割合は2倍以上と予測された。この結果は、ヒグマによるサケの利用が人為的な活動で制限されて、北海道の象徴的な光景とされているヒグマとサケのつながりが失われかけている可能性をうかがわせた。
森本淳子准教授は「ヒグマは栄養分豊富なサケを好むが、雑食性で、かつてなかった農作物まで食べる。自然が比較的残る知床でさえ、サケの利用率がこれほど少ないのは衝撃的だ。多くの頭数を調べた結果で、信頼性は高い。世界遺産に指定された地域のヒグマに比べて、開発された地域ほど、サケを食べていないので、ダム建設やサケ漁などの人為的な影響が否定できない。知床以外の地域のヒグマや、遺跡から出土したヒグマの骨で同様の食性分析をして、栄養分摂取に占めるサケの割合の変動を調べたい」と話している。
写真. 河川内でサケを探すヒグマ。ヒグマがサケを自由に捕獲できる環境の減少がサケ利用の低迷の一因とみられる。2012 年秋、知床半島内の河川で撮影。 |
グラフ. ヒグマとその食物資源の同位体データ。縦軸が窒素の同位体比、横軸は炭素の同位体比。ヒグマの同位体比が、各食物の同位体比に近いほど、その食物の摂取割合が高い。 (いずれも提供:京都大学大学院生の松林順さん) |